表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

491/806

173 3600 vs ひとり

 グラスパリーンの妹、グラスストーンは真逆であった。

 産まれたときに取り違えられたのではないかと思えるほどに、容姿も性格も真逆。


 小学生にしか見られない姉と違い、妹はすらりとした長身。

 背の高さであれば、女性陣のなかでは高身長であるクーララカに迫る勢い。


 クーララカはアマチュアレスリングの選手のようにがっちりしているが、こちらはスレンダー。

 姉のほうは教師と言っても誰も信じないが、妹のほうはモデルと言われたとしても納得がいったであろう。


 髪は後ろできっちりとひとつにまとめられており、暴漢と戦ったあとでも乱れひとつない。

 白いブラウスとタイトスカートの上に、スラムドッグマートで買い求めた、真新しい革鎧を身につけている。


 革鎧さえなければ、『スーパーキャリアウーマン』といった風情。

 しかも驚くべきは、常に冷静で落ち着き払っていること。


 姉のほうは、バジリスがハールバリーの姫君であったと聞かされたとき、目を回したうえに泡まで吹いて倒れていた。

 しかし彼女は目の前にしても動じず、しっかりと対応している。


 自身が変質者の人質に取られても取り乱すことなく、初めて見たはずの野良犬護身術を再現し、見事に撃退。

 外見と内面、ともに美しさと有能さを何重にも兼ね備えた、まさに『パーフェクトウーマン』であった。


 それらの要素のひとつでも、姉のほうにあれば……と思わざるをえない。

 ちなみに姉妹の共通点といえるものは、外見には何ひとつなかった。


 強いて挙げるとするならば、『メガネをかけている』という点くらいであろうか。

 しかしそれすらも、姉のヒビ割れた大きな丸メガネではなく、ヒビどころか曇りひとつない小さな丸メガネ。


 姉のほうはしょっちゅうメガネを落としていたので、スラムドッグマート製のメガネストラップが手放せないでいたが、妹のほうのメガネは、顔の一部のようにカッチリとフィットしていた。


 その完璧なる眼鏡をたたえる女性は、バジリスとともに世間話などをしつつ、シンイトムラウに歩を進めていた。



「……私は神尖組(しんせんぐみ)の入隊式の模様を取材することになりまして、社のあるロンドクロウよりハールバリーに向かいました。そしてハールバリー港から、グレイスカイ島に来たというわけです」



「ほう……なるほど。その道中、ハールバリーを通ったついでに、『スラムドッグマート』で革鎧を買い求めたというわけであるな」



「はい。グレイスカイ島はリゾート地ですので、とても安全な場所だと聞いておりました。私に同行した記者たちはみな、鎧など必要ないと言っていたのですが、念には念をと思いまして。それに姉が講師として、『スラムドッグスクール』でアルバイトしているというのを手紙で知っておりました。いったいどんなお店なのか、いちど見ておきたいと思ったのです。とても感じの良いお店でした」



「そうじゃろうそうじゃろう。あ、その姉とやらも、いまこの島に来ておるぞ」



「えっ、姉さんが?」



 姉がこの島にいると聞いて、初めて驚きのような感情を見せるグラスストーン。



「ああ。『わんわん騎士団』として、我らとともに戦っておった。気付いたらいなくなっておったのだが、戦いが終わった頃に、拠点に戻ってきたようだったぞ。後で兵士に案内させるから、拠点を尋ねてみるとよかろう」



「姉は方向音痴ですので、少しでも目を離すととんでもない所に行ってしまうのです。でも、いまは安全な場所にいるようですね。よかったです」



「そなたは本当に落ちついとるのう。あ、そうじゃ、そなたがあんまり落ちついとるから忘れておったが、シンイトムラウでいったい何があったのだ? ポップコーンチェイサーの慌てぶりからすると、なにか大変なことが起こったようであったが」



 「はい。とても大変なことが起こりました」と頷くグラスストーン。

 しかし口調も表情も淡々としている。



「……そなたを見てると、グラスパリーンの家族というよりも、ミッドナイトシュガーの家族のようであるな」



「えっ? ミッドナイトシュガー?」



「いや、なんでもない。それで、なにがあったというのだ?」



「はい。私が説明しても信じていただけないと思いますので、実際に見ていただいたほうが良いかと思います。もうじき、この坂道をのぼりきりますと、シンイトムラウの麓が見えてますので」



 グレイスカイ島の大通りは、港からシンイトムラウまで繋がっている。

 シンイトムラウに向かうほど道の傾斜がきつくなっていくだのが、その最後の坂道を一行は進んでいた。


 稜線のような坂道の向こう。

 レンガで整備された道が、途中で山道に変わっている。


 高くそびえる緑に覆われた山、その頂上には清水の舞台のような岩棚があり、上空には冠雪のような雲がたちこめていた。



「ほほう、わらわはこの島に来るのは初めてなのだが、さすが『神の住まう山』と呼ばれるだけあって、神気のようなものを感じさせるのう」



 手をひさしのようにして山を見上げていたバジリス。

 ふと、違和感に気付いた。



「たしか『野良犬バスターズ』は、このシンイトムラウを包囲して攻めるという話じゃったが……ならば今頃は、この山は戦火に包まれていなくてはおかしい。それなのに、騒乱ひとつ聞こえてこないとは……」



 ……もしや、待ち伏せ!?



 とっさにそう考えたのだが、それはあまり意味がない。

 なにせ相手は3600名もの大軍団。


 待ち伏せというのは、少数が多数に対してやる作戦である。

 全軍あわせても200名程度の野良犬連合が相手ならば、わざわざ待ち伏せなどしなくても、山狩り感覚で殲滅できるであろう。


 となると、考えられるのは……。

 シンイトムラウに立てこもる野良犬マスクを、すでに捕えるか殺すかした後……!


 嫌な予感がしたバジリスは、部下たちが制止するのを振り切って、坂道を一気に駆け上がった。

 そして、彼女が目にしたのは……。


 ポップコーンチェイサーが死に物狂いで逃げてきたのも納得の、恐るべき光景であった……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 時は、少しだけ戻る。

 それはちょうど、バジリス率いる『野良犬バスターズバスターズ』が、ホーリードール家のプライベートビーチに乱入した頃。


 神の住まう山(シンイトムラウ)は、多くの勇者や兵士たちに包囲されていた。

 その数、3600名。


 ひしめき合う彼らは、ありったけの『ゴージャスマート』の最新装備で武装。

 それどころか、城攻めに使うような攻城兵器までもが多数鎮座し、山に向かって狙いを定めていた。


 ゴッドスマイルが『新勇者体系』を宣言し、平定していたこの世界において、これほどの戦力が動員されたことは今だかつて一度たりともない。

 魔王信奉者(サニタスト)たちの組織がテロリズム的に世を騒がせることは何度かあったが、それはあくまで小規模。


 そのテロ発生地域内の衛兵や憲兵たちのレベルですべて鎮圧されていた。


 しかし今回のテロリストは、そんなものとは比べものにならない大掛かりな組織。

 なにせバックには、勇者の上層部がついているのだから。


 相手は神尖組(しんせんぐみ)局長、アーミー・オブ・ワン。

 『ひとりの軍隊』と呼ばれるほどの、アルティメット猛者である。


 シンイトムラウの中には、彼について寝返った手練れの勇者たちが、野良犬についたノミのごとく、ウジャウジャいるに違いない……!


 と、リヴォルヴは思っていた。


 彼はまだ知らない。


 今から総力をかけ、更地にしてしまうほどの猛攻撃を仕掛ける山には……。

 勇者に反旗を翻すものは、たったひとりしかいないということを。


 3600 vs ひとりのオッサン……!


 その戦力差、3600倍(そのまんま)っ……!


 数だけでいえば、もはや絶望をとうに通り越している戦いが、今まさに始まろうとしていた。


 リヴォルヴはその様子を、望遠鏡を使って眺めていた。

 要塞のような自宅の、天守閣のような書斎のテラスから、大将軍のように。



「……大国のボンボンが軍勢を率いているのは、ちょっと不安ではあるが……。イザとなったら命令無視するのようには伝えてあるから大丈夫だろうナ。よぉし、それじゃあ、あの山に砂糖ぶっかけて、食ってやるとするかナ……!」



 ……ズダァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!



 合図代わりの号砲が、グレイスカイの空を揺らす。


 現地の総大将である、ポップコーンチェイサー。

 彼の乗る馬の傍らには、大勢の報道陣たちが伝映(でんえい)装置が向けてきている。


 彼はそのうちのひとつ、お気に入りである眼鏡の女性記者のレンズに向かって手を振った。



『パパ、見てるーっ!? ボクチンの活躍を、これからいっぱい見せるからね! 野良犬と、裏切り者の勇者たちを、ボクチンのこの剣で跳ね飛ばすんだ!』



 腰から抜いた剣を、勇ましく天に掲げるポップコーンチェイサー。

 そのかっこいいポーズを記者たちに撮らせながら、金切り声をあげる。



『総攻撃、開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!!!』



 普通の戦いなら、ここで兵士たちは鬨の声を持って応える。

 それが3600名ともなれば、地を揺らすほどの雄叫びとなって、山すらも震撼させていたであろう。


 しかし……応えはなかった。


 ポップコーンチェイサーは人の波に向かって叫びまわる。



『ちょっ!? みんななにやってんのさぁ! 大将であるボクチンが攻撃って言ったら、ウォーって言ってよぉ! ホント戦いってものが、わかってないなぁ!!』



 彼は頬を膨らませていたが、それは、すぐにしぼんだ。

 なぜならば……。


 彼は、『見て』しまったのだ。



「え……ええっ!? か、身体がっ!? 身体がぁ!?」



「う、動かない!? 動かない!? なんでだぁ!?」



「か、固まる!? 固まるぅぅぅぅっ!?」



「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!! あ……あ……あ……」



 土星の輪のように、山のまわりに展開していた兵士たちが、次々と……!

 まるで氷結するように、全身が灰色のカタマリに包まれていくのを……!

読者様のご指摘が多かったので、話を短縮してちょっとだけスピードアップしました。

次回からはひたすらざまぁですので、ご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] よりにもよってポプチを総大将に選んだ時点で、精鋭がいくら居ても勝てません……まぁ今回はオッサン相手だから、どんな勇将を立てても無意味だったね…ww [気になる点] 従軍記者は無傷で戦闘員だ…
[一言] キン○○を潰される前から責任とらされて処刑される運命だったんですね、ポップコーン。 烏合の衆じゃこんなものか。
[良い点] 姉が不憫すぎるほど 優秀な妹ですね!(涙) さてオッサン無双のはじまりまじまり ですね!(ニヤリ) ここから ひたすらざまぁ ですか!(大喜) がんばってください 応援してます!(大期待…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ