177 突き抜けろ(ざまぁ回)
「ナ……ナんだ、ありゃぁ……?」
天守閣のような書斎のテラスから、設置型の望遠鏡を使ってシンイトムラウの様子を眺めていたリヴォルヴは、そう口にしていた。
彼は、どアップで眼球に叩きつけられていたのだ。
火の海にまかれるジャングルのサルのように、荒波にもまれる昆布のように……。
狂ったように身もだえする、3600名もの兵士たちを……!
古紙がじわじわと燃えるように、肌が灰色に変色し、固まっていく。
それは、まさに悪夢のような光景であった。
しかし何度見直しても、目をこすっても見直しても、変わらない現実……!
リヴォルヴはとうとう、こみあげてくるものが押えられなくなり、
「ナっ……ナんじゃ、ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
腹にナイフを突きたてられたかのようなポーズで絶叫した。
――いったい、ナにが起こったんだ!?
シンイトムラウにいる野良犬どもがやったのか!?
い、いや……いくらナんでもありえナい!
コカトリスやメデューサを連れてきたって、1匹がいちどに石化させられるのは10人がいいとこ……。
大魔法を使ったとしても、いちどに石化させられるのは100人がいいところだ!
それに石化魔法は即死魔法と並ぶ、成功率の低い魔法……!
それを3600人もの人間相手に、姿も見せずに確実にキメられる奴ナんて、この世にいるわけがねぇ……!
仮にアーミー・オブ・ワンがあの山の中にいたとしても、不可能だ!
いや、奴よりも上位の勇者だったとしても……!
まさか……まさかっ!?
まさかまさか、まさかっ……!?
ゴッドスマイル様っ……!?
ゴッドスマイル様であれば、あのくらいのことは……!
いいや……落ち着け、落ち着くんだ。
それは、もっとありえナい。
だってこの島はすでに、ゴッドスマイル様のもの……。
この世界ですらすでに、ゴッドスマイル様のもの……。
わざわざこんなことをする必要すらないお方だ。
俺はゴッドスマイル様のご命令であるならば、これから生まれてくる赤ん坊だって引きずりだして献上できる。
……よし、ゴッドスマイル様のことを考えたら、だいぶ落ち着いてきたナ。
いま起こっている集団石化には、なにかトリックがあるはず。
いずれにしても、調べる必要がありそうだから、今から俺が、直接行って……。
いや、待て! それはマズい!
そうするとむしろ、奴らの思うツボだ……!
そうか、そうだったのか……。
奴らは総大将である俺を引きずり出すために、あんなトリックを使っているんだ……!
俺のいるこの屋敷は、『エヴァンタイユ同盟』を敵に回した場合を想定して作られている。
5ヶ国を相手にしても、攻め落とせないほどの防御施設が備わっているんだ。
だから俺がここに籠もっているかぎりは、奴らは絶対に手を出せない……!
俺を引きずり出さんがために、あんな手の込んだことをしているんだ……!
俺が出てこないとなると、奴らは焦り出すはずだ。
なぜならば『ゴーコン』の発令と同時に、『エヴァンタイユ同盟』の各国に、援軍を要請してある。
そしてハールバリー小国以外は、ありったけの兵力を寄越してくれている。
ソイツらが到着すれば、もう3600名どころじゃねぇ……!
1万を超える、超大軍……!
シンイトムラウを、砂糖の山のように食い尽くす軍隊アリたちが、間もナく押し寄せる……!
奴らの狙いは、その前に決着を付けること……。
総大将である俺の首を、獲るつもりナんだ……!
危ナい危ナい。
動揺するあまり、危うく奴らの作戦に乗っちまうところだった……!
俺はここにいる限り、絶対安全……。
たとえ奴らが攻城兵器を持っていたとしても、シンイトムラウからでは絶対に届かない。
この屋敷こそが、俺にとっての狭間……!
生と死の、『生』になるんだ……!
……それは、彼がそう考えをまとめた直後であった。
……それは、バジリスたちがシンイトムラウの麓に到着してから、すぐのことであった。
……それは、街中に展開していたクーララカたちが、街のいたるところで石化している勇者たちを見つめている、最中のことであった。
いま、彼や彼女たちの眼前で展開していることは、誰もが最初は悪夢であるかと思った。
無理もない。
勇者たちが阿鼻叫喚の渦に叩き落とされながら、次々と石にされていくのだ。
原理もなにもわからずに、それどころか引き起こした術者やモンスターの姿すらなく、被害者だけがそこにいた。
それは、あまりにも無慈悲で、一方的……。
まるで、人間にはとうてい及ばぬ力が作用しているかのような……。
誰もが心の中で、思いはしていたが、口には出さなかった。
神か悪魔が、ここにいる、と……!
やがて彼や彼女たちは、これは逃れようのない現実なのだと、ようやく受け入れつつあった。
説明のつかない超常現象ではあるが、起こってしまったことなのだと、無理やり腹におさめた。
おさめた、はずだったのだが……。
刹那……!
再び、叩き落とされてしまった……!
腹の底から、引きずり出されてしまった……!
阿鼻叫喚をっ……!!
「えっ……!? えええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
それは、真夏の花火のように、大空を彩っていた。
それは、真冬の花火のように、見る人々を凍りつかせていた。
彼も彼女も……。
男も女も、子供も老人も、犬や猫に至るまで……。
この世の終わりの隕石が飛来した瞬間のように、目も口も、あんぐりと……!
それどころか全身の毛穴までもを開かせながら、アルマゲドンを……!
刮目していたのだっ……!!
……バシュゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーンッ!!
神の住まう山の頂上付近から、しなるような発射音がおこる。
撃ち出されたのは石像であった。
苦悶の表情のまま固まったそれは、
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
長く尾を引く彗星のような、悲鳴とも風切り音ともつかぬ硬音を轟かせながら、ロケットのように空を突き抜ける。
醜いそれは、美しい弧を、オレンジ色のキャンパスに描いていた。
下腹部のあたりからは水のようなものが漏れだしていて、陽光を受けてキラキラと輝き、虹のような七色の軌跡をつくる。
島を縦断するかのような長距離飛行。
その着陸先は……。
この島の、支配者……!
その、お膝元っ……!!
……つい先刻、立ち直ったばかりのリヴォルヴ。
ここにいれば絶対安全だと思った矢先に、彼の瞳に飛び込んできたのは……。
音速で迫り来る、断魔の叫び。
喉元に食らいついてくるゾンビのような表情を貼り付かせた、戦慄の砲弾であった……!
「ナっ……ナんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ふたりの勇者……。
いや、ひとりとひとつの勇者の魂のシャウトが、グレイスカイの空で交錯した。