07 風評被害
「ぐ……グギエェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?」
汚物まみれになったまま、ドスンバタンと木箱の上をのたうちまわるザマー。
長きに渡ってこの国を、そして聖女界を苦しめていた巨悪も、ついに……!?
しかしこれは、彼女にとっては弱点部位を破壊されただけに過ぎなかった。
それはひと振りですべてを薙ぎ払う尻尾のようなものだったので、失ったのは大きな痛手ではあったものの……。
しかし、まだ、まだ残っていたのだ……!
彼女には、最後の奥の手が……!
……ごばあっ……!
人間とは思えぬ動きで身体を翻し、トカゲのような体勢で、聖女たちを睨み降ろすと、
「グルシャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
倒したと思ったラスボスが第二段階になって復活したかのような、いななきを轟かせていた。
見開いた眼球は危険色でビカビカと明滅し、裂けた口の端からは毒ガスが漏れているかのような息が、プシュープシューと漏れている。
「そんなことを抜かすのは……どこのどいつでチュかぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?!?」
豪雷のような一喝。
聖女たちはいままで懸命にこらえ、一歩も引かなかったのだが、ついに後ずさってしまった。
「撒いてやるっ……!! バラまいてやるでチュッ!! テメェらの恥ずかしい真写が、こっちにはタップリあるでチュ……!! それがバラまかれたら最後、勇者にはもう二度と相手にしてもらえなくなるでチュッ!! テメェらの聖女人生は、終わりなんでチュゥゥゥゥーーーーッ!!!!」
それはザマー的には、スカンクのオナラばりのとっておきの一撃であった。
なぜならば、この世界の聖女はすべて、勇者に仕えることを夢見ている。
勇者に愛想を尽かさてしまっては、そもそも存在意義すらもないとされているからだ。
聖女たちは一念発起したいじめられっ子のように、気丈に振る舞っていたが……。
この切り札には、さすがに全面降伏するはず……!
しかし、ラスボスは知らなかった。
歴史はすでに動いているというのに、ひとりだけ、過去に囚われていたのだ。
目の前にいる少女たちは、マザーという本当の聖女に出会ったことで、ニセ聖女を脱却し……。
真の聖女というものに目覚め、サナギのように脱皮……!
すでに心は蝶のように羽ばたいており、さらなる高みから、マザーを見下ろしていたのだ……!
少女たちの瞳には、もはや迷いはなかった。
「構いません。どうぞ、お好きなようになさってください!」
「にゃっ!? にゃんでチュとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「マザーがおっしゃっていました。真の聖女というのは、みんなのママであると……!」
聖女たちはその時のことを思い出すように、瞳を閉じ、胸に手を当てて続ける。
「だからみんなに平等に、愛を分け与えるべきであると。しかし特別な愛だけは、いつも心のなかに持っていなさいとおっしゃっておりました。しかしその特別な愛を捧げる相手は、『勇者』ではないと。真の聖女が、真の愛を捧げる相手は……」
「ハンッ! どうせ、『ゴッドスマイル様』って言うんでチュ! 強欲なあのメスブタの言いそうなことでチュ! あのメスブタはそうやって希望を持たせておきながら、自分ひとりでいい思いをするつもりなんでチュっ!!」
しかし次に聖女たちの口から紡ぎ出されたのは、世界最高の勇者の名ではなかった。
それは……。
「『ゴルちゃん』……!」
かつては世界の最底辺にいた、野良犬っ……!?
「ご……ごるちゃん?」
思いもよらぬ新キャラの登場に、思わず虚を突かれてしまうザマー。
「はい。マザーは、『聖女のすべての愛は、ゴルちゃんに通じる』とおっしゃっておりました。ゴルちゃん様というのがどんなお方なのかまだわかりませんが、マザーがおっしゃっている以上、きっと素晴らしい殿方に違いありません」
オッサン、まさか異国の地で、風評被害……!?
「私たちはマザーの元で、真の聖女を目指します。これからは勇者様のためではなく、ゴルちゃん様のために生きると決めました」
「私たちがこの港を訪れたのは、マザーのいるグレイスカイ島に向かい、島の復興をお手伝いするところだったのです。そのついでではありましたが、こうやって最後のご挨拶ができてよかったです」
「それでは、長い間、お世話になりました。……ごきげんよう、ザマー」
ポカンとしているザマーをよそに、さざ波のようにしずしずと去っていく、白きローブの集団。
観衆もしばらく我を忘れて見守っていたが、誰かがふと思い出したように石を投げた。
……ガツン! ゴツン! ガンッ!
ノーガードだった三姉妹の頭に石がぶつかり、額から血が出る。
マスクの目の穴からそれが垂れ落ちていたので、彼女たちの呪いの人形っぷりが一気に再加熱した。
「うげえっ!? 気持ち悪いっ!?」
「やっぱり悪魔よ! 本当に悪魔だったんだわ!」
「しかも見た目だけじゃない! 幼気な聖女たちを脅して言いなりにしていただなんて、心まで悪魔としか思えない!」
「悪魔を殺せっ! 悪魔を焼き殺せーーーっ!!」
ついに松明までもが投げ込まれ、三姉妹の立っていた木箱が燃え上がった。
燃え上がる炎に包まれ、火だるまになったかのように暴れまわる。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」」」
その様はまさに、火あぶりに処される魔女……!
決して濡れ衣などではない、真の魔女さながらであった……!





