10 完全なる失墜
馬車に襲いかかった拍子に、別の馬車に弾き飛ばされ……。
打上げ花火のように、高くブッ飛んでしまったストロードール三姉妹。
彼女たちは高高度から、大通りを俯瞰していた。
そして、見てしまったのだ。
通りの向こうからやって来る、新たな馬車を。
そして、直感してしまったのだ。
このままでは、あの中にダイブしてしまうと……!
通常、こういった時には、藁を積んだ荷馬車などの上に落ち、一命を取り留めるものだが……。
いちおう、いまやって来ているソレにも、藁と同じくらいのクッション能力がじゅうぶんにあったのだが……。
だからといって、決してイコールではない……!
同じ男だからといって、勇者ではなくオッサンに飛び込む女がいないように……!
突っ込むことだけは、断固拒否したき存在……!
アレに命を助けられるくらいだったら、石畳に叩きつけられてしまうほうが、よっぽどマシだと思えるほどの、とんでもないブツ……!
そこまで嫌悪されるモノとは、いったい……!?
そう……!
肥の入った、樽……!
それも、酒の醸造に使えそうなほどに巨大な樽に、たっぷりと……!
普通はこういった類いのものは、蓋をして運ばれるものだが……。
なぜか今日に限っては、フル・オープンっ……!
しかも離れていても、ダークなフレグランスを感じ取れてしまうほどの……!
汲み取りたて、ホヤホヤっ……!
「「「……いっ……!? いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?」」」
いくら絶叫したところで、無駄であった。
いくら『空飛ぶアンラッキーホラー』と呼ばれた彼女たちであっても、空中で逃げることなどできはしない。
「イギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
まるで、落下を受け止めるように……。
まだ湯気がホカホカとあがっている、生あたたかい、茶色いプールのなかに……。
……ズッ……ボォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!
ダイレクト・インっ……!!
不運な事故が重なって、肥桶に頭から突っ込んでしまった、ストロードール三姉妹
しかも桶はステージのように高く、中がなみなみと注がれていたので、飛び出た下半身が往来からは丸見え。
さらに、彼女たちを乗せた馬車は、彼女たちが襲いかかろうとしていた、下半身の像を運ぶ馬車と併走しているものだから……。
その注目度は、とんでもないことに……!
ただでさえ通りを騒がせていた三姉妹が、今度は下半身だけになって戻ってきたので、街は騒然となった。
「お、おい、見ろよ! 港で暴れたストロードール家のヤツらが戻ってきたぞ!?」
「うわっ、くっせぇ!? ありゃ、肥桶じゃねぇか! なんで肥桶なんかにハマってんだよ!?」
「どうやら、自分たちの像を壊そうとして、ああなったらしい!」
「あのみっともない姿……いっしょに走ってる像にソックリじゃねぇか!」
「なんてこった……新聞で、砂浜に埋まっている写真を見ても、信じなかったのに……! 清楚なブリギラさんが、あんなみっともない姿になるわけがないと、思ってたのに……!」
「でも、見ろよ! あのガニ股! 像とソックリじゃねぇか!」
「やっぱり……グレイスカイ島での特ダネは、本当だったんだ……!」
「ママー! 見て! 聖女様がウンコに突き刺さってる!」
「見ちゃいけません! あれは聖女様なんかじゃなくて、醜い悪魔よ!」
「いい、よくご覧なさい! 悪魔はあんな風に、地獄に堕ちる運命にあるのよ!」
「心も身体も醜いと、あんな風に、汚物が似合うようになるの! あなたたちはホーリードール家の聖女様たちのように、笑顔が似合う女の子になるのよ!」
二台の馬車は併走したまま走り続けたものだから、ストロードール家の下半身は、偶像のほうも生身のほうも、国じゅうの晒し者になっていた。
モガモガムグムグと息苦しい悲鳴をあげながあ、脚をバタつかせるその姿は……。
さながら、市中引き回しの刑……!
並の人間であるならば、とっくに窒息死してもおかしくはない。
しかしグレイスカイ島でパワーアップしてしまった彼女たちは、この程度ではもう死ななくなっていた。
まさかそれが皮肉にも、より苦しめる結果になろうとは……!
「「「もぐぎゅるぐにゅごえいどいjふぁgそいj^-えw0あrt9いぁsdkjfzldkxmふぁsldfk;j-」うぇq99あtりf4-^---------------------っ!?!?!?」」」
今回の一件で、ストロードール家はキリーランド小国の『恥さらし』の代名詞となってしまった。
そして同国において、いままではホーリードール家の評価は最低であった。
理由としては、ストロードール家がさんざんディスっていたからである。
しかしもはやその評価は、ゲームの駒のようにひっくり返っていた。
ストロードール家を讃える像や絵画はすべて処分され、かわりに例の醜態が、反面教師のように飾られた。
そしてその横には必ずといっていいほど、ホーリードール家を讃える美しい像や絵画が並べられた。
教科書はすべて書き換えられ、両家の扱いは真逆となった。
ホーリードール家は女神の生まれ変わりとして、ストロードール家は悪魔の化身として扱われる。
皮肉というのは重なるもので、ストロードール家が理想としていた世界を、ホーリードール家はあっさりと成し遂げてしまったのだ。
しかもホーリードール家の聖女たちは、特に何もしていない。
彼女たちは地位や名誉などをまったく気にせず、我が身を投げ打って、ひとりのワイルドテイルの少女を救っただけなのだ。
この聖女のメッカと呼ばれるキリーランド小国には、多くの聖女学園が存在する。
学生たちが勉学に使っている教科書の表紙を開くと、見開きの1ページ目には、女神ルナリリスの絵がある。
その隣には、いつも変わらない、あの笑顔……。
そして、彼女の生涯にわたっての口癖が、そこにあるのだ。
『聖女のすべての愛は、ゴルちゃんに通じる』
オッサン、まさか教科書でも、風評被害……!?
これにてストロードール家ざまぁ編、終了です!
そして次回からはいよいよ、オッサンのターン!
グレイスカイ島の復興編に入ります!





