08 逃走
並の人間であれば、もはや万事休す。
このまま焼け死ぬ運命は避けられないかに思えたが……。
彼女たちは『呪いの人形』……!
ホラー映画の呪いの人形のごとく、怨霊のような根性を持つ彼女たちが、この程度では死ぬわけがないっ……!
……バッ……!
彼女たちは木箱を蹴って、一斉に飛んだ。
すぐ後ろにあったホーリードール家の彫像にしがみつくと、火事から逃げ出すゴキブリのようにカサカサと這いのぼる。
呪殺したいほど憎んでいるライバル姉妹に、たとえ偶像とはいえ助けられるのはシャクではあったが、背に腹は代えられない。
登る途中、ザマーはマザーの顔に、ブリギラはプリムラの顔に、ベインバックはパインパックの顔に、わざわざ唾を吐きかけていた。
それぞれの頂点に達すると、
……バッ……!
と火の付いたローブを脱ぐ。
もはや聖女どころか、女としてのプライドまで脱ぎ捨てた下着姿で、彼女たちは叫んだ。
「さあっ、道を開けるでチュ!」
「このローブの中には、油瓶が入っているのでございます!」
「ヒヒヒ……! 投げつけたら、広場じゅうが火の海になるでしゅ……! そーれっ!!」
……ワアッ!?
投げつけられたローブに、一斉に飛び退く民衆たち。
その一瞬のスキと、開けた人垣めがけて、
……バッ……!
また、飛んだっ!
油瓶が入っているというのは、完全なるハッタリであった。
この土壇場で、示し合わせてもいないのにこんな大胆なウソが付けるとは、恐るべし……!
しかし人々がそれに気付いた時には、姉妹はすでに港の敷地から抜け出していた。
多くの荷馬車が出入りする関係で、港の前の通りは何台もの馬車が併走できる大通りとなっている。
いまも多くの馬車が行き交い、歩道にも大勢の人が歩いていたのだが……。
「なっ、なんだ、ありゃっ!?」
「へ、変態か!? いや、悪魔だっ!?」
「キャアアアーーーーーーーーーーッ!?」
居合わせた人々は逃げ惑う。
無理もない。
不気味なマスクを被った、下着姿の女たちが血の涙を流しながら疾走しているのだから。
まさか誰もが思いもしていないだろう。
この国の有名聖女が、戦争帰りで頭がおかしくなってしまったような、こじらせた変態みたいな格好で現れるとは。
しかも、もはやローブもないので、聖女ですらなかった。
完全なる、変態悪魔……!
悪魔たちはもう、心まで悪に染まりきっていた。
グレイスカイ島での出来事のせいで、『グランド・セフト・聖女』への切替も一瞬。
いかにも金持ちが乗っていそうな馬車を見つけたので、ふらりと立ち寄る感覚で襲いかかる。
御者席には、ひとりの男が座っていたのだが……。
ブリギラが、パンツの中に隠し持っていたミニナイフを取り出して脅し、その座を奪う。
馬車に乗り込んだザマーとベインバックは、中にいた身なりのいい老婦人からハンドバッグを奪うと、路地に蹴り落とした。
……グシャッ!
「ぎゃああああああっ!? 骨がっ!? 骨がぁぁぁぁぁーーーーーっ!?、」
骨折して悶絶している老婦人に向かって、
「アラアラ、ザマァザマァ。お肉ばっかり食べてるから、骨が弱くなっちゃうんでチュよぉ。たまにはお魚を食べないといけまちぇんでチュねぇ! チュチュチュチュ!」
「死ぬにはいい朝でしゅ! ババアの遺産はベインたんがもらってあげましゅから、そのまま安心して死ぬでしゅ!」
鬼畜としか思えない捨て台詞を残し、馬車は走り去っていった。
もちろんこのままでは終わりません!
次回、いよいよ……!





