182 おかえりなさい
天使のいなくなった、グレイスカイの空。
悪魔の去ったグレイスカイの空を、誰もが見つめていた。
薄闇に包まれるなか、ひとつの流れ星がおちていった途端……。
誰もが、12時の魔法がひとあし早く解けたかのように、我に返った。
まずは、野良犬連合軍の拠点近くから。
「つ、つい美しい鳥さんだったので、見とれてしまいましたが……。それよりもお姉ちゃん、おじさまを探さないと!」
「そ、そうね! そうだったわ! ああっ、ゴルちゃんはお山のほうにいるのよね!?」
「ごりゅたんのところに、いくー!」
「聞いた? ゴルドウルフはあの山にいるそうよ!」
「ゴルドウルフさん、ですか? そんな人はいないのです。あの山には、かみさまがいるのです」
「か……かみさま? もしかして、さっきお空を飛んでいったのが……」
「違うのん。あれはきっと、『みたらし』のん」
「みたらし……? シブカミのお団子のことですかぁ? 私、この前、お祭りの屋台で初めて食べて、美味しくてとっても感激しました!」
「グラスパリーン、アンタなんでも美味しいって言うわよねぇ。その調子じゃ、レンガ塀だっていけるんじゃないの?」
「レンガ塀ですかぁ? 実をいうと、よく見たらチョコレートみたいだねって、プルちゃんといっしょに、少しだけ囓ってみたことがありますぅ」
「食べたことあるんだ……」
「食に対する好奇心が戦時中レベルのん。大家の犬もそろそろ危ないのん」
「わんちゃんは食べませんよぉ。だって、食べ物じゃないじゃないですかぁ」
「レンガはもっと食べ物じゃないわよ!」
「はい。レンガのほうも、とてもではないですが食べられませんでしたぁ。プルちゃんは美味しいって、バリバリ食べてましたけど……」
「って、そんなゲテモノ食いの話はどうでもいいの! それよりもミッドナイトシュガー! 『みたらし』ってなによ!? 団子!?」
「違うのん。『見たら死ぬ悪魔』のん」
「ひっ……!? ひぃぃ……! ということは、私たち死んじゃうんですかぁ!?」
「そんなわけないでしょ! さっき飛んでったのはたぶん、おっきいカラスかなんかよ! 捕まえたら、動物園に叩き売ってやるわ! とにかくチェスナ、あんた巫女なんだったらあの山にも詳しいんでしょう!? 団長からの命令よ! あの山に案内しなさい!」
そして、神尖の広場。
「予想外の出来事に立ち往生してしまったが、当初の予定どおり、我らはこれよりシンイトムラウに向かう!」
「さんせーっ! 早くゴルドウルフさんを探さないとだし!」
「勘違いするな! これほどの戦いになっても出てこなかった腰抜けなど、どうでもよい! 我らの目的は残党狩りだというのを忘れるな!」
「ふーん。でもたぶん、もういないじゃん」
さらに、シンイトムラウの麓。
「そうじゃ! ゴルドウルフのことを忘れておった! ゴルドウルフを探すために、山に入るぞっ!」
「お、おやめくださいバジリス様! この山はとてつもなく危険です! これほどの大軍勢が石になったうえに、一部の者たちは爆弾がわりに飛ばされたのですよ!? 中に入ったら、いったい何が起こるか……!」
「くっ……! しかし……!」
「まずは、山の周囲を探索しましょう! ゴルドウルフ殿がいるかもしれません!」
野良犬軍団の各分隊は、まず真っ先にシンイトムラウを目指す。
山の麓に着くと、勇者たちが残した拡声装置があったので、周囲からオッサンコールを飛ばしてみた。
しかし……返事はなかった。
そのあとは、山の中を探索する案も出されたのだが……。
夜の山は危険なので、明日の朝いちばんに一斉捜索をしようということになった。
ここにきて『ゴルちゃん熱』がぶりかえしてきたマザーをなだめるのは大変だったが、泣く子を歯医者に連れて行くようにして、半ば無理やり拠点へと引き返す。
野良犬軍団の拠点である、ホーリードール家のプライベートービーチに戻ると……。
砂浜に、立食パーティのように並べられたテーブルと、ごちそうが迎えてくれた。
「みなさん、おかえりなさい。疲れたでしょう? お腹も空いていると思いまして、夕食の準備をしておきました」
出迎えてくれた人物は……。
『わんわんクルセイダーズ』の証である、野良犬マスクを被っていた。
その聞き覚えのある渋い声だけで、一部の者たちはパニックに陥る。
「ごっ……ごるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ヒロイン軍団のあいだから、心臓を射貫かれたような悲鳴が轟いた。
誰もが天地がひっくり返ったかのように仰天。
馬に乗っていた者たちは、もれなく落馬するほどに……!
その人物も、ビックリしていた。
「みなさん、いったいどうしたというのですか?」
彼は、いけしゃあしゃあと述べながら……。
あっさりと、マスクを脱ぎ捨た。
すると、そこには……!
ある者は一日千秋の思いで待ちわび、ある者は夢にまで見るようになり……。
ある者は密航までして、ある者は国を孤立させてまで、求めた顔が……!
ある大聖女などは、求めるあまり禁断症状まで出てしまった、あの顔が……!
あの、頬に大きな傷のある、スカーフェイスが……!
あの、伝説級のオッサンフェイスが、あったのだ……!
ワイルドテイルたちのようなボロボロの服の上から、ゴルドくんのエプロンをまとい……!
困惑するような、いつもの微笑みが……!
たしかにそこに、あったのだ……!!
……次の瞬間、家政婦のようなオッサンは見た。
まるで、獲らなければ生き残れないような、死のビーチフラッグに血眼になる、少女たちを……。
まるで、獲れなければこのあと一生裸で過ごさなくてはならない、運命のバーゲンセールに向かう、主婦たちのような……。
まるで、一番になれれば『福女』と呼ばれ、一生左うちわで暮らせる、開門神事のような……。
死ぬ……! いいや、殺す……!
いやいや、心中をもいとわぬように……!
怒濤の勢いで、迫り来る……!
もは一匹の野生動物と化した、女たちを……!
ただただ瞳に、映していたのだ……!
……ぼにゅっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!
硬いような、柔らかいような衝撃音が、ビーチにこだまする。
傍目に見ていたワイルドテイルや兵士たち、そしてチェスナとグラスストーンは、ヒロインたちの変わりようにドン引きしていた。
それはまでは楚々としていた、ホーリードール家の聖女たち……。
勇ましかった、バジリスやクーララカ……。
元気いっぱいだった、シャルルンロットやバーニング・ラヴ……。
無関心を貫いていた、ミッドナイトシュガーやブリザード・ラヴ……。
泣き顔をさらにメチャクチャにした、グラスパリーン……。
そこにさらに、『スラムドッグスクール』の聖女たちと、『大魔導女学園』の女生徒たちが加わって……!
もう、しっちゃかめっちゃか……!
まるでひとつの衣類を奪い合う、餓鬼たちのように……!
もう、ずったずたのぼっろぼろ……!
一匹の猫を取り囲んだ、猫大好きの大型犬の群れのように……!
もう、ぐっちょぐちょのべっちょべちょ……!
これにはさすがのオッサンも、悲鳴ひとつあげられず……。
貯金箱から出たような手で、助けを求めるので精一杯であった。
リヴォルヴがどうなったかは、このあとの『プラスアルファ』部分で明らかになります!