04 崩壊
キリーランドの港の外ではちょうど、ストロードール家の彫像の入れ替え作業が行なわれていた。
それは2階建ての家くらいあり、この港でのモニュメント的な存在であったのだが……。
いま、愛あふれる笑顔を浮かべる三姉妹には、極悪人を縛るかのように、何重にもロープがかけられ……。
作業員たちが、オーエスオーエスと掛け声とともに、ロープの端を引っ張り……。
……ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーンッ!!
前のめりに倒された像は、粉々にっ……!
それを、当人たちは目にしてしまったのだ。
しかも、破片が飛んでくるほどの、いちばんいい席で……!
瞬間、ここが世界の中心となった。
「なっ……!? なにしてくれてるでちゅござましゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そして、観衆は見てしまった。
狂ったように駆け出す、呪いの人形たちを……!
その鬼気迫る迫力は、広場を凍りつかせた。
作業員たちは、石になったように動けなくなる。
なにせ、白いゴムマスクに、赤い月のように血走った眼の存在が襲いかかってきたのだ。
しかも服装は、誰もが見とれる高級ローブだったので、ギャップがすさまじい。
ローブの裾を夜叉のように翻し、迫り来るモノは、ひとりの作業員の胸倉をガッと掴んだ。
「ザマたちの像を倒すだなんて、なんて悪い仔でチュ!? 即死するでチュ!」
「なんてバチ当たりなことを! なんの権利があって、そんな極悪非道なことをなさるのでございますか!?」
「怖いでしゅ! 怖いでしゅー! このおじさんからは、血の匂いがするでしゅーーーっ!!」
絶叫人形から詰め寄られた作業員は、もう歯の根が合わない。
冬山に放り出されたように、ガチガチと歯を鳴らしながら、ブルブルと震える手で、立て看板を示していた。
そこには……。
『ホーリードール家聖女像 設立予定地』とあり……。
その隣には、白い布を掛けられた雪山のような大きな物体が……!
それが、明らかに除幕式を待つ彫像であることは、明白であった……!
呪いの三姉妹は今度はその像に挑みかかり、布を取り払った。
そこにはやはり、不倶戴天の敵たちが……。
女神のような笑顔で、笑っていたのだ……!
「ぐぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
呪いにかかって身体じゅうの血が吹き出たかのような絶叫が、広場を満たす。
「なんででチュっ!? なんでこのメスブタどもの像が、こんな所にあるでチュっ!?」
「このメスブタどもが像になっていいのは、下半身だけなのでございます!」
「怖いでしゅ! これは悪魔の像でしゅっ! 倒すでしゅ! 倒すでしゅぅぅぅ! みんなで力をあわせて、この像を倒すでしゅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
いつもであれば、ベインバックが泣き叫べば、一刻も早く天使の笑顔を取り戻そうと……。
多くの大人たちが、右往左往してくれた。
しかし今は、誰ひとりとして動かない。
誰もが引き潮のように離れたところで、冷や汗をタラリと流しながら、見つめるばかり……!
「クキェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーッ!! なら、ザマたちがやるでチュッ!!」
言うが早いが足元にあったロープをひっつかみ、投げ縄の容量でホーリードール家の彫像に引っかける。
すると、さすがに観衆も動いた。
「な、なにをなさるんですか! おやめくださいっ!」
「おいみんな! ストロードール家の聖女たちを止めろっ!」
「みんなで、ホーリードール家の像を守るんだっ!」
ストロードール家の像が倒されるときは、なにもしなかった民衆たち……。
しかしホーリードール家の像に危機が及ぶとわかると、誰もが必死になった。
触ると呪われそうだったので、あんまり触りたくはなかったのだが……。
しょうがなく男たちが彼女たちを羽交い締めにする。
女たちは像が倒れないようにと、倒れる危険もいとわずに像の足元をささえる。
そのいじらしい姿は、ストロードール家の心を打つ。
いいや、打ちのめす。
なぜならば、自分たちのために命をなげうってくれる民こそが、彼女たちが最も求めていたものだからだ……!
「像になってもなお、ザマたちを苦しめるだなんて……! クッ……! クキェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
嫉妬の悲鳴が天を衝く。
自我を失うほどに暴れる彼女たちは、もはや聖女要素皆無。
赤く染まった白目を裏返し、口の端から泡を吹き、身体をガクガクと痙攣させる様は……。
完全に、生けるホラーであった。
しかしそんな、トドメを刺された呪いの人形状態になってもなお、悪知恵が働くのが彼女たちである。
「……み、みんな騙されているでチュ! ホーリードール家の口先三寸に、騙されているのでチュッ!」
「そうでございます! ワタシたちはグレイスカイ島で、見てきたのでございます! ニセ聖女たちの真の姿を!」
「うわあああああんっ! 思い出すだけでも怖かったでしゅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」
取り押さえられたストロードール家の姉妹たち。
彼女たちは大人しくなったフリを装いつつ、これから真実を話すと言った。
口八丁で拘束から逃れると、彫像建設現場にあった、資材の入った木箱の上にあがった。
そして……。
白いマスクから浮き出た、裂けたような口から……『真実』が紡ぎ出された。
しかし内容は何のことはなかった。
彼女たちが、グレイスカイ島のホーリードール家のプライベートビーチでしたこと、されたことを……。
そっくりそのまま立場を入れ替えただけの、真っ赤なウソ話……!
三姉妹は、ライバル姉妹の彫像をバックに、活弁士のごとくの名調子を繰り広げた。
「そこでザマは言ったのでチュ! 子供を人質に取るだなんて、なんて酷いことを……! 子供は未来の希望……! たとえ邪教徒の仔であったとしても、殺してよいものではないと……! かわりにザマの命を差し出すでチュと!」
「するとなんと、プリムラさんはおっしゃのでございます! ならばこのナイフで、その世界一の美貌を切り裂いてみなさいと……! いつもおやさしい笑顔のプリムラさんが、悪魔のような顔で……! きっとこれがプリムラさんの本性なのだと、ワタシは思ったのでございます!」
それは本来であれば、誰もが信じてしまうほどに、切々とした感情が込められたものであった。
しかし、観衆の反応は冷えっ冷え。
まるで人気お笑い芸人の到着が遅れているので、前座が場を繋いでいるかのような……。
苛立ち混じりのシラケムードが支配していた。
……彼女たちは、知らなかったのだ。
あの場での出来事が、新聞記者たちにすべて激写されており……。
もう活字となってこの国じゅうに、共有されていることを……!





