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174 石になる(ざまぁ回)

 馬上から、ポップコーンチェイサーは目撃していた。

 ほっぺたをつねるのを忘れるほどの衝撃映像を、その目で……!


 大いなる川のようにひしめきあう、白銀の鎧の集団は、寸刻前までは敵なしかと思われた。

 間違いなく数秒前まで、世界最強の軍勢であるはずだった。


 しかし、その者たちの鎧は、光を失い、わずかに鈍色をたたえるのみ。

 そして、処刑を受ける敗残兵のように、もがき苦しんでいたのだ。


 神の住まう山(シンイトムラウ)の頂上から吹き下ろした風が、びゅう、と鳴った。


 舞い上がる砂塵は、まるでフェーン現象で燃え上がった、炎……!


 いいや……!

 神が、不浄なる民を焼き払うために放った、裁きの業火のようであった……!



 ……ヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 大人しかった馬たちが、前足を高くあげていななき、乗っていた将たちを振り落とす。

 そして兵士たちを蹴散らし、次々と山を駆け上がっていった。


 ポップコーンチェイサーも落馬してしまったが、手を差し伸べてくれる者は誰もいない。

 彼の子供のような癇癪も、今ばかりは鳴りをひそめていた。


 なぜならば、壮絶すぎるのだ。

 泣く子もショック死するほどなのだ。


 目の前で展開している、光景がっ……!



「うっ……!? うわあああっ!? か、身体がっ!? 身体がぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?」



「固まっていく!? 動かなくなっていく!? なんで、なんで、なんでぇーーーーーーーーーっ!?」



「い、石になっていってる!? なにが、いったい何が起こったんだぁーーーーーーーーーーーっ!?」



 最初は地獄の盆踊りのように、激しくもがいていた兵士たちであったが、その動きが次第に緩慢になっていく。

 肌や服が、そして鎧までもが、光無き灰色に覆われ、その部位は自分の意思では動かせなくなっていたのだ。


 やがて接着されたように足が動かなくなる。

 焼けた鉄板に裸足で立たされ、皮膚が焼着してしまったかのように、絶叫はさらに喉を枯らす。


 わずかに自由の利く上半身を、凝り固まっていく身体を剥がすように輾転(てんてん)させる。

 誰もがその拍子に天を仰いでいた。


 すると……あれほど叫んでいた悲鳴が、夜の静けさが舞い降りたかのように消え去っていく。

 兵士たちは、固まりゆく(まなこ)をカッと見開き、虚空を凝視していた。


 そして……悲鳴の朝が再び訪れる。

 カミナリを怖がる子供のような阿鼻叫喚が、一気に噴出した。



「ひっ!? ひぎいいいいいっ!? ちゅ……宙に浮いてるっ!?」



「なっ、なんだ!? なんだお前はっ!?」



「あっちいけっ! あっちいけえっ!!」



「来るな来るな来るなっ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 まるで、幽霊でも……。

 天使か悪魔でも()てしまったかのように、怯えはじめる兵士たち。


 ポップコーンチェイサーにはソレ(●●)が、見えていなかった。

 そして……隣で唖然としながら、伝映(でんえい)装置を構えていた、グラスストーンにも。


 彼らが視てしまったものとは、一体……!?



「……失礼ですね、ルクをオバケみたいに……」



「う……うぐうっ!? なっ……なんだ!? なんなんだ、お前はっ!?」



「ルクのことなんて、どうでもよいではないですか。それよりも、少しずつ、自分が自分でなくなっていく気分はいかがですか?」



「ぐぎぎぎぎ……! お……お前がコレをやっているのかっ!? 今すぐやめろっ! でないと……!」



「でないと、どうされるおつもりなのですか? あなたのお仲間はみんな、それどころではないようですよ」



 とあるひとりの兵士は、たゆたうように浮かぶ、白いドレスの少女を睨みつけていた。

 最初は気丈ではあったものの、周囲を見渡して愕然とする。


 まわりの仲間たちも、まるで疫病に冒されていくように、色を失いつつあったからだ。



「ぎ……ぎひいっ!? だ、だが、リヴォルヴ様のいる本陣には、腕のいい聖女たちがいる! こ、こんな『石化』くらい、簡単に治せるはずだ!」



 『石化』というのはこの世界における、『毒』や『麻痺』などに並ぶ、状態異常のひとつ。

 身体が石になってしまい、完全に動けなくなってしまうのだ。


 そうなると死んだも同然となるのだが、どちらかといえば、生きたまま冷凍されている状態。

 聖女の祈りや、『石化』を解除するアイテムを使ってもらえば、五体満足のまま復活できる。


 この石化は、モンスターの中でも用いるものが少ないので、あまりポピュラーではない。

 しかし強力なモンスターが持っているので、知名度だけは高かったりする。


 そしてこの兵士が言うように、神尖組(しんせんぐみ)お抱えの聖女軍団にかかれば、時間はかかるものの、解除できるであろう。

 それが『普通』の石化であれば。


 少女はやや呆れたような溜息に乗せて、非情なる言葉を紡いだ。



「……それが、あなた方の知る『石化』と同じに見えますか? メデューサやコカトリスが使う、五流の石化と。……まず、石化した部位が、じわじわと燃やされていくように熱いでしょう。いまは指の関節くらいですから、指を斬り落とされているくらいの痛みでしょうが、手首まで達すると……」



 少女のその台詞と同時に、手の付け根までがびしりと硬化する。



「ぐうううっ!? ふぐぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 兵士は石膏像のように固まった手を、まだ自由になる手のほうで握りしめ、身をよじらせていた。

 手首から消え去った脈が、まるで逆流してきたかのような激痛に見舞われる。


 ひと鼓動ごとに、心臓をハンマーで叩かれているかのようであった。



「あぐうっ!? ぐわぁぁあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 発作を起こしたかのように胸を押え、崩れ落ちようとした。

 が、足の裏がすでに固まっていたので、それもできなかった。


 カカトを上げることができなければ、人間は膝を地面に付けることができない。

 少女はそれをわかっていたので、まず真っ先に、足の裏を石化させたのだ。



「ゴキブリのように倒れて苦しむ姿は、もう見飽きているんです。それにまだ、最初の首(●●●●)ですよ? それなのにそんなに痛がっていては、本当の首(●●●●)にさしかかった時、気が狂ってしまうのではないですか? ……そういっている間にも、次の首(●●●)が来ましたね」



「ぐぎいっ……!? ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 少女は、ひとりの勇者が苦悶にあえぐさまを淡々と、しかしほのかな愉悦を滲ませ、瞳に映していた。

 まるで……生きたままピンに串刺しにした昆虫が、絶対に助からないのに四肢をばたつかせる姿を、眺めるかのように……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 石化というよりコンクリート化。 ルクのことだから、永遠に生きたままなんだろうな。 ジョジョのクレイジー・ダイヤモンドを思い出しました。
[良い点] まさに標本の刑!(ニヤリ) こうして愚か者たちの石像ができたのですね! その後の島で語られるのでしょうかな!(期待) [気になる点] とりあえず石にされても 永遠に意識とかはありませんかな…
[良い点] ルク、こんなことも出来たのか・・・弾け男が逃げる訳や・・・
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