172 後悔(ざまぁ回)
路傍の石のように、仰向けに寝転がったポップコーンチェイサー。
滲む視界の向こうに映る、オレンジ色に染まる空。
それはさながら、三途の川のように美しい。
空には野良犬のような雲が浮かんでいて、川の向こう岸から手招きしているかのようであった。
――ああ、今思えば……。
ボクチンの人生は、あのオッサンが現れてから、おかしくなったんだ……。
ハールバリーの大臣だったボクチンが、店の売り上げを要求したのに、オッサンはチョコレートを渡してきた……。
ボクチンはそのチョコレートを使って、メスガキの気を惹こうとしたのに、今度はそのチョコレートすらも、頑として譲らなかった……。
今まで、庶民でボクチンの命令に逆らったやつなんて、誰ひとりとしていなかった。
だれもがヘーコラして、欲しがるものはなんでもくれた……。
それが当たり前だったのに……当たり前だったはずなのに……。
相手は、ただのチェーン店のオーナーなだけの、しょぼいオッサンなのに……。
あっ、そういえば……。
あのオッサンも、ボクチンにいいことをしてくれた事が、ひとつだけあった……。
『ゴージャスマート』の売り上げが下がったときに、商品リストをくれて……。
これを『ゴージャスマート』に売りつければ、売り上げがあがるって言ってくれた……。
あの時は、すごかったなぁ……。
あのオッサンの商品リストどおりに送りつけてやったら、まるで魔法みたいに『ゴージャスマート』の売り上げが回復していって……。
ずっと下がりっぱなしだったはずの上納金も、一気に上がった……。
あの時は、楽しかったなぁ……。
本当はボクチンには、商売の才能があるんじゃないかって思ったんだ……。
ハールバリーから追放されて、セブンルクスに強制送還されたとき……。
ボクチンはその商売の才能を使って、逆転しようとしたんだ……。
パパにおねだりして、セブンルクスに新しい店を作ったんだ。
ボクチンのような若者たちが大勢集まって、毎日パーティできる、新しい店を……!
でも……結果は大失敗だった……。
若者は大勢集まって、毎日パーティはできたけど……。
なぜだかわからないけど、店はずっと大赤字で……。
それはまぁ、税金があるからなんとでもなったんだけど……。
税金を使ってるのがバレたうえに、店のまわりの治安もどんどん悪くなって……。
住民の反対運動にあったんだ……。
とうとうあのオッサンだけじゃなくて、ボクチンのすることに、みんな反対するようになったんだ……。
なんで……なんでだよぉ……。
なんでボクチンのすることに、みんな反対するんだよぉ……!
毎日パーティができるんだから、いいじゃないか……!
少しぐらいお金を使ったって……まわりで少しぐらい人が殺されたって……!
楽しけりゃ、いいじゃないかよぉ……!
ボクチンだって、がんばってたのにぃ……!
…………。
ボクチンは生まれてからずっと、兄弟の中ではいちばんの役立たずだって言われてきた……。
大臣になれたのも、パパの力だった……。
だからそのパパに認められたくて、ボクチンはいっしょうけんめいがんばってきたのに……。
なんで、なんで、なにもかも、うまくいかないんだろう……。
……ああ……。
そうかぁ……。
ボクチンの人生、あのオッサンが出てきたから、失敗したんじゃない……。
あのオッサンの言うとおりにして時だけ、うまくいってたんだ……。
嬉しかったんだ……。
低迷してた『ゴージャスマート』の売り上げを、ボクチンの力で回復させたのが……。
そんなすごいこと、今までいちどだって成功したことがなかったから……。
まるで、子供の頃……。
パパに教えてもらった紙ひこうきが、いちばん遠くまで飛んで……。
ほめたもらった時みたいに……。
ああ……。
オッサン……。
助けて、助けてよぉ……。
もう一度……もう一度でいいからぁ……。
ボクチンをここから、助け出してよぉ……!
絶対に成功する、魔法のリストをまた、ボクチンにちょうだいよぉ……!
お願い……!
お願いだからぁ……!
オッサン……!
オッサン……!
オッサンオッサン……オッサン……!
「オッサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
魂のオッサンコールが、野良犬の空に、溶けて消える。
彼は思っていた。
いま以上に辛いことなど、この世にはないだろうと。
そして心を入れ替えてオッサンを利用すれば、いまからでもやり直せると。
しかしそれは、ふたつとも誤りであった。
まず、ズタボロになった彼のアップが続いている、セブンルクス王国では……。
『ヤツを殺せ』コールが渦巻いていること。
それも王城だけでなく、伝映装置が設置されている、国じゅうのいたるところで。
彼は今まさに、国いちばんの嫌われ者となっていたのだ。
そして……。
彼に手を差し伸べる者など、誰もいない。
実の父親からはとっくの昔に見放されているというのに、赤の他人のオッサンともなれば、なおさらである。
もはや彼は、狼爪によって踏み砕かれた、道端のポップコーン。
さらにその上を踏みにじる者はあっても、拾う者など誰もいなかった。
それがたとえ、野良犬であったとしても。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ポップコーンチェイサーを『砂浜送り』の刑に処したバジリスは、女記者とともにシンイトムラウに向かっていた。
「そなた、ナイフを突きつけられても慌てず、余の護身術をマネするとは、なかなか肝が据わっておるな。名はなんと申すのだ?」
「バジリス様に名前を尋ねていただけるとは、身に余る光栄です。私はロンドクロウにある新聞社、『デイリー・ロンド』に勤めております、グラスストーンと申します」
「……グラスストーン? わらわの知り合いに、似た名前の者がおったな。たしか、グラスパリーンとかいう……」
「えっ、グラスパリーンを、ご存じなのですか?」
「ああ、『スラムドッグマート』によくいる小学生3人組でな、いつも大騒ぎしておるわ。もしかしてそなたは、グラスパリーンの母親か?」
「いえ、グラスパリーンは、私の姉です」
「えっ……えええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーっ!?!?」
これには女記者と並んで歩いていたバジリスだけでなく、後に続いていた兵士たちも驚愕していた。
読者様からの感想で、ざまぁを受けたあと、オッサンの凄さを認識するシーンを入れてはどうかと提案がありましたので、今回試験的にやってみました。いかがでしたでしょうか?
そしてポップコーン編はこれにて終了です。
次回からファイナルざまぁへと突入します!





