21 大プリン村4
その重要人物の不在にゴルドウルフも気付いたようだ。
仕事では秘書として、オッサンのそばをつかず離れず。
かといってマザーのように抱きつくわけでなく、いつも三歩さがって付き従う。
近づくときでもドサクサまぎれの時に勇気を振り絞って、オッサンのワイシャツの裾をちょっとつまむ程度。
長いこと一緒に暮しているというのに、声をかけるにも一念発起が必要。
クッキーを焼いたときなどは、偶然を装うためにオッサンの部屋の前を行ったり来たり。
しかし食いしん坊少女であるプルに先に見つかって、全部食べられてしまう……。
そんな、究極の奥手少女の存在が……。
いつもは気付けばそばにいるオプションのような存在が、今はない。
「そういえば、今日はプリムラさんは来ていないのですか?」
オッサンは、自分のまわりに雲海のように広がる、少女たちの頭を見回しながらつぶやいた。
少女たちの中にはプリムラらしき存在はない。
少し離れた砂浜には、大トリを狙ってソワソワと待ち構えている、白いワンピース水着のルクがいる。
さらにその向こうでは、黒いワンピース水着のプルと、競泳水着のクーララカが、波打ち際で棒倒し勝負をして遊んでいた。
ふたりはどうやらお菓子を掛札に勝負をしているようで、ゴルドウルフが来ても気付かない様子で熱中している。
オッサンはしばらくビーチ内を見回して、ようやく気付いた。
まるで隠れキャラのように、ヤシの木の向こうに佇む、少女たちの存在を。
ひとりはパーカーを着ており、フードで顔を覆い隠すようにしていたが、光輝くオーラは紛れもなくプリムラのものであった。
胸にはミツバチのような水着のパインパックを抱っこしている。
というか、不安を覆い隠すかのように、ぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめていた。
パインパックは不思議そうに姉を見上げている。
「ごりゅたんのとこ、いうー!」
「ぱ、パインちゃん……。こ、これ以上近づいたら、おじさまにご迷惑がかかってしまいます。ですから今日は、ここで……」
「やー! ごりゅたんのとこ、いうー!」
押し問答をはじめる姉妹に、長女も気付いた。
「あらあら、まあまあ。プリムラちゃん、パインちゃん、こんな所にいたのね。どうしたの? そんな遠くにいないで、ママたちといっしょに、ゴルちゃんと遊びましょう」
声をかけられ、ビクッと肩を振るわせるプリムラ。
「おっ、お姉ちゃん……! わ、わたしはここで結構ですので、どうかみなさんで、どどっ、どうぞ……!」
そのままヤシの木の向こうに引っ込もうとしていたが、すでに接近していた騎士団たちに腕を掴まれてしまう。
「なぁにワケのわかんないこと言ってんのよ! 隠れてないでさっさと出てきなさい!」
「そのパーカーごしにもわかる胸囲は、騎士団にとっては驚異的のん。でもプリムラがいないと、マザーの暴走がよりいっそう酷くなるのん」
「わうは、めがみさまがいないといやなのです!」
「み、みなさん、そんなに引っ張らなくてもよいのでは……」
グラスパリーンが止める間もなく、木陰から引きずり出されてしまうプリムラ。
上はパーカー一枚で、下はなにも穿いていないので生脚状態。
もじもじとパーカーの裾を引っ張って下げていることから、中は水着であることが明白であった。
さっそく、マザーが脱がしにかかる。
「あらあら、まあまあ。せっかくこの日のために初めて水着を着たのだから、服を着ていてはゴルちゃんに見えないでしょう? さぁさぁ、ぬぎぬぎしましょうねぇ~」
「おねえたん、ぬぐー!」
「あっ!? お姉ちゃん、パインちゃん、おやめになってくださいっ! わたしの水着なんてお見せしては、おじさまにご迷惑が……!」
「あらあら、ママはそんなことないと思うわぁ、ゴルちゃんならきっと喜んでくれるわ!」
「そ、そうでしょうか……?」
「はぁい、それじゃあみなさん、ごちゅうも~く! プリムラちゃんの、初めての水着ですよぉ~!」
そんな風にハードルを上げられてしまっては、ビーチじゅうが注目せざるを得ない。
マザーはすべての視線を集めたところで、愛する妹の着衣をひとおもいに取り払った。
……バッ!
「きゃっ!?」
か細くて短い悲鳴とともに、翻るパーカー。
そして白日の下に晒される、聖少女の清らかなる肢体……!
陽光を受けてまばゆく輝く白い肌に、思わず溜息が漏れた。
それは、誰もが触りたくなってしまうような美しさであったが、でも触ったら壊れてしまうような儚さ。
さながら、薄く降り積もった新雪のよう。
すべての罪を犯してでも、メチャクチャにしたくなってしまうような……。
すべての存在を敵に回しても、守ってあげたくなるような……。
可憐で繊細、神聖と禁忌を併せ持ったかのような、楽園の果実のような美しさであった……!
もしこれが通常のビーチであったなら、大変なことになっていただろう。
まさに女神の化身のような少女が現れたと、大騒ぎになっていただろう。
ビーチじゅうどころか、この夏の話題を独占していたのは、間違いないっ……!
同じ歳頃の女の子たちですら、あまりの美しさに目が離せないでいる。
しかし当人は、その価値に全く気付いていなかった。
「あっあっあっ、あのあのあのっ、すすす、すみませんっ……こここ、こんな見苦しい姿を、おおお、お見せしてしまって……!」
顔は耳まで真っ赤っか。
その熱を受けてほんのりとピンク色の染まる肌。
みなの目を汚さないようにと身体を縮め、両腕で身体を覆い隠している。
バーニング・ラヴがたまらない様子で、その手を取った。
「プリっちってば、マジ女神さまみたい! それなのになんで隠すの!? コレ見たらゴルドウルフさんだってイチコロだって! ブリっち、手伝って!」
「ふーん、賛成じゃん」
「あっ!? お、おふたりとも、おやめになってくださいっ!?」
次はカリスマモデルコンビとくんずほぐれつをはじめるプリムラ。
それは大富豪が全財産をはたいても見ることがかなわない、奇跡のキャットファイトであった。
とはいえプリムラは中学生、高校生のビッグバン・ラヴふたりを相手にしては勝負にならない。
あっさりと腕を開かされ、ついに聖少女のすべてが、明らかに……!
いままでこのビーチは、大胆ビキニ、スリングショット、そしてレース編みといった、悩殺水着の展覧会場であった。
しかしもうこれ以上、過激な水着が飛び出すことはないと思われていた。
なぜならば、プリムラにそんなイメージが無かったからだ。
ホーリードール家の良心にして、唯一の常識人である、この才女には……。
ワンピースの水着ですら、出し過ぎの印象があった。
しかし、大方の予想は大きく裏切られてしまう。
高嶺に咲く一輪の少女は、とんでもないものを身体にまとっていたのだ。
それは、なんと……!
『貝殻』っ……!?





