170 恥の上塗り(ざまぁ回)
神尖組の入隊式以来、グレイスカイ島は世界有数のリゾート地とは思えないほどの荒れようであった。
そしてそのカオスっぷりは、ついに島を飛び出し近隣諸国にまで伝染する。
特に、『エヴァンタイユ同盟』のリーダー国である、セブンルクス王国は混迷を極めていた。
なにせ、自分たちの代表として行った人物が、中継のスクリーンをフル活用して恥辱を振りまいていたからだ。
『あぎゃっ!? いぎゃっ!? うぎゃっ!? えぎゃっ!? おぎゃあああっ!? 死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!? 死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
男を司る器官を半壊させられてしまったのだから、その大げさともいえる痛がりっぷりも、理解できなくはないのだが……。
せめてその原因がカッコ良ければ、同情も集まったのかもしれないが、なにせ……。
幼女に不意打ち同然に襲いかかり、断然有利なポジションを取ったにもかかわらず……。
まるで赤子の手を捻るかのように、あっさり返り討ち……!
これでは、観衆の批判が殺到してしまうのも無理はなかろう。
「なんだよ、アイツ! 国王の息子のひとりだか何だか知らねぇけど!」
「なにが死ぬだ! そのまま死んじまえ!」
「この恥さらしが! お前なんかセブンルクスに帰ってくるんじゃねぇ!」
セブンルクスにある主要広場ではどこもかしこも、ヤジとゴミが飛び交っていた。
お膝元である、セブンルクス城でも例外ではない。
普段は謁見広場である広大なるスペースには、多くの民衆たちが詰めかけていたのだが、みなポップコーンチェイサーの死刑を声高に叫んでいた。
その突き上げを受けていたのは、謁見台にいる、この国の大臣たち。
彼らも不満たらたらであったのだが、その矛先はすでに、ポップコーチェイサーから国王に移っていた。
「まったく……! 神尖組の入隊式といえば、新人勇者様とのコネクションをつくるための、大切な場所だというのに……!」
「いつもであれば、我が国の王位継承予定者が代表であったはずなのに、なぜ今回に限って!?」
「それは国王だ! 我らが『ビッツラビッツ国王』の鶴の一声で、なぜかポップコーンチェイサーに決まったのだ!」
「あやつは、先の『合同クエスト』で、大失態を犯したばかりだというのに、なぜ!?」
「わからん! 王にとっては、ポップコーンチェイサーが、特別に可愛いのではないか!?」
「王は国政において、そんな私情を挟むお方ではなかったのに……お年を召されて変わってしまったのか!?」
「今回のことで、きっと反対派の連中が騒ぎ出すぞ! ヤツらはこれ幸いと、任命責任を厳しく追及してくるはずだ!」
「まったく……後始末をする我らの身にも、なってほしいものだ!」
「この国に代々続いた、セブンルクスの歴史も、そろそろ終わりなのかもしれんなぁ……」
謁見台にある玉座の隣で、コソコソと噂話をする大臣たち。
玉座には、ポップコーンチェイサーを抜擢した国王であるビッツラビッツが鎮座していた。
部下たちから陰口をたたかれ、彼もさぞや肩身の狭い思いをしているかと、思いきや……。
むしろしてやったりとばかりのドヤ顔で、ふんぞり返っていた。
彼は……彼だけは、わかっていたのだ。
この国の大臣たちも、国民たちも、わかっていないことが。
それどころか世界中の誰しもがわかっていなかったことを、唯一、見抜いていたのだ。
とあるオッサンと、このオッサンだけは……。
今回の『ゴーコン』が、失敗に終わることを……!
だからこそ、自分の後釜となる、大切な息子は派遣せず……。
たとえ死んでも溜息のひとつも出ないほどの愚息を、代表として選んだのだ……!
出がらしとして使い切り、そのままポイ捨てするために……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、話をグレイスカイ島のほうに戻そう。
金玉という名のポップコーンを潰されてしまったポップコーンチェイサーは、なおも七転八倒していた。
「ぎゃああっ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!? 死んじゃうよぉ、死んじゃうよおっ!?」
いくら痛がったところで、バリジスも兵士たちも、誰も心配しなかったのだが……。
とある人物だけは、気遣うように近づいていった。
「ポップコーンチェイサー様、大丈夫ですか? 女の私にはよくわからないのですが、男の人はそこを蹴り上げられると、とっても痛いそうですね。ぜひ、今のお気持ちをお聞かせください」
女記者は心配しているのかと思いきや、タマ潰しの感想を伺いにいっただけだった。
倒れ込んでいるポップコーンチェイサーに向かって、しゃがみこんだ途端、
……がばあっ!
女記者は突然掴みかかられ、羽交い締めにされてしまった……!
変質者として復活したポップコーンチェイサーの手には、またしてもナイフが……!
「このウンチどもがあっ! よくもやってくれたなぁ! もう許さないぞぉ!」
「……ポップコーンチェイサー様? いったい何を?」
「うるさい黙れっ! お前は俺の人質をやりながら、メスガキどもが狼狽える姿を、国じゅうに流し続けてればいいんだっ! ひと芝居打ったボクチンに騙された、間抜けヅラを映してればいいんだっ!」
どうやら今までの痛がりようは、本気半分、芝居半分だったようだ。
「セブンルクスのみんな、観てる!? ねぇパパ、やったよ! ボクチン、やったよ! ボクチンたちの大国に歯向かう、ウンチみたいに生意気なメスガキを、ハメてやったよ! いまからコイツらを懲らしめるからよぉく見ててね!」
女記者の構える伝映装置はバジリスたちを捉えていたので、ポップコーンチェイサーの姿は映っていない。
しかし隅にチラチラと見きれるナイフで、彼の興奮ぶりが覗えた。
「さあっ! この女を殺されたくなかったら、ボクチンの言うとおりにするんだっ! そうだなぁ……まずは服を脱げっ、メスガキ!」
とうとう、要求までもが変質者じみてくる。
「すっぽんぽんになったお前の姿を、国じゅうに流してやるっ! そんな恥ずかしい姿を流されたら、お前は女王どころか、お姫様でもなくなるんだっ! ヒャハハハハハッ!」
民間人を人質を取られては、反撃しようもない……!
バジリス、最大のピンチ……!
……かと思いきや、児童ポルノを要求されたお姫様は「どこから突っ込めばよいのやら」みたいな呆れ果てた顔をしていた。
「貴様はどこまでも残念な男だと思っておったが……まさか、ここまで残念男だとは思わなかったぞ。わらわにあっさり破られた手が、なぜ二度も通用すると思っているのだ?」
「なにいっ!?」
女記者を羽交い締めにしているポップコーンチェイサーからは死角だったが、バジリスや兵士たちには見えていたのだ。
タイトスカートがめくれあがり、黒いストッキングの太ももが露わになるほどに、高く持ち上がる片膝が。
その足は、先ほどバジリスが砕いた足の小指とは、逆方法……!
「……えいっ!」
鋭い気合い一閃、ハンマーのように振り下ろされたブーツのカカトが……!
……グワッシャァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!
左足の小指を、枯葉のように粉々にしたっ……!
瞬間、全身をこれでもかとのけぞらせるポップコーンチェイサー。
さながら、非道な性犯罪を重ねてきた変質者が、神の怒りに触れ、雷に撃たれたかのように……!
「がぎぐげごぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
リメンバー・絶叫っ……!!