32 オラオラ勇者、またまたクエスト失敗…! 2
ゴルドウルフはキャンプに戻ってから、戦勇者クリムゾンティーガーの『火吹き山』での事故を知った。
勇者の活動については、新聞に掲載されている『勇者欄』で確認できる。
それを毎日欠かさず目を通すようにして、彼の復帰を待った。
そして、『双頭』でのクエスト受諾を知り、先回りして地下迷宮の入り口に罠を仕掛けたのだ。
魔法錬成がほどこされた、分銅つきの鎖鞭を使ったもので、地面に敷設。
仕掛けが作動すると、勢いよく分銅が打ち出され、半円を描いて対象者の股間を強打する。
その威力は筆舌に尽くしがたく、不動の悪魔ですら殺虫剤をかけられた虫けらのように悶絶してしまうのだ……!
魔界からやって来た、恐るべきモノの名は……『アダムの改心』。
その威力の秘密は、リンゴ型の分銅にある。
なんと『防御を一切無視する』、という超強力な魔力を秘めているのだ。
この罠を受けた時のクリムゾンティーガーの股間は、鎧によってちゃんと防御されていた。
しかしコイツの前では、そんなモノは何の意味も持たない……!
たとえ要塞のようなパンツを履いていても、華麗にスルー……!
股間はこれ以上ないほどの無防備……! 完全無欠のノーガード……! 産まれた直後のベイビー……!
こんにちは、赤ちゃん……! そして、サヨウナラ……!
ずばりストレートに表現するならば、フ○チンに砲弾を受けたも同然だったのだ……!
それは死角からの奇襲効果と相まって、会心の一撃として炸裂する。
受けた男はすべて、例外なく……まさに破裂の激痛と、種の存続の危機に正気を失う。
そして阿鼻叫喚のなか、暴走する走馬灯のなか、己の罪を数えるのだ。
まさに、会心で改心……!
しかし、もう手遅れ……!
振り下ろされた閻魔大王の木槌は、覆るはずもないのだ……!
「ぎえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?」
石臼ですり潰されている真っ最中のような、ビブラートの掛かった号叫が、怪鳥の威嚇ごとく公園内に響きわたる。
クリムゾンティーガーは叫びたかった。
「なんでこんな所に罠があるんだよっ!?」と。
しかし口を開けば出るのは、自分のものとは思えない金切り声のみ。
もはや自らの意思ではなく、魂が叫びたがっているのだ。
股間を押さえたまま、七転八倒する。
平衡感覚が失われているので、いま自分がどこを転がっているのかもわからない。
そして、とうとう決壊。
……じょばぁぁぁぁぁっ!
それだけは絶対に、と思っていたモノが、壊れた水道管のように噴出する。
赤と黄、2種類の体液がまざったソレはおぞましい色をしており、ある意味この無秩序な公園に相応しい噴水であった。
……どすん! ばたん! どすん! ばたたん!
体中に電流が流されているように、四肢の痙攣が止まらない。
内臓が暴れているかのように、えび反りになってビクンビクンと痙攣したかと思うと、突如丸まってガタガタと震えだす。
偶然、後ろでんぐり返しが失敗したようなポーズになり、
……じょばあああっ! びしゃびしゃびしゃびしゃ……!
顔いっぱいに、浴びていた。
それでわずかばかり残っていたプライドまでもを、ついには手放してしまう。
理性とともに、顔面崩壊。
口の中にしょっぱいものが注ぎ込まれるのもかまわず、わんわん泣いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!! ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
鳴き声に混ざって、しばらくぶりに人間の言葉が飛び出す。
それは『ママ』であった。
「ママっ! ママっ! ママあっ!! 痛いよ痛いよ痛いよっ!! 助けて助けて助けて!! 助けてぇぇぇぇぇんっ!! ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
……ガツ!
不意に、回転が止まる。
いや、何者かによって止められた。
クリムゾンティーガーは、オムツを交換されている赤ちゃんのような格好で固まっている。
溺れる瞳で、子供部屋の壁紙のような青空を、そして自分を見下ろしている影を見上げていた。
服従のポーズのように腹を踏みつけられ、動けなくさせられているのだが……幼児退行している今の彼には、気づく余裕もない。
「ま……ママ……?」
涙と鼻水とよだれ、そして血と尿にまみれた顔。
ありとあらゆる汚液で滲む視界を、しばたたかせながら、勇者は奇跡にすがった。
しかし、影は首を左右に振る。
その奥にある顔があまりにも冷たかったので、勇者は冷水を浴びせられたように正気に戻ってしまった。
「りっ……!? リンシラ……か……! おっ……! おい……! い……祈りを……! 祈りをくれ……! い、今なら……今ならまだ、間に合う……! 間に合うから……!」
声を出そうとすると、すっぱいものがこみあげてきて、ひとりでに震えだす。
雪山で凍える人のように助けを求めたが、返ってきたのはさらなる極寒だった。
「あなたは、チ○カスに祈りを捧げるのですか?」
痛みによる幻聴だと思った。
あのいつも上品で淑やかで、魔女のミグレアの言葉遣いをたしなめていた彼女から出た言葉とは、到底思えなかったからだ。
「り、リンシラ……? な、なにを、言って……」
「だってそうではないですか。名実ともにキ○タマを抜かれたあなたは、チン○スくらいの価値しかないのですから」
「て、てめ……チンカ○だと……」
「せっかく今度こそ、当たりの勇者を引き当てたと思ったのに……あとは子供を身ごもって、勇者一族に送り込むだけだったのに……。二度もクエストに失敗するだけでなく、三度目は地下迷宮に入りもせずに失敗だなんて……とんだ見込み違いでした」
かつて聖女だった者は、売女のようにペッ! と唾を吐きかける。
「まったく……純潔を回復させる魔法施術って、高いんですからね。こんな場所でなければ、ケ○穴から手を入れて奥歯をぜんぶ引き抜いたあと、差し歯のかわりに胆石を突き刺して、仕上げにシ○ンベンをかけてさしあげたいくらいです」
彼女は女王様のように多彩なストロングランゲージを浴びせかけながら、純白のローブのポケットから何かを取り出した。
「あ、そうそう。この前『火吹き山』で落盤があった時、私が無傷だったのは運が良かったからって言いましたよね? もちろんアレはウソです。あんな耳穴レ○プみたいなウソをあっさり信じるだなんて、さすがケツみたいな頭をしているだけはありますね。きっと中にはクソがいっぱい詰まってらっしゃるんでしょう」
白魚のような指にぶら下げられていたのは、聖石を加工して作られた『ホーリー・アミュレット』だった。
「いまは亡き、あの野良犬から頂いたものです。これで本来は詠唱時間のかかる、『絶対物理防御』を発動しました。もう使えませんけど、お別れの記念として差し上げます。地獄の鬼の前でコレをケツ○に突っ込んでみせたら、ウケて恩赦がいただけるかもしれませんよ」
吸い殻のようにポイ捨てされたアミュレットが、ドブ川のような顔面にべちょりと浮かぶ。
痛みも忘れるほどの衝撃に、もう言葉もないクリムゾンティーガー。
「り……リンシラ……テメェ……! テメェは……俺を……俺を利用しようとしていたのか……!」
そう問いただすだけで精一杯。
「今更なにをおっしゃっているんですか? 私はブヒーブヒーと鳴いていたわけではありませんよ、ブタケツ野郎。あ、それと……その『リンシラ』って名前も、ゲ○クソまみれのブタケツ野郎にさしあげます。そのアミュレットと同じ、使い捨ての偽名ですから」
「な……なに……!?」
「あなたはもう、金の卵どころかクソを垂れ流すことしかできないニワトリ同然でしょうから、最後に教えてさしあげますね。私の真名を……」
それは声によって紡がれたものではなかったが、ファーストキスもまだのような薄ピンクの唇は、確かにこう動いたのだ。
『ビッチ・ザ・マッチレス』
「び、牝犬……!?」
「そう、絶対無比の牝犬。黄金の狼すら魅了する、ね。 ……では、さようなら、牝ブタのケツにこびりついた、ブタの○ンカス野郎さん♪」
……チュッ!
小悪魔の皮をかぶった悪魔王のような投げキッス。
そしてそれは、彼女からの最後の贈り物でもあった。
まだです…まだ終わりません…!
クリムゾンティーガーの衝撃は、さらに続きます…!