02 GTS
ポップコーンチェイサーや、ストロードール家の三姉妹たちは『落ち勇者狩り』の対象にはならなかった。
理由は単純で、彼らは勇者ではなかったからである。
しかし前述のとおり、ポップコーンチェイサーは国を挙げての嫌われ者となっていた。
となると、同じくらいの醜態を晒したストロードール家の扱いも、おのずと決まってくるというものだろう。
件の三姉妹たちは、グレイスカイ島から帰国する者たちのなかで、いちばん最後に島を出発した。
なぜかというと、ずっと砂に埋まっていたからである。
『ゴーコン』の決着後、隣のビーチに埋まっていた勇者たちは掘り起こされ、縛られて連行されていったのだが……。
彼女たちはそれよりも離れた場所に埋められていたので、すっかり忘れ去られていたのだ。
誰もこない夜の海で、満ち潮での水責めは『プラスアルファ』どころではない苦痛を彼女たちに与えた。
なにせ波が押し寄せると息ができないうえに、深く抉られた顔の傷に海水が染み込んで筆舌に尽くしがたい痛さ。
痛みと疲労が重なって意識が飛んでしまいそうだったが、塩水のせいで強制的に意識を取り戻させられる。
太古より塩というのは、拷問のときの気付け薬としても使われていた。
彼女たちはヤシクダキの処刑が終わってもなお、天然の気付け薬で苦しめられ続けていたのだ。
死の淵を彷徨いながら、三姉妹は慟哭した。
自分たちをこんな目に遭わせたホーリードール家に復讐することだけを糧として、誰もいない砂浜に叫喚を響かせていた。
その、この世の怨念をすべて集めたかのような、黒い魂の叫びは……。
地獄の道祖神のように、おーんおーんと、いつまでも、いつまでも……。
何日か経ったところでいい加減ウザくなったのか、ヤシクダキたちがぞろぞろやってきて、掘り起こしてくれた。
彼女たちは、深井戸から蘇った女幽霊のように、砂から這い出る。
そして、そばにいたヤシクダキを、むんずと掴むと……。
命の恩人であるはずのそれを、バリバリとかみ砕くっ……!
まるで死にかけの山姥たちが、必死に生を求めているかのようであった。
しかし、死んではいなかった。むしろ、精気に満ち満ちていた。
裏返った赤き瞳だけは……。
死神の月のように、ギラギラと輝いていたのだ……!
「 …… ミ ・ テ ・ ル ・ ガ ・ イ ・ イ ・ デ ・チュ …… !」
「 …… コ ・ ノ ・ ウ ・ ラ ・ ミ …… ! ハ ・ ラ ・ サ ・ デ ・ オ ・ ク ・ ベ ・ キ ・ カ ・ デ ・ ゴ ・ ザ ・ イ ・ マ ・ ス …… !」
「 …… テ ・ン ・ シ ・ 二 ・ ア ・ ワ ・ セ ・ テ ・ ヤ ・ ル ・ デ ・ シュ …… !」
ホーリードール家の、メスブタどもよ……!
テメェらの死体のまわりにたかる、ハエこそが……!
テメェらを地獄へと導く、天使……!
それに相応しい『死』を、くれてやる……!
この、命に変えても……!
たとえ九回殺されても、十回生き返って……!
テメェらの屋敷に、ペンペン草を生やしてやるでちゅござましゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
地獄から蘇った三姉妹は、そのあと街へと繰り出した。
誰もいない大通りでボロボロのローブを脱ぎ捨てると、全裸でブティックに乱入し、聖女用ローブを強奪。
店主は注意するどころか、「ヒイッ!? バケモノ!?」と這い逃げていく。
そのリアクションで、三姉妹は自分たちの顔が変貌していることを、改めて思い出した。
一軒となりの店で『おめかし』をすませたあと、停まっていた馬車を盗む。
馬車の中には御者が縮こまっていたのだが、引きずり降ろした。
港に向かうと、残っていたクルーザーのなかで、いちばん大きなヤツを襲う。
中には逃げ遅れたセレブ一家がいたのだが、海に放り捨てた。
それら一連の手際は、聖女一家とは思えないほどに鮮やかであった。
彼女たちに新たなる呼び名を与えるとしたら、そう……。
グランド ・ セフト ・ 聖女 …… !
息を吸うようにためらいなく、息を吐くように自然に、大胆な犯行に及んだ聖女たち。
それは彼女たちにとっては、肌に張りと潤いを与えるスキンケアのようなものであった。
そのおかげもあってか、ついに完全復活……!
根城がある、キリーランド小国めざして……!
……レツゴー三匹! レリゴー三匹……!
我が前に、敵はなし……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
キリーランドの海に、ひときわ大きなクルーザーが現れた。
それは白鳥のように白い船体で、跡を濁さぬ優雅な波跡を残しながら、港に近づいてくる。
大物到来の予感に、港に張っていたマスコミたちが、獲物を見つけたかのように駆け出す。
クルーザーが向かっている艀に殺到した。
港にいる誰もが、中にいるのはストロードール家の聖女たちであると確信していた。
グレイスカイ島にはまだホーリードール家の三姉妹も残っているので、その可能性もあるのだが……。
ホーリードール家の船はへんなオッサンの顔でデコレーションされているので、ひと目で違うとわかった。
中にいるのがストロードール家ならと、ヤジ馬も次々に集まってくる。
彼らはみな、手に手に石や、腐った魚などを手にしていた。
そして……。
港のスタッフの手により、タラップがかけられた。
それを、レッドカーペットのように踏みしめ、現れたのは……!
予想外の、大物ゲスト……!
いいや、予想のななめ450°をブチ抜く、モンスター級の存在であった……!!
ごわっ……!! ごわわわっ……!!
まるで洗濯にしっぱいしたかのような、ザラついたどよめきが、その場を支配する……!
それはたしかに3人組だった。
そして、身体つきもたしかに、あの3人であった……!
白鳥のようなドレスで、優雅な足運びも相変わらずだったのだが……。
しかし……。
ひとつだけ、ひとつだけ……!
大いなる違和感があった……!
それはひとつだけだというのに……。
間違い探しにおける、たったひとつの違いでしかないというのに……!
ありすぎたのだ、違和感が……! バリバリに……!
落丁のあまり、すべてのページが互い違いになった『間違い探しクイズ』の本ように……!
そのたったひとつのせいで、ぜんぶが台無し……!
答えはただひとつ、
『全部間違い』……!
そんなラーメンのトッピングのように変貌した、前代未聞の名門が、今ここに……!
キリーランドの港を、かつてないほどに激震させていたのだ……!!
今回のお話を書くにあたってなんとなく調べてみて、初めて知りました。
「レッツゴー三匹」ではなくて、「レツゴー三匹」なんですね。





