181 黒と白
この島にいるすべての者たちが、それを見上げていた。
花火大会で、大トリの花火が打ち上げられ、それも終わってしばらくして……。
帰り支度を整えているときに、サプライズの一発が打ち上げられたかのように。
それは、空を彩っていた。
いいや、支配していた。
黄色からオレンジ、オレンジから赤、赤から黒のグラデーション。
まるで夜の帳をマントのようにまとい、夜を運ぶ使者のように……。
大空を駆るものが、そこにいた。
それは人のような形をしていながら、人とは大きくかけ離れている。
トゲの生えたような直線で空を切り裂く、黒き翼。
やわらかな曲線でふわりと空を包み込む、白き翼。
ふたつの正反対の翼だけがハッキリと目視することができる。
しかし全身は頻闇で、まるで影だけが浮いているかのようであった。
人間でも動物でも、幽霊でもモンスターでもない存在を、人々は目にしていた。
誰もがその容姿を形容しようとしたが、できなかった。
ふたつの相反する要素を持つものを、どう言葉にできよう?
光と闇を併せ持つものを、なんとする?
生と死を併せ持つものを、なんと呼ぶ?
天使と悪魔を従える者が、どこにいる……!?
少女の翼が生えたオッサンが、どこにいる……!?
これほどまでに名状しがたきオッサンが、いったいどこにいるというのだっ……!?!?
野良犬連合軍の拠点から、たまらず飛び出したホーリードール三姉妹。
長女と次女は祈りを連続で捧げすぎたせいで、抜け殻のようになっていて介抱されていたのだが……。
シンイトムラウから勇者砲撃が始まった時、そこにいたワイルドテイルたちから、
「あの山にはまだ、野良犬のマスクをしたオッサンがいる」
と聞かされ、それがきっと愛しのゴルちゃんだと思い込み、みなの制止を振り切って飛び出していたのだ。
彼女たちは暗幕を引くように空を飛ぶ存在に、ポカンと見とれていた。
そして誰からともなく、
「きれい……」
とつぶやく。
ソレは、ある者たちには天使が舞い降りたかのように、美しく視えた。
しかし、ある者たちには……。
死神が襲い来るように、おぞましく……!
全身の血が凍りつくほどに、おぞましく視えていた……!
「ナっ……!? ナんじゃ、ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
焼け野原にいたリヴォルヴは迫り来る異形に、思わず叫びだしていた。
それは『生と死』などという生やさしいものではない。
死神っ……!
いいや、『死』そのもの……!
異形は黒いオーラに覆われた腕を伸ばす。
筋繊維が剥き出しになり、狼爪のような爪が生えた手を、ぐわあっと伸ばす。
それだけでリヴォルヴは、
……どばしゃあっ!
ショットグラスのバーボンのような液体を、股間にぶちまけていた。
そして、ついに……!
グワァァァァァァァァァァッ!
魔界の食虫植物が昆虫を捕食するかのように、広がった掌が……!
グワシィィィィィィィィィッ!
フェイス・ハッグ……!!
……処刑・開始っ……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
顔をわし掴みされた男は、身の毛を炎のようによだたせていた。
まるで脳に太いストローを差し込まれ、吸引されるような感覚。
視界が白と黒に明滅。
死の淵に視るとされている走馬灯が駆け抜けていく。
それは逆再生するように、掃除機で吸い込まれるように頭の上を登っていく。
まるでタピオカのように、異形の手のひらにあるヒルのような口に、チュウチュウと……!
焼け野原だった周囲の景色は一変、白と黒の世界に変わる。
男は尻もちをついて、辛うじて白い領域に踏みとどまっていた。
その爪先には、深い海溝のような、無限の闇が広がっている。
漆黒に浮かんでいたのは、異形。
異形は語りかける。
…… 貴様 ノ 眉 ノ 奥底 ニアッタ 罪科 ハ スベテ 見通 シタ ……!
コレヨリ 黒白 ヲ 下 ス ……!
男は口元から、シニカルな笑いを漏らした。
……好きにすればいいさ。
白か黒かナんて、俺には何の興味もねぇ……。
生き物ってのは、狭間にいるときだけが、生きているんだ。
生があるからこそ死の恐怖を感じ、死を感じているからこそ、生が生きる……。
光と闇みてぇなもんだナ。
お互い相反するものだが、片方がなくなったら存在しナくなる。
俺はいつも、そのど真ん中にいた……。
誰よりも、生きてきた……。
わかるか、この意味が?
天国への解脱も、地獄の苦行も、俺には何の感情ももたらさねぇ……。
俺に生きる喜び、そして死への恐怖を与えてくれるのは、相棒だけ……。
相棒の銃口を咥えたときに、口のなかに広がる鉄臭ぇ味こそが、俺のすべて……。
お前のいう『黒白』ナんざ、俺にはなぁんにも怖くはねぇのさ……。
……さぁ、やってみろ。
お前の『黒白』とやらで、俺に科料を払わせてみナ……!
すると、区切られていた白と黒の境界がなくなる。
白い世界に戻ることも、黒い世界に引きずられることもなくなった。
お互いを侵食するようにまざり、溶けあい、世界はやがて灰色に染まる。
異形は消え去っていた。
ただその声だけが、男の中にこびりついて、離れなかった。
…… 貴様 ニハ …… 地獄 ノ 釜 スラ 生 ヌルイ …… !
…… ヨッテ …… !
…… 生 キナガラニ 死 ニ …… !
…… 死 シテナオ 生 キヨ …… !
…… 永遠 ノ 狭間 ノナカデ …… !
「うっ!? ナ……!? ナナっ!? ナナナ、ナんだっ!? ……ナ……!? ナんだなんだなんだっ!? ナっ……ナんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」