22 大プリン村5
真打ちのように最後の最後で登場、CMまたぎレベルにまで引っ張ったプリムラの水着は、満を持したに相応しいものであった。
いいや、もはや水着ですらなかった。
なにせ、紐すらなかったのだから。
なんと、この海で獲れた貝殻を、身体に貼り付けただけ……!
あどけなく清純な顔立ちだというのに、そしてまだ中学生だというのに……。
胸を申し訳程度に覆い隠す白い貝は、さざ波に乗ったかのように、ふるふると震え……。
たゆたう母なる海の豊かさを、さらに強調……!
下腹部に視線を落とすと、ほっそりとしたくびれの中心に穿たれた、縦長のおへそ。
それはあまりにも健気で、あまりにも儚い。
まるで竹の中で眠っているかぐや姫を起こしてしまったかのような、美しくもたまらない罪悪感を抱かせる。
目にしていた者たちは、もう一生分の美を堪能した気分になっていたのだが、もはや目は釘付け。
聖女にとっては……いや、少女にとって花も恥じらう禁断の領域へと突入する。
そこにもやはり、白い貝殻。
引き締まった鼠径部の頂点に、夜に降った雪のようにひっそりと張り付き……。
それはまさに、湖に映った逆さ富士の、冠雪のよう……!
もし歌人がいたならば、思わず一句ひねってしまうほどの、雅であった……!
ふと風が吹き、少女の髪がさらさらと流れる。
天の川のようなキューティクルがキラキラと振りまかれ、妖精の鱗粉のように消えていく。
もはや完全に、一枚の絵画であった。
タイトルはもう、ひとつしかないだろう。
『ビーナス誕生』っ……!
美の化身のような少女が舞い降りた浜辺は、潮騒のみが響いていた。
その沈黙を最初に破ったのは、やはりあの人。
バーニング・ラヴはゴクリと生唾を飲み込んだあと、堰を切ったように笑い出した。
「……あっ……あっはっはっはっはっ! あーっはっはっはっはっはっ! すごいすごいプリっち、超ヤバくなくなくないっ!? そんな水着、初めて見たよっ!」
うつむいたままのプリムラは、蚊の鳴くような声で言い返す。
「そっ……そうでしょうか……? おっ、お姉ちゃんに教えていただいて、作ってみたのですが……」
「しかもコレ、横から見るとほぼ全裸じゃない! 作るまではいいとして、よく着る気になったわねぇ!」
「そそっ、そんな……!」
「ふーん、完全にマッパじゃん」
「あっ、あの……すみません、大変申し訳ないのですが、そろそろ手を、離していただけませんでしょうか……?」
「格好だけ見るとド変態なのに、不思議と有り難い感じがするのん。触ると長生きしそうのん」
ミッドナイトシュガーが腰のくびれをそろりと撫でると、
「ひゃっ!?」
プリムラはピクン! と肩を振るわせる。
「あっはっはっはっはっ! プリっちってば敏感! しかも肌とか超スベスベだし! なんかずっと触ってたくなくなくなくない!?」
取り囲んでいた少女たちは、こぞってプリムラの柔肌に手を這わせた。
「あっ!? あっあっあっ!? ああっ! い、いけませんっ! お、おやめくださいっ! そ、それ以上は……! あああーーーっ!?」
触手のようにまとわりつく手から逃れるように、肢体をくねらせるプリムラ。
瞳は潤み、熱にうかされているように顔はすっかり上気している。
悩ましげな吐息を潤んだ唇から漏らし、時折、びくりとのけぞる。
それは想像を絶するほどの眼福。人智を越えた艶めかしさであった。
「あの、みなさん、プリムラさんが恥ずかしがってますから、そのへんで……」
漂うピンクの空気をかき消すように、オッサンの声が苦み走る。
そして、天使たちに弄ばれていた、ビーナスは思い出す。
今この場には、憧れの『おじさま』がいることに。
自分のこんな痴態を見られてしまったと、知った途端、
「きゃああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
プリムラ史上最高の絹裂き声を轟かせ、拘束を振りほどき……。
ばびゅんっ!
と音がしそうなほどの勢いで、屋敷の中へと消えていく。
ちなみに背後は何も身に付けていなかったので、かわいいお尻が丸出しであった。
それまではずっと傍観者であったマザーが、ついに動き出す。
ゴルドウルフの腕に絡め合わせていた胸を離すと、
「ゴルちゃん、プリムラちゃんを追いかけてあげて。プリムラちゃんは今日のために、初めての水着を何にするか、ずっと悩んでいたの。だからママがアドバイスしたのだけれど、プリムラちゃんにはまだ早かったみたい。でもそれも、ゴルちゃんに喜んでもらいたかったからよ。だから、プリムラちゃんを……」
「わかりました」
ゴルドウルフは頷くと、割れた女体の人垣を走り、プリムラの後を追った。
屋敷の扉は開けっぱなしではなく、きちんと閉まっていた。
たとえ羞恥で我を忘れていても、開けた扉はちゃんと閉める……。
実に育ちのいいプリムラらしい逃走痕であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから小一時間ほどして、開きっぱなしの玄関扉の向こうに、人影が現れた。
邪魔をせずにずっと待っていたビーチの少女たちは、選手入場通路からスター選手が現れたかのように、ごくりと固唾を飲んだ。
しかして、現れたのは……。
聖少女と、オッサン……!
オッサンは追いかける前と同じ格好であったが、プリムラは貝殻ビキニから、かわいらしい白のワンピース水着であった。
美の女神のような水着も良かったのだが、こちらの水着のほうが今の彼女には断然似合っている。
「お待たせしました。プリムラさんといっしょに、別の水着を選んでいたんです」
オッサンは爽やかにそう言うが、プリムラのほうはそんな感じではなかった。
ゆでだこのように真っ赤っかになり、頭からは蒸気が立ち上りそうにカッカしている。
ずっとうつむいたまま、オッサンの陰に隠れるようにもじもじしていた。
その理由は、すぐにわかった。
なんと、ふたりの手は指を絡め合わせるように、しっかりと繋がれていたのだ……!
いままでプリムラは、事故や偶然以外では、オッサンに触れたことすらなかった。
清水の舞台から飛び降りるほどの勇気を振り絞ってもなお、ワイシャツの裾をつまむまでに留まっていた。
なのにここに来て、まさかの『恋人繋ぎ』……!?
プリムラの奥手っぷりは周囲も知っていたので、自然とどよめきがおこる。
いったい屋敷の中で、何があったのかと……!?





