24 水の中の小さな太陽1
ゴルドウルフが海に向かって口笛を吹くと、水平線の向こうがわずかにヘコんだ。
そして、レーザービームのような白浪の筋がビーチにむかって飛来する。
いや、それは海のなかにいて姿はわからなかったのだが、飛んできているとしか思えないほどの凄まじいスピードだったのだ。
その時点でただならぬものが近づいているというのがわかる。
不穏なざわめきが、ビーチを包んだ。
「ああ、ついに来てしまうのですね……。『水天の太陽神』と呼ばれるほどの、あの者が……!」
「あ~あ、プル、どうなってもし~らないっと!」
いつは粛々と、そしていつもは飄々としている天使と悪魔であったが、この時ばかりはわずかではあるものの、不安のようなものを滲ませていた。
魚雷のような勢いで迫ってくる『あの者』には、禍々しい三角の背びれが。
「ま、まさか、あれはっ……!?」
と誰かが叫んだ。
そう、それはその、『まさか』であった……!
……ざっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!
波打ち際で遊んでいた少女たちの前で、間欠泉のような高い水しぶきが天を衝く。
星屑のようなキラキラとした雫が降り注ぐなかで、少女たちは目にしていた。
虹が一色抜け出してきたかのような、鮮やかな水色を。
子供用のブーメランのような、丸っこいカーブを描いたボディを……!
いたずらっぽいクチバシに、つぶらな瞳。
そしてトドメとして、
「キュッ、キュッ、キューッ!」
母を求めるような、愛らしい鳴き声……!
ビーチにいた少女たちは、母性本能をくすぐられてしまったかのように、思わず声を漏らしていた。
「かっ……! かわいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーっ!!!!」
その者は、現れてからコンマ数秒だというのに……。
すべてのハートを、一瞬にしてわし掴みにっ……!
彼は高高度から女の子たちを見定めたあと、空中で器用に身体を捻る。
そしてある人物に向かって、急降下……!
「キューッ!」
「ママー!」とでも叫んでいそうな、甘え鳴きとともに、飛び込んでいったのは……。
このビーチではダントツの……。
いいや、世界的に見てもトップグループに入る、あの胸っ……!
ツルンとした顔が、巨大なる谷間をむにゅむにゅむにゅっと押しのけ、埋没していく……!
「あらあら、まあまあっ? この子はゴルちゃんのお友達なの? お名前はなんていうのかしら?」
「はい、『水の中の小さな太陽』です」
「じゃあ、『ミーちゃん』ね! よろしくね、ミーちゃん! いいこいいこ、うふふふっ!」
突如として現れたうえに、早々に飛びつかれてもマザーは嬉しそうだった。
胸を餅つきのようにこね回され、ブラの肩紐がはだけるまでグリングリンと身体を擦りつけられても、ニコニコと頭を撫でている。
ゴルドウルフにしがみついていたパインパックも、さっそくぺたぺた触っていた。
「みーたん! みーたん! いるかたん!」
プリムラはおっかなびっくりだった。
「あ、あの……。こちらのイルカさんは、触っても大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。むしろ触ってあげると喜ぶので、いっぱい触ってあげてください」
おそるおそる手を伸ばすプリムラ。
ミーちゃんはさっそくその胸へと飛び込んでいく。
「キューッ!」
「きゃあっ!? ミーちゃん!? くすぐったいです!」
プリムラの腕のなかで、釣り上げられたマグロのようにびちびちと跳ねるミーちゃん。
女の子たちはみな、イルカを見るのも初めてだった。
しかし安全で、こんなに人なつこい存在であるとわかると、我も我もと手を伸ばす。
「あーし、イルカ触ったの初めて! マジ、ツルツルすべすべじゃなくなくなくないっ!?」
「ふーん、キュートじゃん」
「んふっ、イルカってこんなに可愛いかったんですね」
「なんか面白い触り心地ねぇ!」
「やさしいお目々をしているのです!」
「ひゃあっ!? 水をかけないでくださぁい!?」
「私にこれほど懐くとは、ゴルドウルフのペットの中でもマシなほうではないか! 気に入ったぞ!」
「なんでイルカを飼い慣らしていることに誰も驚かないのん」
ミーちゃんは身体をのたうたせて、ビーチにいる女の子たちの胸を渡り歩き、そのすべてに身体をこすりつけていた。
ひとしきり感触を楽しんだあとは、ドルフィンジャンプなどの芸を披露しはじめる。
ご褒美にエサなどを投げてもらい、さらに調子に乗る。
高く飛び上がってクルクル回転するたび、黄色い歓声と拍手に包まれ、すっかり人気者となってしまった。
イルカショーから離れたところにいた天使と悪魔は、すっかり呆れ顔。
「はぁ……。かつては『海の大邪神』と呼ばれ、多くの船を海の藻屑にしてきた『水の中の小さな太陽』も、すっかり変わってしまって……」
「あの子、我が君のおかげで、女の子大好きになっちゃったみたいだねぇ!」
「それだけならまだ良いのです。人間の世俗に染まってしまったのは、なにもあの者だけではないのですから。でも人間に対して、食べ物をもらって芸を披露するだなんて……。ルクたち天魔の面汚しです」
「うん! ああはなりたくないよねぇ~!」
ふと、どこからともなく、
「ほら、プルっちもジャーンプ!」
かけ声とともに、マシュマロが放り投げられた。
すると、プルは脊髄反射のような素早さで、
「ジャーンプっ!」
元気いっぱいに跳躍すると、弧を描くマシュマロを口でキャッチ。
くるりんと空中回転して、見事な着地をキメていた。
「ミーっちもいいけど、マシュマロキャッチといえばやっぱりプルっちだよね!」
「プルちゃん、マシュマロもっとたべる?」
「うん、たべるー!」
ビッグバン・ラヴに頭をなで回され、餌付けされ、プルは弾けるような笑顔を浮かべていた。
ワンピース水着の肩紐が外れるほどに、相方は愕然とする。
「プル……あなたもじゅぶんに、天魔の面汚しです……」
あけましておめでとうございます!
仕事始めの間もなくに次章を開始したいと思っておりますので、ご期待ください!





