169 本当の弱点(ざまぁ回)
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
通りを突き抜け、島を飛び出していくほどの、負け犬男の悲鳴がこだまする。
サラブレッドから負け犬に転落してしまった男は、もはやナイフすらも取り落とし、立ったまま悶絶していた。
本当は倒れたいのだが、足のつまさきを踏み潰されていてできないのだ。
なおも踏みつけている勝ち犬少女は、耳元でおこった絶叫に顔をしかめていた。
「だから、うるさいと言っておろうに……。でも、『スラムドッグマート』はよいぞ。そこの2階にある『スラムドッグスクール』では、こんな風に、変質者に襲われたときの護身術も教えてくれるのだからな」
彼女は悲鳴をBGMに続ける。
「足の小指というのは、人間の弱いところのひとつだ。とても脆くできておるうえに、鍛えることができないからな。どんな大人であっても、どれだけ鍛錬を重ねてきた猛者であっても、絶対に弱いときておる。だからわらわのような子供でも、簡単に踏み砕くことができるのだ。その痛みは想像を絶するであろう? 大体は、それで戦意を喪失し、反省するのだが……」
「よくもっ! よくもよくもよくもっ! ぐぎゃああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
激昂とともにナイフを振りかざすポップコーンチェイサー。
その姿は完全に、幼女の襲いかかる変質者であった。
もはや首筋などと言わず、顔をズタズタにしそうな勢い。
しかしながらバジリスは、なおも小物を相手にするように、
「しかしたまに反省せず、痛みを押して反撃してくる者がおる。そんな手の施しようのない悪人は……」
彼女は変質者のブーツを潰していた足を再び持ち上げると、すかさず、振り子のように動かして、
「こうやって、本当の弱点を砕いてやるのだっ!」
……グシャァァァァァァァァァァァッ!!
ノールックのバックキックが炸裂。
変質者のアイデンティティともいえる股間に、鋼鉄のカカトがめり込んだ。
ポップコーンチェイサーの右のポップコーンが、弾けた瞬間……!
「いんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
とうとう、島を突き抜け近隣諸国にまで届くほどの絶叫を轟かせていた。
……そしてそれは、比喩ばかりでもなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
所かわって、海を渡った『エヴァンタイユ諸国』。
どの国でも、王城などの人の集まる広場を使って、巨大な水晶のスクリーンを掲げていた。
スクリーンには、血走った目玉を飛び出さんばかりに見開き、鼻を裂けんばかりにかっ拡げ、アゴが外れたように口が開きっぱなしの男の顔が、全面に映し出されている。
言うまでもなく、その男はポップコーンチェイサーで、彼をアップで捉えていたのは、同行していた女記者である。
『エヴァンタイユ諸国』には、神尖組の入隊式を生中継するため、伝映のステージが設けられていた。
簡単に言うなら、かつての『不死王の国ツアー』のステージと同じ仕組みである。
もともとは入隊式のためだけに作られたものであったが、リヴォルヴが『ゴーコン』を発動してからは、引き続きその模様を中継する役割を担っていた。
その理由は簡単。『エヴァンタイユ諸国』の王族たちが、いまその『ゴーコン』に参加しているためである。
入隊式の時も国民の注目度は高かったのだが、『ゴーコン』に切り替わってからはケタ違い。
『不死王の国ツアー』のステージは、抽選で選ばれた1千人のゼピュロスファンが観覧していたが、こちらは国家規模。
『エヴァンタイユ諸国』には、あわせて5億人ほどの民衆がいる。
その者たちがほぼ全て、仕事も勉強もほっぽりだして、各地にあるステージに詰めかけていたのだ。
無理もない。
『ゴーコン』といえば勇者界、ひいては世界を揺るがすほどの大事件である。
しかも、自分たちを統治している人物が参加しているのだ。
その行く末いかんによっては国としての立場が変動し、自分たちの生活に大いに影響を及ぼすかもしれないため、のんきに日常を送っているどころではなかった。
スクリーンを見つめる諸国の民衆たちは、『野良犬バスターズ』がシンイトムラウを包囲する様子を、みなずっと緊張した面持ちをして見守っていた。
しかし突然、映像が乱れてしまい、復旧した時にはポップコーンチェイサーと女記者が逃げ惑っているシーンであった。
まるで森の中で魔女に遭遇してしまったかのような、必死の形相で。
彼らにいったい何があったのかと、困惑する観衆。
いつのまにか街中にまで飛び出していたポップコーンチェイサーは、バジリスと遭遇し、現在に至る。
そして、
『うんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
伝映を通じて伝えられた、大の大人の情けない顔と、広場じゅうに響き渡る悲鳴に、観衆はみな顔をしかめていた。
とくにその『大の大人』の出身である、セブンルクス王国ではその苦虫っぷりがハンパない。
王城に設えられたステージに集まったお偉方は、ただでさえ多い顔のシワをさらに刻んでいた。
「な、なんということをしてくれたんだ、ポップコーンチェイサー……!」
「いくら相手が、『ゴーコン』を拒んだ者とはいえ、一国の姫君を、人質に取るだなんて……!」
「それも、バジリス様はポップコーンチェイサーを助けようとしていたのに……!」
「その情けを逆手にとって、不意打ち同然のことをするだなんて……!」
「それでも、まだ……まだ、首を取れたのならいいだろう! なぜならば相手は、勇者に仇なす者なのだからな!」
「あんな汚い手を使っておきながら、あっさり返り討ちにあうだなんて……!」
「しかも相手は、まだ子供だぞ!?」
「あの男はいま、我が国の顔として、『エヴァンタイユ諸国』全土でで注目されているというのに……!」
「それなのに、あんなに情けない顔で、股間を押さえてのたうち回って……!」
『えんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
「なにが、えんぎゃー! じゃ! 死ね! 今すぐ死ねっ!」
「その通り! あやつは、わが国の面汚しだっ! 帰国したら、即刻死刑にすべきだと思っていたが……もう待ってはおれん! いますぐ抹殺すべきだっ!」
「それはすでに手は打っておる! 『ゴーコン』の応援に送った兵士たちに、ポップコーンチェイサーの抹殺を指示した! もちろん、伝映に映らぬようにな! 今頃は、島に着いておるころじゃろう!」
「そ、それが……兵士たちを乗せた船は、まだ沖合でして……」
「なんじゃと!? だいぶ前に出港したはずではなかったのか!?」
「それがなぜか、船が沖合からまったく先に進むことができないのです! まるで、不思議な力で押し戻されているかのように……!」
「なっ、なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
『おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
広場には、いつまでも……。
生き恥を垂れ流すような悲鳴が、響き渡っていた。