180 キングピン(ざまぁ回)
「やったーっ! ストライクだよ、ストライク! プル、すごいでしょ!?」
「もう、プルったら……何度も言うように、これは遊びでではないのですよ」
「またまたぁ、そんなこと言って、ルクもやってみたいんでしょ~?」
「えっ? ルクはプルと違ってお姉ちゃんですから、べつに……」
「ルクがやらないんだったら、ルクのぶんもプルがやるー!」
「……やらないとは言っていません。ルクもやります」
「ちぇーっ」
まるで親子で祭りに来たかのように、仲睦まじいオッサンと少女たち。
……誰も、想像もしていないことだろう。
まさか、こんなファミリー感覚で……。
3600人にも及ぶ人間たちが、石にさせられ……。
しかも人間爆弾として飛ばされ……。
多くの国家を敵に回してもびくともしない城塞を……。
再起不能なまでに、メタメタにしているとは……。
誰も、誰もっ……!
……ちなみにではあるが、この『人間爆弾』はプラスアルファの刑のうちでは、もっとも軽微とされている。
半生の石化状態で爆死できるというのは、これから先の勇者たちに比べると、おそらく極楽ともいえる処分であった。
それはさておき、グレイスカイ島にいる、現地の人間たちは……。
いや、伝映を通して観ているエヴァンタイユ諸国の人間たちですらも……。
集団催眠にかかったかのように、ぼんやりとしていた。
無理もない。
『ゴーコン』といえば、戦争をしているのも同じである。
少なくとも野良犬連合軍の者たちは、それほどの覚悟をもってこの戦いに臨んでいた。
彼らは400名もの勇者を相手にシーソーゲームを繰り返し、なんとか勝利を手にする。
これこそが『戦い』だと、これこそが『戦争』だと思っていた。
しかし、いま彼らの目の前で繰り広げられている行為は、そのどちらでもなかった。
普通、『争い』というのはどんなものでも、参加した者たちに深い爪痕を残す。
しかし、いま彼らの目の前で繰り広げられている行為は……。
一方的な虐殺、屠殺、なぶり殺し……!
集められた勇者たちは精鋭揃いで、どんな国でも攻め滅ぼせそうなほどの強さがあった。
まさに戦う人間兵器のような集団を、まるで弄ぶように狩りつくしてしまったのだ。
しかも……しかもである。
それを引き起こしている者たちの姿は、誰の目にも止まっていない。
彼らが立てこもる山は、とっくの昔に焦土と化していなければならないのに……。
森の動物たちはとっくの昔に逃げ出していなくてはおかしいのに……。
普段と変わらぬその神秘的な偉容をたたえ、佇んでいた。
かわりに、この島の支配者として魁偉を振りまいていた者たちの根城は、もはや見る影もなく……!
さながら、邪教徒狩りの勇者に攻め滅ぼされてしまったかのように、焼け落ちていたのだ……!
そう……この奇っ怪なる現象を、一言で言い表すなら……。
『勇者狩り』っ……!!
……ばしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーん!!
またひとつ、勇者爆弾が空に放たれた。
その様を、ある者は飛行機雲を追う子供たちのように、ある者は爆撃機の襲来に怯える子供たちのように……。
ただじっと見つめていた。
もう、どうしようもなかったのだ。
あの爆弾の前には、自分たちが手にしている武器など、竹槍同然であることがわかりきっていたのだ。
この竹槍でどうやって、あのB29を墜とすことができるというのか。
どうやって……この惨劇を……。
いいや、絶対権力とされた勇者たちの命が、ゴミのように散っていく様を……。
今まさに切り開かれつつある、新たなる未来を……。
新たに訪れるであろう時代を、どうやって……。
どうやって、止められるというのだ……!?
あの『暴力』の前には、自分たちが振りかざしていた力など、児戯に等しい……!
誰もがそう思っていた。
……ずごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーん!!
ルクの放ったお遊戯のような一射は、リヴォルヴが立てこもっていた監視台の上部に突き刺さっていた。
リヴォルヴは腰を抜かしたまま、大穴のあいた屋根を見つめている。
固まる前に殴られてしまった石膏のように、歪んだ勇者の顔が、天井にあった。
目と目があうなり、その口が、こう動いたように見えた。
…… ツ ・ ギ ・ ハ ・ オ ・ マ ・ エ ・ ダ ……!!
「ひっ……!?」
リヴォルヴの悲鳴が、喉を通り過ぎていった直後、
……ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
ひときわおおきな爆炎が噴き上がった。
リヴォルヴに瓦礫が降り注ぐ。
彼は死を覚悟していたが、痛みもそれほどなく、いまだ五体が動くことに気付いて、瓦礫から這い出た。
そして……。
目の当たりにする。
家族との思い出の詰まった屋敷が……。
彼の創勇者としての技術と、栄華が詰まった絶対無敵の要塞が……。
ただの瓦礫の山、そして死体の山と化しているのを……!
「ぐはあっ……! あぐぁぁぁぁっ……!!」
彼はショックのあまり、血の涙を流しながら血反吐を吐いた。
生命すらもかなぐり捨てるように、、生き血のような怒声を絞り出す。
「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
――これが……これがこれが、これがっ……!
これが……お前の目的だったのかっ!!
俺がいままでさんざんなぶり殺しにしてきた、ワイルドテイルたちと……。
同じ目に遭わせることがっ……!!
家族も仲間も住むところも、すべて奪い去り……!!
俺を絶望の狭間に突き落とすことがっ……!!
彼は、ジャングルで敵兵に追い詰められた兵士のように……。
跪き、身体をのけぞらせて天を仰いでいた。
咆哮のように開かれた口。
そこから漏れ出したのは、慟哭ではなかった。
クレバーなる、乾いた笑い……!
クレイジーなる、渇いた嗤いであった……!
「ふっ……くっくっくっ……! くくくくく……! 誤算……! 誤算だったなぁ……! この感覚……! この感覚こそ、俺が求めていたもの……! ロシナンテルーレットに匹敵するほどの、最高の狭間……! だが、こんナもんじゃ俺は、『死』に傾いたりはしない……! むしろより『生』を感じるための、最高のプレゼントだぁ! あっはっはっはっはっはっ! あーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁーーーーーーーーーっ!!」
勇者爆弾はもう飛んできていない。
すべてを破壊し尽くしたからだ。
しかし彼は、まだ生きている。
……彼は、これが自分にもたらされた、厄災のすべてだと思い込んでいた。
彼は狭間のなかで、生き残ったのだ。
野良犬の爆撃というルーレットから、みごと『生』を引き当てたのだ。
それは、一世一代を賭けた、ビッグ・ゲームに勝利したのも同然。
例えるならば、たった一枚の宝くじで、特等を引き当てたような……。
例えるならば、リールにすべて銃弾が詰まっているロシナンテルーレットで、不発弾を引き当てたかのような……。
奇跡のような確率を、ゲットすることができたのだ……!
きっといまの彼であれば、銃弾ですら避けて通っていたことだろう。
まさしく強運。まさしく豪運。
これで彼を殺せなければ、いったいどうやって殺せるというのか……!?
彼は『死ななかった』。
いまも、そしてこれからも、彼は『生き続ける』だろう。
その超運が、あるかぎり……!
鮮血のように染まる空が、深い内臓からの喀血のように、赤黒く変わりつつあった。
硝煙と血の匂いがまざった潮風が、彼の頬を、美女の指先のように妖艶に撫でる。
彼はひとり、ハードボイルドな空気に包まれていた。
そこに、場違いな音が割り込んでくる。
……びよよよよ~~~~~~~んっ!!