03 みたらし再び
大きなクルーザーに、掛けられたタラップ。
セレブの場合は、赤色などに塗られた特別なタラップが用意されるのだが、名門の聖女の場合は白いタラップと決まっている。
それは別名『天使の梯子』と呼ばれていた。
何度も言うが、容姿がすべての聖女界では、名門ともなると美しい女性たちが勢揃い。
天使の梯子から降りてくるのはいつも、女神と見紛うほどのまばゆい美貌であり、溜息をもって迎えられるのだが……。
……ぎしり……。
船のタラップを軋ませ、降りてきたその存在は、
「ひいっ!?」
誰もが引きつれた声とともに、息を呑んでいた。
……ぎしり、ぎしり……。
その者たちは、女神などという、生やさしい存在ではなかった。
今日は雲ひとつない快晴、いまは昼間だったので、キリーランド港にはさんさんとした陽光が照りつけていたのだが……。
彼女たちが現れた途端、太陽は暗雲に遮られ、暗い影が落ちた。
……ぎしり、ぎしり、ぎしり……。
天使の梯子も、彼女たちが立っていると……。
まるで、深夜の廃校の廊下のように思えてくる。
……ぎしりっ……!
その正体は、他でもない。
あのストロードール家の三姉妹であろう。
おそらく……!
としか言いようがないほどに、彼女たちはドレスアップしていたのだ。
……首から上が……!
いいや、この場合、変容……。
いやいや、變成したと言うべきだろうか……。
マザー・リインカーネーションは、大聖女のドレスの上からエプロンをつけ、『スラムドッグマート』で接客している。
エプロンの肩紐がずれ落ちるくらいに飛び出した胸に振り回されるように、あっちにぷるんぷるん、こっちにゆっさゆっさしているのだが……。
その様を、ミッドナイトシュガーはこう形容していた。
「まるで胸が歩いてるみたいのん」と。
もし彼女がここに居合わせたなら、きっといま降り立った聖女たちのことを、こう言い表していたに違いない。
「ホラーが歩いてるのん」
と……!
「まるで」も「みたい」も存在しない、完全なる断定口調で……!
雲間から差し込んだ光が、スポットライトのように、問題の聖女たちを照らす。
……カッ……!
真夏のアスファルトのように、照り返したソレに、後ずさる報道陣。
艀という名の地上に降り立った、女神……。
いいや、白き悪魔は……。
純白のマスクを、被っていたのだ……!
『マスク』といって風邪の時に口だけを覆うようなものではなく、顔全体、それどころか頭部全体をすっぽりと包み込む……。
ようは、『目出し帽』っ……!
しかし布製ではない。
ゴムのように伸縮性のある材質でできていて、ぴったりと肌に吸い付き、美しい鼻や唇の形が浮き出している。
ツルツルで、エナメルホワイトのような光沢……といえば、悪くなさそうに思えるのだが……。
不気味っ……!
まるで石膏で復元された頭蓋骨が、生命を吹き込まれて、そこに佇んでいるかのような……。
校舎の理科室にある、骨格標本が動き出して、夜な夜な彷徨っているかのような……。
部分的に割れた卵の殻の向こうから、目と口が覗いているかのるような、気味の悪さだったのだ……!
さらにトドメとなっていたのは、その数である。
普通、こういう強烈キャラクターが出現する場合は、だいたいひとりだけと相場は決まっている。
しかし、
3人っ……!
よりにもよって、三姉妹が3人とも、その不気味マスクを被っているものだから……。
恐怖の三重奏っ……!
ふわふわの扇で上品に口元を隠す、ザマー・ターミネーション。
その後ろに控え、穏やかな微笑みを浮かべるブリギラ。
ザマーの腕に抱かれ、天使のスマイルを振りまいているベインバック。
まるでマスクなど存在していないかのように、普段どおりに振る舞っているが、よりいっそう鳥肌モノであった。
周囲がドン引きしていても、ものともしていないザマー。
「……アラアラ、みんな、どうしたんでチュか?」
変わらぬ慈母のような一言に、後ずさる報道陣。
彼らは降りてくるなり質問責めにするつもりだったのだが、できなかった。
彼らの後ろにいたヤジ馬は、降りてくるなり石や腐った魚をぶつけてやろうと思っていたのだが、できなかった。
なぜならば……。
あまりにも、怖かったからだ……!
きっとミッドナイトシュガーがここにいたら、きっとこう続けていただろう。
「ここにも『みたらし』がいるのん」
そう……!
「見たら、死ぬ」……!
それだけの存在感が、いまのストロードール家の少女たちにはあった。
想像してみてほしい。
白いエナメルのゴムの間から、顔のついた月みたいな瞳だけがあるのだ。
他の顔パーツが覆われているぶん、より目力が強調され……。
一瞥されただけで、膀胱が決壊してしまうほどの迫力が、備わってしまったのだ……!
ごわっ……!! ごわわわっ……!!
港じゅうが、こんなゴワついたざわめきに包まれるのも、無理はなかろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ストロードール家の帰国は、キリーランドいちばんの話題となっていた。
取り囲んで、ひと声罵声を浴びせようと、ひと投げ石をぶつけようと、大勢の人たちが集まっていたのだが……。
誰もが海割りの奇跡のように、その道を譲っていた。
みんな変わり果てた姿に、誰もが完全に萎縮してしまっていた。
集まってはくるものの、それ以上は近づいたりしない。
エンガチョのように、遠巻きに見つめるばかり。
それを、件の姉妹は勘違いした。
「チュチュチュチュ! 少し留守にしただけだというのに、どこに行っても人だかりができるとは……」
「やはりこのキリーランド小国には、ワタシたちストロードール家が必要とされているのでございます」
「ベインたん、恥ずかしいでしゅー!」
さらなる人気者になって、上機嫌の聖女たち。
人垣でできた花道に、愛想を振りまきながら港のなかを歩く。
目があうと誰もが、
「ひいっ!?」
とまるで蛇に睨まれたカエルのように硬直し、真っ青になるのだが、
「アラアラ、ザマがいくら憧れの聖女だからといって、そんなに緊張することはないでチュよぉ。ザマはみぃんなのザマなんでチュからねぇ」
「親しみやすさをモットーとしてきたワタシたちの心がけが、ついに花開いたのございます」
「きっとそのうち、花束を持った人たちに、囲まれちゃうでしゅー!」
自分たちの容姿が、民衆を恐怖の渦に叩き込んでいるとは、微塵も思っていない。
しかしその間違った優越感は、すぐに正されることになる。
このキリーランド小国は、聖女のメッカとして名高い。
先般の『聖女集会』もこの国で執り行われたほどである。
そしてこの国は、ストロードール家のシェアが最も高い国でもある。
ザマーの肝いりで、至るところにストロードール家の彫像を設置させていた。
港の外にある広場にも、ひときわ大きな三姉妹像があるのだが……。
それが当人たちが来るのを、待ちわびていたかのように……。
……ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーンッ!!
倒壊っ……!?





