184 男たちのバカンス
オッサンが、ペロペロの刑に再び処されているとき……。
グレイスカイ島と『エヴァンタイユ諸国』の間にある海は、相変わらず大渋滞に見舞われていた。
ハールバリー小国をのぞくエヴァンタイユ諸国は、リヴォルヴから援軍要請を受け、それを応諾。
なにせ『ゴーコン』の模様は伝映によって中継されている。
同盟国を含めてすべての国民が注視している一大イベントにおいて、勇者への協力をケチっていては、国民からの印象もよくない。
逆に派遣した兵士たちが大活躍をすれば、勇者上層部への恩を売れるうえに、国民からも大いなる支持が得られることだろう。
各国の国王は気合いを入れ、こぞって軍隊を編成。
虎の子の軍船を用いて、グレイスカイ島に派遣していた。
国力からいって、勢力的にいちばんになるのはセブンルクス王国のはずなのだが、驚くべきことにエヴァンタイユ諸国の中ではいちばん小規模であった。
大臣や将軍たちは、正規軍をすべて投入する勢いであったのだが、セブンルクスの国王がそれを止める。
家臣たちは総出で反対したのだが、それを押し切り、申し訳程度の兵士たちを送り出すだけにとどまっていた。
先にも述べたように、セブンルクスの国王は『ゴーコン』の失敗を予見していたのだ。
しかしまさか、グレイスカイ島にも到着できない事態が発生しているとは、思いも寄らなかっただろう。
どの国の船も数時間前に出発した。
しかし、どの船もなぜか、沖合いから先には進めずにいた。
不思議なことに、グレイスカイとは逆の方向、たとえば港に引き返すときには何の問題もなかった。
なぜかグレイスカイ島に向かおうとすると、沖から進めなくなってしまうのだ。
なかにはこの世界でも最速の部類に入る高速船もあるはずなのに……。
いくら漕いでも、いくら魔力をかけてスクリューを回しても……。
ナメクジが這うほどの距離ですら、微進しない……。
まるで、見えない壁に阻まれているかのように……!
結果、多数の軍船が海水浴客のようにひしめきあうという、珍妙なる光景が展開されていた。
そしてその中には、彼らもいた。
「まったく……もう何日にもなるのに、ちっとも動かないでありますなぁ」
「しょうがねぇさ、っと。軍船でも突破できねぇんだ。憲兵局の船なんかじゃ、どうしようもあるめぇ」
「そういうガンハウンド上官は、すっかりリゾート気分でありますなぁ」
「足掻いたってしょうがねぇからな、っと。そういうお前こそ、海パン姿じゃねぇか」
甲板で、夜釣りを楽しんでいたガンハウンド。
となりで準備運動をしているガタイのいい部下を横目で見やる。
「自分は遊ぶわけではないであります。これから泳いでグレイスカイ島を目指すであります。いまから出発すれば、明日の朝までには着くであります」
「ハァ? お前、グレイスカイ島までどれだけ距離があるのかわかってんのか? 頭のネジの外れた聖女だってそんなこと考えねぇぞ、っと」
「自分、泳ぎは得意でありますから。あ、もしかしてガンハウンド上官は、泳げないでありますか?」
「そんなわけあるか、っと。それよりも、早く着替えろ。今晩あたり、港に引き返さなきゃならんはずだからな」
「港に引き返す? なぜでありますか? 水も食料も先日補充したばかりで、まだたっぷりあるでありますが? あ、もしかして、揺れないベッドが恋しくなったでありますか?」
「そんなわけあるか、っと。きっと来るはずさ。奴さんがな」
……カコォーーーーーンッ!!
すると、小さな木筒のようなものが、流れ星のように降ってきて甲板で跳ねた。
ソースカンは足元に転がってきたそれを拾いあげ、中を開いてみると……。
「あっ!? 魔王信奉者のアジトの投げ込みです!」
ハッと顔をあげると、星雲のような灰色の雲片が、夜空に浮いていた。
ガンハウンドは身体を起こし、帽子をかぶり直す。
「奴さんはコレで我慢しろって言いたいんだろうな、っと。ほらソースカン、ボーッとしてねぇで、さっさと船を動かせ」
「良いのでありますか!? この投げ込みはどう見ても、自分たちをグレイスカイ島から遠ざけるための陽動であります!」
「そうだろうな、っと。だが行けないんだからしょうがあるめぇ。これは俺のカンだが、グレイスカイ島に行けるようになるまでは、もうしばらくかかるはずだ。それに行けるようになったところで、もう島ではすべてが終わったあと……。俺たちが期待しているようなモノは、なにひとつ残っちゃいないさ、っと」
「そ、そんな……! ではガンハウンド上官は、この投げ込みを得るために……。おこぼれにあずかるために、わざと足止めされていたというのでありますか!?」
「そんなワケあるか、っと。こんな所で、こんな足止めされるなんて誰が予想がつくかよ。でも、これでハッキリしたぜ。この足止めは、奴さんがやっていることがな……!」
「ええっ!? ゴルドウルフが船を止めているというのでありますか!? いったい、どうやって!? この船だけならともかく、これだけの数の軍船を進めないようにするだなんて、海の神様でもなければ無理であります! 普通の人間には……! あっ、まさかっ!?」
「そうだ。奴さんは俺たちが考えていた以上に力のある、悪魔憑依者だったってワケだ。海の神様ならぬ、海の悪魔ほどのな……!」
「ゴルドウルフはもはや悪魔憑依者ではなく、本当の悪魔だと……!?」
「そうだ。だからここはいったん引き上げだ。俺もいよいよ本腰入れる必要があるらしい」
「えっ、と、いうことは……!?」
「そうだ、アレに向かうぞ」
今回は、ファイナルざまぁに向けての閑話です。
次回からはいよいよ、今章のクライマックス…!
勇者たちの末路となりますので、ご期待ください!





