176 軽罪(ざまぁ回)
今回の『刑罰』は、大きく分けて3種類あった。
まずひとつめは、微罪。
ホーリードール家のプライベートビーチに埋められ、顔面ズタズタの刑、24時間。
ふたつめは、軽罪。
さきほどシンイトムラウの麓において大々的に、しかし粛々と執行されたものである。
メデューサやコカトリスとは比べものにならない酷痛を伴う石化。
石化までの実時間はたったの5秒間だが、苦痛のあまり、体感では何十時間にも及ぶもの。
さらにこの微罪と軽罪はともに、『プラスアルファ』の追加刑が存在する。
その仔細は、後に明らかになるであろう。
そして今回の刑罰は、他とは違う特徴があった。
それは……勇者以外が懲戒されていること。
筆頭としては、ストロードール家とポップコーンチェイサー。
そのポップコーンチェイサーは、裁きを受ける直前……。
シンイトムラウの麓で、天使と悪魔のイタズラとしか思えないような光景を、まざまざと見せつけられていた。
彼の周囲には、疫病に蝕まれていくように、身体が石になっていく勇者たちが……。
自由にならない身体を悶えさせ、宙を掻きむしっていたのだ……!
「ひぎぎいっ!? 許して! 許してぇぇぇぇぇ!!」
「うっ……! 腕がっ……!? ぎゃああああああーーーーーーーーーっ!?」
「げはあっ!? い、息がっ! 息がぁぁぁぁぁ!!」
「やだやだっ! 死にたくない! 死にたくないよぉっ!!」
今回のゴーコンには、近隣の神尖組の隊員たちが集められていた。
いずれも手練れで、ポップコーンチェイサーもよく知る高名な勇者たちである。
そんな歴戦の強者たちが、泣き叫び、命乞いをしているのだ……!
誰もが、虚空に向かって……!
ポップコーンチェイサーの全方位、見渡す限りの360度がそんななのだから、その恐怖は計り知れなかった。
まるで、自分以外がゾンビに集団感染してしまったかのような光景。
彼はこのあと潰されることになる、自身のポップコーンをこれでもかと縮み上がらせていた。
「ひっ……!? ひいいっ!? な、なななの!? なななの、こへえっ!?」
尻もちをついたまま、後ずさりするポップコーンチェイサー。
歯の根が合わず、声が言葉にならない。
全身の毛穴から汗が噴き出し、身体の中は熱いのに、肌は冷たくヒヤリとしていた。
ぞわぞわと全身を這い回る悪寒に、肌や髪が干からびていくのを感じる。
青年はこの時のために、ヘアカットとスキンケアまでしたというのに、時間を早回ししているかのようにどんどん老けていく。
おじいちゃんとなりつつある彼の隣で、唖然として立ち尽くしていたのは……。
他ならぬグラスストーンであった。
他の同業者が伝映装置をほっぽり出すなかで、彼女だけはひとり、震えながらも装置を構えていた。
彼女はふと気付く。
いまここにいる者たちが、みっつの人種に分かれていることを。
ひとつめは勇者。
彼らはひとり残らずすべて、石に変えられているようだった。
ふたつめは、勇者以外で石化している者たち。
それは大多数の兵士や記者たちであった。
彼らはみな勇者に泣きすがり、足蹴にされていた。
「ゆ……! 勇者様っ! 勇者様のお力であれば、この石化も治せますよね!? どうか、どうか私も一緒に……!」
「う……うるさいっ! 俺はいま、それどころじゃないんだ!」
「そ、そんな! 今まで私はあなた様のために、多くの不正をもみ消してきたんですよ!? これからも御役に立ってみせますから、どうか、どうか……!」
しかし記者や兵士のすべてが石化しているわけではなかった。
現にグラスストーン自身や、足元に這いつくばっているポップコーンチェイサーはなんともない。
ごくわずかであるが、兵士や記者たちのなかにも無事な者がおり、彼らはほうほうの体で逃げ惑っている。
グラスストーンはその法則性のようなものを、心のなかだけで自分なりに見いだしていた。
――もしかして……。勇者様と懇意にされていた者たちが、一緒に石化している……?
彼女は優秀だったので、いきなり本質を突いていた。
しかし優秀だったので、その可能性を早々と切り捨てていた。
――いくらなんでも、ありえない仮定ですね。
人の関係性まで見抜いて石化させるだなんて、地獄の閻魔大王の裁きじゃあるまいし……。
……どうやら私は、かなり混乱しているようです。
ふぅ、と溜息をつく。
彼女は傍目には、もうすっかり落ち着き払っていた。
しかしそれとは対象的な悲鳴が、足元から噴出する。
「ぎひっ……!? ぎひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
とうとう正気の限界を迎えたポップコーンチェイサーが、野生のサルのような雄叫びともに、四つ足で逃げ出したのだ。
「……あっ、お待ちください、ポップコーンチェイサー様!」
グラスストーンは伝映装置を担ぎなおすと、その後を追う。
彼女は上司から、ポップコーンチェイサーの密着取材を命じられていたので、律儀にそれに従っているのだ。
……ここから先の出来事は、もはや説明するまでもないだろう。
パニックに陥ったポップコーンチェイサーは、山道を、そして坂道を転げ落ちて逃げ惑う。
あみだくじのように、大通りや細い通路、裏路地までもを行ったり来たりして……。
バジリス率いる『野良犬バスターズバスターズ』と邂逅したのだ。
ずっとポップコーンチェイサーのヘタレっぷりが強調されていたので、気付かなかったかもしれないが……。
これまでのことを振り返ってみると、グラスストーンの肝っ玉は、かなり人並み外れているといえる。
ポップコーンチェイサーに人質に取られても、冷静に対処したのも驚きなのだが……。
それよりも何よりも、彼女がシンイトムラウで目にした光景は、トラウマもののはずであろう。
常人ならばポップコーンチェイサーのように老け込んでしまい、二度と近づきたくないと泣き叫ぶはずである。
だが、彼女は案内したのだ。
あの、悪夢が現実になったような、神の住まう山に、再び……!
そしてバジリスとともに、再び唖然としていた。
やはり、夢ではなかったと。
醜い兵馬俑のように……。
争い、泣き叫び、もがき苦しんだまま……。
ついに石像となって、動かなくなってしまった、勇者たちを……。
ただただ、見つめていたのだ……!
お待たせしました!
次回、いよいよリヴォルヴです!