16 生まれ変わるために6
『勇者邪悪駆逐記念館』……!
それは、この世界じゅうに存在している、『勇者清浄偉績記念館』のパクリ施設である。
本家のほうは、勇者がこれまでなし得てきた偉業が展示されているのだが、このパクリのほうは、その真逆。
これまでの勇者の悪行が、これでもかと展示羅列……!
強制去勢されて堕天したクリムゾンティーガーに始まり、幾多の不正を働いたダイヤモンドリッチネル。
多くの労働者から搾取したミッドナイトシャッフラーに、『伝説の販売員』のニセモノだったジェノサイドダディ。
それらの悪行がいかに酷かったものであるかを体感できるコーナーが満載……!
ちなみにミッドナイトシャッフラーのコーナーについては、ミッドナイトシュガーが裏で全面協力したという力の入れよう。
勇者たちをマイナス方面に扱った展示というのは、言うまでもなく世界初。
施設内に一歩足を踏み入れれば、かつてないセンセーショナルな衝撃がゲストを迎えてくれるのだ。
すべてが衝撃、すべてに目玉が飛び出るこの施設。
なかでも目玉中の目玉、ハリケーンの目玉級にあたるものがふたつもある。
まずひとつめは、『とある地下迷宮』と繋がっているという、伝映装置とボタン。
モニターには地下迷宮の一角が映し出されていて、勇者が通ると、モニターの前にあるボタンが光る。
それをタイミング良く押すと、罠が作動。
廊下を歩いていた勇者の足元が、パカンと開いて、
「ギャアアアアアアーーーーッ!?」
テレビゲームのような悲鳴とともに、真っ逆さま……!
別のモニターの前のボタンは、6個もあった。
それぞれが室内を6箇所に区切ったボタンに割当られており、ボタンを押すとそこめがけて、
……グオンッ!!
マジック・ジャイアントスケルトンのハンマーが振り下ろされ……!
「ピギャアアアアアアーーーーッ!?」
真下にいた勇者は、畑を荒らすモグラのような悲鳴とともに、ペチャンコに……!
それまでの展示物で、勇者たちへのヘイトを貯めていたゲストたちは、このゲームで大いに発散した。
「やった! 勇者をまとめて3匹も穴に落としたぞ!」
「見て見て! こっちなんて10匹も潰したよ!」
「そこでゴキブリみたいにひっくり返ってる勇者様って、みんな有名な方たちだよねぇ、もしかして、ホンモノだったりして」
「ふん! そんなわけあるかよ! でもいつか絶対、ホンモノをやっつけてやるんだから!」
ちなみにではあるが、ゲームで優秀な成績をおさめると、叩くと悲鳴が聞こえる魔導装置がもらえる。
ゲームでじゅうぶんに勇者をやっつけたゲストたちは、次の目玉へと突入する。
次に出迎えてくれるのは、テレビゲーム以上の、リアル勇者たち……!
それは、
3600体以上もの、勇者像……!
まさにこの世界における兵馬俑ともいえる、圧倒的なスケール。
しかもそれらは精巧にできており、ひとつひとつがまるで、それまで生きていたかのような躍動感を持っていた。
普通、この手の像といえば、正義に燃える勇ましい表情や姿をしているものだが……。
その点についてだけは、真逆であった。
像はどれもみっともなく、呆れるほどかっこわるい。
悪行の真っ最中に石にされてしまったかのような像、処刑をされている真っ最中のような像……。
どれひとつとして、まともな像はない。
世間の勇者のイメージにあるような、『善』と『尊敬』はそこには微塵もなかった。
『邪悪』と『侮蔑』……!
さらに通常、この手の展示は手を触れたり撮影したりするのはNGなのであるが、ここでは撮影以外はオールOK。
それどころか、落書きするのも自由で、ひっぱたくのも完全OK……!
まさに勇者の醜さに、見て、聞いて、触れて、殴って、石を投げつけて……。
身体を使って体感できる、新感覚アトラクション……!
それが、
『勇者邪悪駆逐記念館』……!
この世界初の施設の出現は、本当に世界じゅうを震撼させた。
存在を知らされた各国では、近隣にあるわけでもないのに、そこにいる者たち全員が震えあがり、大地震が起きてしまったほどである。
それほどまでに、最恐……!
それほどまでに、怖いもの知らず……!
なぜならばこれは完全に、勇者に対しての宣戦布告……!
いいや、問答無用の先制パンチ……!
いくらゴッドスマイル様の御寵愛を受けている大聖女だからといって、これはやりすぎ……!
天に向かって中指を立てるどころか、その中指で、神にカンチョーするような……。
もはや、仏の顔も何度とか言っている場合ではない……!
世界大戦不可避な挑戦状……!
この、グレイスカイ島……。
『スラムドッグランド』には、ひとつのコンセプトがあった。
それは、『親子揃って楽しめる、学べるリゾート』。
これは、島に訪れた子供たちへの、情操教育の一環として掲げられたものである。
しかしその裏に、もうひとつのコンセプトが隠されていたのだ。
それは今まで、この世には存在し得なかった……。
いいや、口に出すことすら、はばかられるものであった……。
大胆かつ革新的……!
アナーキーかつセンシティブな、教育革命……!
そう……!
『勇者は、絶対悪』っ……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕方。
オレンジ色の光りに包まれながら、一隻の船がグレイスカイ島を出発した。
野良犬をかたどったその船。
島に向かったのと同じ船なのであるが、行きに乗っていた野良犬は、船長とアテンドのお姉さん、2匹だけであった。
しかし帰りの船に乗っていたのは……。
客席をすべて埋め尽くす、野良犬の群れっ……!
全員が全員、身も心も……。
それどころか思想までもが、『ゴルドくんイズム』一色に染まった……。
まさに、『野良犬の使徒』となっていたのだ……!
「ああ、今日は楽しかったなぁ!」
「うん、最初はどうなるかと思ってたけど、今までのお出かけでいちばん楽しかった! また絶対来ようね!」
「でも、勇者様たちがあんなに酷いことをしていただなんて……私、知らなかった……」
「父さんもだ! 今日1日で、勇者様の見方が大きく変わった気がするなぁ!」
「ふん! あんなに酷いやつら、生きている価値ないよ!」
「まあ、この子ったら……。今まではずっと、勇者様になるのが夢だって言ってたのに……」
「ふん! もう勇者になんかなるもんか! 大きくなったら、勇者をやっつける仕事につくんだ!」
客席の中には、まるで任侠映画を観終えたあとのように、息巻く者たちがいた。
お姉さんはそんなゲストたちに向かって、催眠術を解くように……。
夢から現実に、ゆっくりと導くように……。
ウィスパーボイスで、乗客たちにささやきかけた。
……本船はまもなく、港のほうに到着いたします。
そして船を下りた時点で、夢の国から、みなさまの暮している国に戻ります。
……忘れないでください。
いま、みなさまが暮している世界は、勇者が支配しているということを。
勇者への不満や不平は、みなさまを不幸にしてしまう世界であることを。
だからいま感じているお気持ちは、船を下りたら、心の中にそっとしまってください。
悪を憎む気持ちを表に出すのは、この夢の国の中だけにすると、この私と約束してください。
それは悔しいことかもしれません。苦しいことかもしれません。
でも……。
そんな気持ちを持つ人たちが、もっともっと増えるまでの辛抱です。
この世界じゅうの人、すべてが……。
いいえ、ほんの一部でもいい……。
みなさまと同じ、ゴルドくんの気持ちを持ってくれれば……。
それがゴルドくんの元気の源となります。
みんなの力が、ゴルドくんの力となって、勇者にパンチを食らわせることができるのです。
そしてそれは、この世界に風穴を開ける、大いなる一撃となるのです。
ゴルドくんはいつでも、みんなの心の中にいます。
そして、約束してくれています。
いつかきっと……。
『勇者のいない世界』をつくってみせると……!





