25 水の中の小さな太陽2
ルクとプル、『錆びた風』、『空の骸』に続く、ゴルドウルフの眷属……。
魔界での名は、『水の中の小さな太陽』。
海に映った太陽のように輝き、その上を通りかかるものをすべて丸呑みにしてしまうという、恐るべき海の魔物。
人間の世界では太古より『水天の太陽神』と呼ばれ、海沿いの国などは海神として崇められている。
過去の記録によれば、なんと島ひとつを飲み込んでしまったこともあるという。
彼がその気になれば、グレイスカイ島などアクビをするくらいの平易さで、地図から消え去るであろう。
しかし猛威を振るっていたのは大昔の話。
今では歴史を紐解かなければ出てこないような、伝説級の存在となっていた。
だが彼は、今もなお『いる』のだ。
この世界の、大海原に……。
なおも大海を統べる邪神として、燦然と……!
それは、誰も知らない事実。
まさか邪神と呼ばれるほどのモンスターが、ひとりのオッサンに飼い慣らされ……。
愛らしい姿となって、水着少女たちに合法的にセクハラを働いているなどとは……。
たとえ辺境の大賢者であっても、千里眼を持つ大仙人であっても、知り得ぬ秘密であった……!
そして他の眷属たちもそうだったのだが、彼も例に漏れず……。
ホーリードール家の聖女たちが、大のお気に入りである。
そして彼自身も聖女たちに気に入られ、『ミーちゃん』という愛称で親しまれるようになった。
さて、そろそろ気付いた方もおられるかもしれない。
『あの時』の、謎の力の正体を。
それは、少し時を遡る。
ゴルドウルフがグレイスカイ島で戦っている最中、ホーリードール家は聖女集会を抜け出し、船で島へと向かおうとした時のことを、覚えておいでだろうか。
グレイスカイ島まで目と鼻の先というところで、ホーリードール家の船は神尖組の海上警備隊に捕まり、島には戒厳令が敷かれており、入島はできない旨を伝えられた。
その時、リインカーネーションは駄々っ子のように泣きわめき、神尖組の船を大破させた。
それは、彼女のゴルドウルフを想う気持ちが、爆弾のように炸裂したのだと思われていたが、実際はそうではなかった。
そう、『彼』……!
『水の中の小さな太陽』の仕業だったのだ……!
すでにマザーの虜であった彼は、マザーの涙を見て激怒。
神尖組の船ごと地獄に堕としてやることもできたのだが、それはゴルドウルフに止められていた。
仕方なく、神尖組の者たちを海に放り込み、鮫を呼びつけるだけで溜飲を下げていたのだ。
海洋生物を思いのままに呼びつけて操るなど、彼にとっては造作もないことだった。
ちなみにではあるが、船で立ち往生していたガンハウンドたちに、投げ込みを届けたのも彼である。
なお現在、彼は『スラムドッグランド』には無くてはならない存在となっている。
まずひとつ目の役割として、イルカショーのリーダーを担当。
他のイルカたちを率いて、島を訪れる人間たちの目を楽しませている。
ふたつ目の役割として、ワイルドテイルたちの漁業の手伝い。
彼が海産物たちに向かって、すすんで網にかかるように命令しているため、つねに大漁となっていた。
そして最後に、グレイスカイ島近辺の警備。
観光客のフリをして島に入り込み、違法操業などをしようとしている輩を排除していた。
となると、今もなお沖合にいる勇者やマスコミの船も、彼の力によるものだと思うかもしれない。
しかし、そこには別の力が働いてた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ホーリードール家のプライベートビーチで行なわれた、女だらけの水泳大会は、日が暮れるまで続いた。
最後は浜辺で花火大会までして、みんなで骨の髄まで楽んだ。
笑顔があふれっぱなしの、誰にとっても幸せな一日だった。
しかし中でもプリムラにとっては、14年間生きてきた中で、最大級の幸福を感じる一日となった。
なにせ憧れのおじさまと、ふやけるくらいに一日中手を繋ぐことができ、しかもハプニングの連続で数え切れないほど、その胸に顔を埋めることができたからだ。
しかも逆パターンもあった。
なんとプリムラの胸に、おじさまが飛び込んできてくれたのだ。
いつもマザーからの抱きつきを完璧にシャットアウトしていたオッサンからすると、それは考えられないことである。
いくら魔狼とはいえ、両手が塞がった状態ではどうしようもなかったのだ。
結果、オッサンの顔は、真の『プリン村』へ……!
瞬間、プリムラは鼻血を噴出して卒倒してもおかしくないほどに興奮していたのだが、それは気合いで乗り切った。
恥じらいと驚きと喜びがないまぜとなって、ドーパミンのように頭を駆け巡り……。
「おっひぃーーーーーっ!?!?」
と聖少女とは思えない、へんな悲鳴をあげてしまった。
オッサンも驚いて手繋ぎを止めるよう提案したが、彼女は壊れた扇風機のように、首を高速で左右に振った。
そして最後はオッサンが花火を見ている最中、こっそりと胸板に顔を埋め、恋人気分に浸る。
二度とこんなことはできないだろうと思い、飼い主に匂いつけをする子猫のように、いっぱい頬ずりした。
まさに、少女にとっては夢のような時間であった。
すべてのイベントが終わって、彼女は抜け殻のように真っ白になる。
しかし、おじさまのお姫様だっこでベッドまで運ばれるという、最後まで至れり尽くせりっぷりで、一日を終えた。
ゴルドウルフはそのあと、ある場所へと向かっていた。
それは、ホーリードール家の新居がある、神の住まう山の、頂上付近。
この島に来たときに、野良犬マスクとして、チェスナとともに立てこもった洞窟であった。
夜のシンイトムラウは、頭上に立ちこめる暗雲のせいで、いつも星明かりひとつなく暗い。
光源がなければ、鼻先にいる黒豹にも気付かないほどである。
そんな真闇のなかを、オッサンはランタンひとつ持つこともなく歩いていた。
山奥なので足場も悪いのだが、まるで舗装された道のようにスイスイと登っていく。
目的の洞窟に入っても、暗闇の我が家でトイレに向かうように、淀みなく奥まで進んだ。
突き当たりにあった岩壁のなかで、とあるでっぱりに手をかけて、ぐっと押し込むと……。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
地滑りのような音とともに、行く手を阻む壁が動く。
同時に、地割れの奥からマグマが現れたかのような、赤い灼熱の光が溢れ出し……。
オッサンの顔を、こうこうと照らし出す。
そこには、昼間の穏やかな表情とは一変。
地獄の釜蓋を開いた悪魔のような、恐ろしい笑みが浮かび上がっていたのだ……!





