190 最後の男2
「……ナんでだ? ナんでコイツを食らって千切れねぇんだ? 鉄でできた鎖が、千切れねぇだナんて……」
男が鎖を手にしたまま首を捻っていると、ふと、「おっ!?」という声が耳を衝いた。
見やると、遠く離れた波打ち際に、地元の漁師らしき者たちがふたり立っている。
「見ろよ、あれ……もしかして……」
「手配書にあった、『落ち勇者』じゃねぇか!?」
「そうだ! しかもアイツ、アレじゃねぇか!? 落ち勇者の大将!」
「あっ、ひょっとして……! ゴッドスマイル様に弓引いた張本人!? ってことは、大物じゃねぇか!」
「ああ! 捕まえたら末代まで遊んで暮らせるだけの賞金が貰えるぞ!」
男は島の外の事情を知らなかった。
『ゴーコン』はまだ、続いていると思っていたのだが……。
漁師たちの会話は、男が勇者だと知っておきながら、勇者に接する者の態度ではなかった。
しかも言うが早いが、漁猟用のモリを構えて白砂を駆け散らし、襲いかかってきている。
「んまぁ!? なあに、あの下賤の者たちは……!? 怖いわ、あなたっ……!」
「下がってナ」
男は妻をかばいつつ、銃口を向ける。
相手は見るからに貧民層だったので、殺しても問題ないだろうと判断。
アイアンサイトを眉間にあわせ、引き金を絞る。
獅子が吠え架かるような銃声。
次の瞬間、この惑星の人口が、ひとつ弾け飛ぶ。
……はずだったのだが、
……バキャッ!!
宙を舞っていたのは、走っていた漁師たちの手前にあった木であった。
メキメキと倒れ、漁師たちを足止めする。
「うわっ!? なんだ今の! ものすげぇ音がしたと思ったら、木が倒れてきたぞ!?」
「手配書に書いてあった! 大将は、指先をちょいと動かすだけで、爆炎魔法なみの威力が飛んでくる、どえらい武器を持ってるって!」
「爆炎魔法!? そんなのくらったら、一発でおだぶつじゃねぇか! どうりで大将だけ、とんでもない額の賞金が掛けられてるはずだぜ!」
「でも、いまの攻撃で、ヤツが大将だってのがハッキリした! 村に戻って応援を呼ぼう! みんなで捕まえても、一生遊んで暮らせるだけの金がもらえるんだ!」
漁師たちは顔を見合わせて頷きあったあと、踵を返して来た道を戻りはじめる。
仲間を呼ばれてはまずいと、男は背中めがけて2発、3発と銃声を轟かせた。
しかし、当たらない……!
男は相棒の扱いにかけては、世界一でも十指に入るほどの腕前を自負していた。
そもそもこの世界には、銃というものが一般的ではなく、武器として使っている者も十人いるかいないかくらいなのだが……。
それはさておき、今まで外したことなど一度たりともなかった。
それなのに……7発も外してしまった。
――ナんでだ? あの距離なら、余裕で眉間をブチ抜けるはずなのに……。
ナんで一発も当たらなかった?
もしかして、漂流したときに、どっか歪んじまったのか?
男はショックのあまり、あることに気付くのが遅れた。
――待て、それよりも……。
『7発』、外した……!?
回転式拳銃は6連装。
自分の生まれた日以上に身体に染みついてる数字なので、間違いようがない。
男はスナップリロードで銃のリールを再び開く。
上に傾けて排挟しようとしたが、落ちてこない。
不審に思い、指で薬莢を摘まんで取り出そうとしたが……。
リールと一体になっているかのように、外れない……!
「ナ……ナんなんだ? こりゃあ!?」
「んまあっ!? あ……あなた、いったいどうなさったの? 急に大きな声をお出しになって……」
「あ、いや、なんでもねぇ。それよりもここにいちゃ危ねぇナ。とりあえず逃げるぞ、立てるか?」
男は手を貸して、ふたりぶんの身体を起こす。
妻は不安の色をありありと浮かべていた。
「ねぇあなた、ここはいったいどこなの!? 私たち、これからどうなっちゃうの!?」
「ここはどこかはまだわからん。だが安心しろ、なにがあっても俺が必ず守ってやるからナ。さぁ、いくぞ」
ふたりは手を取って、早足で歩き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
男は地名の看板などで、いま自分たちがエヴァンタイユ諸国の、『ガンクプフル小国』にいることがわかった。
そして拾った新聞記事から『ゴーコン』は失敗に終わり、島にいた勇者たちは『勇者狩り』の対象に……。
まさに『賞金首』なっていることがわかった。
意識を失う前の記憶は定かではなかったが、たしかにグレイスカイ島にいたはずなのに……。
気がづいたらなぜ、こんな場所にいたのか……。
しかもなぜ、こんな島破りをした罪人のような格好をさせられているのか……。
なにもかもが、わからなかった。
そして男にとっては何よりも不可思議だったのは、相棒の異変であった。
まず、鎖を切ろうとして撃ちまくっても、鎖には傷ひとつ付けられなかった。
すると噂と銃声を聞きつけて、『落ち勇者狩り』が集まってくるのだが……。
彼らに向けて発砲しても、決して当たりはしないのだ。
しかし威力は変わらずあったので、牽制することはできた。
男の銃の噂はすでに新聞記事で広まっている。
それでも賞金稼ぎたちは「そんな威力のある武器なんてあるわけない」とたかをくくって襲いかかってきて、その爆音に恐れおののいて退散していた。
そして……もっとも謎だったのは、弾。
いくら撃っても、なくならないのだ。
銃の残弾数を記憶するために、男は撃った弾を数えるクセがあった。
そのため、自然と頭の中のカウントは増えていったのだが……。
600発をこえたあたりで、男は数えるのをやめた。
男は妻とともに逃亡の日々を送る。
街はずれにある、人気のない店を襲って、銃で脅して食べ物を奪う。
民家を襲って、中の住民を縛り上げて、眠りについた。
しかしその手口も広まってしまい、できなくなってしまう。
となると、もはや贅沢はできない。
畑に忍び込んで果物や野菜を盗み、廃屋などを見つけて夜露をしのいだ。
妻は降伏しましょうと提案してきたが、それはできなかった。
なぜならば『勇者狩り』に捕まってしまえば、自分ともども凄惨な目に遭わされてしまうのは明らか。
それだけは絶対に避けねばならなかった。
いまここにある命は、何ものにも代えがたいほどに、大切なものだったからだ。
捕まれば、妻は槍で突かれ、お腹の子ごと殺されてしまうかもしれない。
親子まとめて、火あぶりにされてしまうかもしれない。
たとえ神が許したとしても、それだけは絶対に許せなかった。
未来を担うべき『生命』を、遊び半分で殺されることだけは、断固として……!
男は誓っていた。
我が四肢がもがれようとも、五臓を引きずり出されようとも、六腑を食らい尽くされようとも……!
地獄の餓鬼に、身をやつしてでも……!
この『生命』だけは、絶対に守り抜いてみせると……!





