171 リメンバー・野良犬(ざまぁ回)
「がぎぐげごぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ひとりの男の叫号が、世界を揺るがす。
右足の小指と右のポップコーンだけでも、かなり豪華な制裁のセットである。
ファーストフードに例えるなら、ワンランク上の『デラックスセット』……!
そこに、左足の小指まで加わったとなると……。
これはもう、デザートにクラッカーまで付いた『よくばりパーティセット』……!
「だぢづでどぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ひと足早いパーティの、はじまりはじまりっ……!!
しかし今回に限り、ポップコーンチェイサーは漢気を見せる。
いや、顔面をくしゃくしゃにして、涙と鼻水を壊れた蛇口のようにあふれさせたその顔は……。
漢というよりも、いじめられ過ぎておかしくなった、ただのいじめられっ子であった。
「ぐぎゃあああん! うぎゃああああんっ! ゆるぜない! ゆるぜないよぉっ! ボグヂンをここまでバガにするなんでぇ! ウンヂウンヂウンヂ! ハナグゾハナグゾハナグゾハナグゾ! ハナグゾォォォォォーーーーーーーーーーーッ!!」
痛みで全身を痙攣させながらも、捨て身の反撃をするいじめられっ子。
グルグルパンチのようにメチャクチャに片手を振り回し、泣き叫びながらナイフを振りかざす。
その凶刃は、女記者に雹のように降り注ぐ。
彼女の白い首筋めがけ、突きたてられようとしていた。
「ああっ!?」
ポップコーンチェイサーを取り押さえようと、駆け出そうとする兵士たち。
しかしバジリスはそれを、手で遮った。
「わらわたちの出る幕は、もうないて」
目の前で女記者が殺されようとしているのに、バジリスは落ち着き払っていた。
この模様はすべて、伝映を通じて国じゅうに放映されているというのに……!
いくら状況が状況とはいえ、非戦闘員を見殺しにしてしまえば、少なからずとも世論の批判はあるかもしれないというのに……!
しかし、しかしっ……!
……ガキィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
凶刃は、薄皮一枚すら切り裂くことはなかった。
「なにっ!?」
どばしゃっ! と涙のしぶきをあげながら、目を剥くポップコーンチェイサー。
ニヤリと笑うバジリス。
「やはり、そうであったか! 記者よ! そなたの身に付けておる革鎧は、『首斬り防止加工』が施されたものであるな! 草摺のところに例のロゴがあったから、すぐにわかったわ!」
草摺というのは、鎧の腰当てから出ている、スカートのような部位のことである。
その箇所に、
バッ……!
と注目が集まる。
そこには、例のロゴ……!
レザークラフトの焼き印で、シルエットとなった……!
親指を立てて笑う、野良犬が……!
女記者は視線を落とし、自らの鎧の刻印を、しげしげと見つめていた。
「このグレイスカイ島に取材に来ることになって、用心のために革鎧を買ったんです。顔に大きな傷のある店員さんが、グレイスカイ島に行くならこれがお勧めだって……半信半疑だったんですけど、まさか、こんな所で役に立つだなんて……」
リメンバー・野良犬っ……!!
「ばびぶべぼぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
変質者は銀の弾丸を撃ち込まれた獣のように、エビ反りになって爆発した。
「なんでっ!? なんでっ!? なんでなんでなんでっ!? なんで野良犬はいつも、ボクチンの邪魔をするのさぁ!? ずっとそうだ! ずっとずっとそうだった!! ボクチンは野良犬に関わってからおかしくなったんだ!! 野良犬は悪魔だっ!! 悪魔だ悪魔だ悪魔だ悪魔だっ!! 悪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー」
……ゴシャアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
黙れ、といわんばかりに……。
十字架で弱った吸血鬼に、トドメの朝日が降り注ぐように……。
それは、振り下ろされた。
いいや、振り上げられた、が正しいだろうか。
「だ……ぢ……づ……で……ど……!」
もはや悲鳴も声にならない。
断末魔を通り越し、消えゆく命を絞り出すポップコーンチェイサー。
彼の、股間には……。
女記者のバックキックが、ジャストフィット……!
ポップコーンチェイサー、右のポップコーンだけでなく、ついに……!
左のポップコーンまで、ポップコーン……!
両足の小指、ふたつの金玉……!
もはや、フルハウス……!
地獄のオモチャ付きの『ハッピーセット』が、今ここに爆誕……!
ありとあらゆる弱点を身体に突き刺されたモンスターのように、のけぞったままビクンビクンと痙攣するポップコーンチェイサー。
白目を剥き、涙と鼻水は血に変わり、口からはへんな色の泡をブクブクと吹き出す。
誰がどう見ても『おしまい』であった。
しかし彼は無意識下において、最後の最後の叫びを、ひねり、こねくり回し、肺腑を潰し、ブチひり出したっ……!
雲を掴むように手を伸ばし、放たれたそれは、
「ぱっ……パパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
愛しき父親を呼ぶ、幼子のような声であった……!!
その声は伝映を通し、父のもとにも届いていた。
しかしその最後の叫びすらも、父の心を動かすことはなかった。
なぜならば、息子はすでに、出がらし。
捨て駒を通り越し、ヒビ割れて何の駒かもわからないほどに使い倒された、『棄て駒』だったから。
嗚呼、ポップコーンチェイサー……!
彼は、これ以上ないほどの汚点を、いくつも……!
もはや点というより、真っ黒になってしまうほどの、汚辱を……!
それどころか、国辱クラスともいえる、全身黒辱を成し遂げ……!
ついに、ノックダウン……!
……ぐらぁ……!!
巨星墜つように揺らぐ、ポップコーンチェイサー。
しかし彼がやったのは、女子供を人質に取るという、卑劣極まりない行為だけ。
しかもそれも未遂に終わってしまったのだが……。
まるで百万の軍隊を、ひとり命をかけて退けた、伝説の英雄の大往生であるかのように……。
……ズダァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
大の字に倒れ伏す様だけは、一人前であった。
ポップコーンチェイサー編次回でラストです。
そして女記者の意外な正体が明らかに…!