05 ヘドロの雄弁
キリーランド港の広場に降り立った、聖女たちは、雄弁であった。
瞳は常に潤み、時には眦に宝石のような雫を浮かべ……。
身振り手振りは白鳥の羽ばたきのように美しく、物憂げな溜息は自己犠牲を感じさせた。
今までであれば、それで良かったのだ。
誰もがうんうんと頷いてくれて、中にはもらい泣きする者もいた。
最後には一丸となって、槍玉に挙げられた聖女たちを倒すべく、義勇軍が結成されていたのだが……。
熱き血潮は、これっぽっちも燃え上がらなかった。
そして今回のことは皮肉にも、ゴシップを裏付ける結果となってしまう。
いくら新聞には、真写つきで掲載されているとはいえ……。
キリーランドの人々は、「間違いであってくれ」という気持ちが少なからずあった。
この国には名だたる聖女が大勢いるが、なかでもストロードール家といえば、いちばん人気の聖女一門である。
今まで自分たちが、女神のかわりのように崇めてきた存在が……。
まさかあんなに、どすグロい本性を隠し持っていたなどとは、信じたくはなかった。
しかし彼女たちの口から語られるストーリーは、すべて新聞に書かれていたものと違わず……。
ただ単に、ふたつの聖女一家が入れ替わっただけだったのだ……!
となれば、民衆はどちらを信じるだろうか?
より確かな証拠である、真写があるほうに、決まっている……!
『雄弁は銀、沈黙は金』という言葉をご存じだろうか。
ストロードール家の聖女たちは、いままで雄弁によって勝利を勝ち得てきた。
目障りな聖女たちを、着飾った虚言によって蹴落としてきた。
いつもであれば聴衆は、彼女たちの言葉を……。
ダイヤモンドでもすくい上げるかのように聴いてくれた。
しかし今のこの場において、彼女たちの口からこぼれるものは……。
ヘドロっ……!
すくい上げるどころか、目に入れるのも穢らわしいといった、汚物的視線を向けられる始末……!
いままで別の意味で天然ぷりを発揮していた三姉妹だったが、ようやく違和感に気付きはじめる。
真っ先に、ベインバックが動いた。
「ザマの言っていることは本当なんでしゅ! 証拠の真写もここにあるでしゅ! みんな見るでしゅ! 見るでしゅーーーっ!!」
……バアッ……!
とバラ撒かれた真写を受け取った人々のなかで、悲痛な声が漏れる。
それはかつてビッグバン・ラヴのふたりを激写したような、都合のよいアングルで切り取られたものばかりであった。
「や……やっぱり新聞に書かれていたことは、本当だったんだ!」
これは効いたな……! とニヤリとする三姉妹。
「アラアラ、ようやくわかってくれたようでチュねぇ。そうなんでチュよぉ、ホーリードール家の聖女たちは、とっても悪い仔だったんでチュ!」
「あの方たちは、『スラムドッグスクール』なる塾を設立し、聖女たちの卵を集めておりました。そこで、こっそりと弱みを握っていたのでございます。ある聖女などは、親を不治の病にさせられ、マザーの力でないと治せないなどと脅されたり……別の聖女などは、着替えを盗撮されて、ブラにパットを入れているのがバレてしまい、勇者様にバラされたくなければと脅されたり……」
「うわああああんっ! どうやったらそんな悪魔みたいなことを思いつくんでしゅか!? ベインたん、こわいでしゅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!!」
その演技がトドメとなって、観衆の導火線に火がついた。
「……ふざけるなっ! それをやっていたのはお前たちだろう!」
「お前たちに脅されていた聖女たちが、グレイスカイ島から戻ってきて、新聞に告発したんだ!」
「おいっ! 見ろ! 写真のなかに、聖女たちの着替えの盗撮が混ざってる!」
「し……しまったでしゅ! 間違えて、バラ撒いてしまったでしゅ!」とベインバックがこぼしたのが、決定打となった。
「くそっ! こいつら、とんでもねぇ聖女どもだっ!」
「かわいい顔をして、やってることはえげつねぇ……! まるで悪魔だっ!」
「そうやって今まで多くの罪をデッチあげて、ありもしない罪に陥れてたんだな!?」
「信じてたのに……! もしかしたら誤解なんじゃないかって、信じてたのに……!」
「俺の娘は、あんたたちを目標にしてたんだ! 今じゃショックで引きこもりになっちまった!」
「もうこんなヤツら、名門でもなんでもねぇ! やっちまえ! やっちまえーーーーっ!!」
あれよあれよという間に、反逆のうねりは大きくなっていく。
手にしていたい石や腐った魚を、憎しみをこめて呪いの人形たちに投げつける。
「こ、これは誤解でチュ! ホーリードール家のメスブタどもは、新聞を買収したに違いないでチュ!」
「うるせえっ! これでも買収したっていうのかよっ!」
ばさっ! と古新聞が投げつけられる。
ザマーは顔面に貼り付いたそれを引き剥がし、白い顔を寄せ合って確かめた。
そして、
「ぐぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
断末魔、ふたたびっ……!
新聞の一面にあったのは、もう言い逃れのしようがない、決定的なシーンばかりであった。
恐ろしい形相で、空に向かってクロスボウを構えるザマー。
ワイルドテイルの子供の首筋に、ナイフを押し当てるブリギラ。
本性を現したような凶悪な顔で、ニタニタと笑うベインバック。
そして……3人揃ってヘッドスピンをして、砂浜に埋まる姿……!
彼女たちは最後に、大きな判断ミスをしてしまった。
寄港して貫くべきだったのは、雄弁ではなく、沈黙……!
ダイヤモンドよりも、金を求めるべきだったのだ……!
なにも言わなければ、民衆のなかにわずかに残った、『ストロードール家を信じる気持ち』にすがれたかもしれない。
最後の最後で、欲張ったばかりに……。
最後の最後の最後で、一発逆転を狙ったばかりに……。
彼女たちは歴史に残る、史上最悪の事態を引き起こしてしまった………!
そう、それは……!
『聖女狩り』っ……!!
この三姉妹を書いていると妙に楽しくて、つい長くなってしまいました。
次回からはいよいよざまぁに入ります。
この三姉妹たちのざまぁの後は、ついにオッサンのターンが始まりますので、もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。





