28 ふたりだけのキャンプ
無事、野盗の巣窟からシャルルンロットを救い出したゴルドウルフ。
そのお嬢様を背負ったまま、逢魔の獣道を急いでいた。
夜になる前に安全な場所まで戻って、いち早く彼女の手当をしたかったからだ。
祭りのあとのような渓流に着くと、ゴルドウルフはシャルルンロットの身体をおろし、岩の上に腰掛けさせる。
まずは光源の確保。
余った薪を持って、ほんの一瞬だけ背を向けるオッサン。
しかし振り返ったら松明に変わっていたので、お嬢様は目をぱちくりさせた。
「!? アンタ、いまなにやったの!?」
「火起こしですよ。慣れると簡単にできるようになるんです」
オッサンはさらりとウソをつく。
「……そういうもんなの?」
木をこすり合わせるどころか、魔法で火を付けるよりもずっと早かった。
お嬢様は訝しんだが、「そういうもんです」と落ち着き払った様子で言われたので、なにか引っかかるモノがありつつも納得する。
焚き火を作ったあとは、治療に入る。
「ちょっと脚を見せてもらえますか? スカートをめくりあげますよ?」
シャルルンロットはよそを向いたまま「好きにすれば」とだけ返す。
ゴルドウルフはそれを了承と受け取り、薄汚れたシルクのスカートをペチコートごとまくりあげた。
紫色に変色し、ありえない方向に曲がっている脚。
野盗のデカブツから力ずくでへし折られたのだろう。
相当な痛みがあるはずだろうに、少女は泣き言ひとつ漏らさない。
ただ黙って歯を食いしばり、額に脂汗を浮かべるのみ。
ゴルドウルフは彼女の意地の強さに感心した。
「こんなになっているということは……かなり痛かったでしょう?」
「べつに」
「すぐに治しますからね」
「どうせ添え木程度でしょう? だったらしなくてもいいわよ」
この時、シャルルンロットは痛みをごまかすためによそ見をしていたので、ゴルドウルフの瞳がスカイブルーに輝いていることに気づかなかった。
……パァァァァ……!
焚き火とはまた違った、仄明るさを感じたので視線を戻すと……太ももに当てられたゴルドウルフの右手が、青いホタルのように明滅しているのが目に入った。
そして彼の手に吸い込まれていくかのように、痛みと腫れが引いていることに気づく。
しばらくすると、胃がキリキリと捻れるような痛みはすっかりなくなっていた。
「はい、これで大丈夫ですよ。もう痛くありませんよね? 脚を動かしてみてください」
まるで伝説の無免許医のような、確かで揺るぎない面持ちで完治宣言され、シャルルンロットは半信半疑で太ももを持ち上げてみた。
たしかに、痛くはない。
ついさっきまで、少し動かしただけで目が霞むほどの激痛があったというのに、今はトントンと足踏みしてもなんともなかった。
「あ、アンタ……もしかして、治癒魔法を使ったの?」
「はい、少し心得がありまして」
二度目のウソもさらりとしたものだった。
……この世界で怪我をした場合、自然治療や医術による一般的な回復方法のほかに、ふたつの特別な回復法が存在する。
ひとつは、聖女と僧侶による『祈り』による回復。
勇者たちの女神を束ねる最高神、ルナリリスに祈りを捧げ、神の力を己の身体に一時的に借り受け、怪我を治すというもの。
もうひとつは、治癒術士による『治癒魔法』による回復。
万物に宿る精霊を、言霊によって使役し、彼らの力によって治すというもの。
しかし……オッサンが行使したのは、そのどちらでもない。
『我が君以外の人間を治すなんて、久しぶりだねぇ』
『そうですねぇ』
と呑気に漂っている者たちの力であった。
お嬢様は目を白黒させていたが、目の前で浮かぶ白黒コンビは見えていない。
「治癒魔法って、骨折をこんなに簡単に治せるんだっけ? それも時間が経ってるから、重ねがけしないといけないはずじゃ? これって、大聖女の祈り以上なんじゃないの?」
「大聖女の祈り以上だなんて、滅相もない。最近の治癒魔法も発達しているんですよ」
「……そういうもんなの……?」
お嬢様はキツネにつままれたようだったが、またしても「そういうもんです」と自信たっぷりに返されたので、やむなく納得する。
「では、ご家族やグラスパリーン先生、クラスメイトの方々も心配しているでしょうから、そろそろ帰りましょうか。その服ではなんですから、こちらに着替えてください」
ゴルドウルフはリュックの中から、きちんと畳まれたシャツとショートパンツを取り出し、お嬢様に渡した。
木こりの家のタンスに仕舞われていた、子供服を拝借してきたのだ。
いつもであれば、貧民の服なんてアタシが着ると思ってんの! と払いのけるはずなのだが、彼女はそれを素直に受け取る。
別の場所で着替えている最中、ゴルドウルフは錆びた風を呼び、帰る準備をしていたのだが、
「ああっ、いろいろあったからアタシ、お腹すいちゃった! ねぇゴルドウルフ! 魚とりしましょ! 魚とり!」
木陰からスポーティな格好で飛び出してきたお嬢様は、開口一番そう言った。
本来はすぐにでも帰らなくてはいけなかったのだが、シャルルンロットはどうしてもキャンプの続きがしたいと言って聞かない。
とうとうゴルドウルフは折れてしまい、ひとつ条件を出すかわりに、少女の希望を叶えることにした。
「明日の朝、街に帰ったら、グラスパリーン先生やクラスメイトの皆さんにちゃんと謝ってください。そしてこれからは自分勝手なことはせずに、先生の言うことをちゃんと聞いて、みんなと仲良く勉強すると約束してください」
「そ、そんな……! なんでアタシがそんなこと……!」
「それができなければ、キャンプはしません」
キッパリと宣言され、シャルルンロットは少しのあいだ悩んでいたが……ゴルドウルフがいよいよ馬に跨がろうとしたので、ハッと顔をあげると、
「ま、待って……! うん……! わかった、約束する!」
いつもの強気なツリ目ではなく、すがるような瞳でそう答えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフは、シャルルンロットの無事を知らせる手紙をしたため、錆びた風に街まで届けさせることにした。
それから、ふたりだけのキャンプがはじまる。
まずゴルドウルフが火切り棒と板を押さえ、シャルルンロットがツタを引っ張って火を起こした。
たくさん火種をつくって、渓流のまわりを昼間のように明るくしてから魚とりをする。
ゴルドウルフが川上から岩を投げ入れ、川下で素足のシャルルンロットが待ち構える。
「……えいっ! やった! 捕まえた! ほら、もう一匹! あっ、こっちにも! まだまだいるわ! どう!? 見て見て、ゴルドウルフ! こんなにいっぱい魚が! 大漁よ大漁っ! あはっ! あははっ! あははははははっ!」
まるで花束のように、胸いっぱいに魚を抱えるシャルルンロット。
いつもの冷めた嘲笑ではなく……実に子供らしい、あふれんばかりの笑顔を浮かべていた。
河原に魚を山積みにしたあとは、それらを調理にかかる。
もうすっかりお気に入りとなったゴルドウルフの剣を使って、お嬢様は魚を開腹し、腸を取り出す。
「えーい、覚悟なさい! ぐさー!」とふさけながら串打ちをして、「えーい、火炙りだー! めらめらー!」と火にかける。
シャルルンロットは下級職小学校でもトップの成績だけあって、一度教えるだけでなんでも器用にこなしていた。
そして、今まで見たことがないほど、無邪気に振る舞っていた。
あれほど馬鹿にしていた川魚も、ひとくち頬張るなり、
「おいしいいいーっ!?!? グラスパリーンの言ってたとおり、ほっぺが落ちちゃいそう! ほんとに、ほんとにおいしいわ! まさか塩を振っただけの魚が、こんなにおいしいだなんて知らなかった!」
大はしゃぎしながら、両手に持った串をバクバクと平らげていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
すっかり夜も更け、ふたりは焚き火のそばで横になっていた。
シャルルンロットはずっと昔からそうしてきたように、ゴルドウルフの腕を枕にし、胸板に顔を埋めている。
「……まさか、パパ以外の人間におんぶしてもらって、河原で一緒に遊んだり、しかもこんな風に一緒に寝るだなんて……思ってもみなかったわ」
お嬢様は自分でも意外そうに、しかしまんざらでもなさそうに、しみじみとつぶやいた。
「シャルルンロットさんは、お父様が大好きなんですね」
「うん。でも……一緒に遊ぶどころか、生まれてから抱っこすらしてもらったことないけどね。『ゴージャスマート』で武器を買ってもらったのも、パパは本国からお金だけ送ってきて、じいやと買いに行ったの」
少女は、伝統ある騎士の家系の長女として生まれた。
だが「女では立派な騎士にはなれぬ」と、父親から愛情を一切与えられずに過ごしてきた。
「アタシには弟がいるんだけど、弟はパパやママといっしょに本国で暮らしてるの。パパにいっぱい抱っこしてもらって、遊んでもらって、武器もいっしょに選んでもらって、剣術も教えてもらって……今は名門の上級職小学校に通ってるわ」
少女の父親は、彼女の弟を跡取りに選んだ。
そして弟をサポートさせる役割で、彼女を聖女にしようとした。
しかし……少女は反発し、騎士になりたがった。
父親似で強気な少女は、父とケンカばかりを繰り返し……。
とうとう、遠く離れた小国の下級職学校に入れられてしまったのだ。
少女はまどろみながら、誰にも話したことのなかった夢を語る。
「アタシね、『姫騎士』になりたいんだ……」
「姫騎士というと、勇者にも匹敵する能力を持った、伝説の最上級職のことですか?」
「うん……。伝説の姫騎士になれれば……『ナイツ・オブ・ザ・ラウンド』の階級も、きっとあがる……そしたらパパも、アタシをほめてくれると思うの……弟みたいに、いっぱい……」
少女の声は途切れがちになる。
「……パパ……アタシ……がんばるから……いっしょうけんめい……がんばるから……だから……おねがい……見てて……見て……て……ね……」
閉じた瞼の端に、光るものを浮かべながら……言葉はやがて、寝息へと変わった。
ゴルドウルフはシャルルンロットの頭を、ずっと撫で続けていた。
しかし深い眠りに落ちたことを確認すると、そっと腕を外し、タオルを丸めた枕へとすり替える。
そして、心の中でつぶやいた。
『……では、行きましょうか、ルクプル』
しかしその返事は、彼の頭の中ではなく、誰もが聞き取れる形で響いた。
「はい我が君!」
「うん我が君!」
そして歩きだすオッサン。
背後に、天使と悪魔のような少女たちを従えながら。
夜に咲く花のように、静かに、ゆっくりと……!
やる気ゲージが貯まりましたので、二話更新です!
応援していただけるとぐんぐん貯まっていきますので、続きが気になる方はぜひお願いします!
応援の方法
・評価ポイントをつける(まだの方はぜひお願いします!)
・ブックマークする
・レビューを書く
・下の『小説家になろう 勝手にランキング』のリンクをクリックする