168 偽物と本物
かつては、姫と大臣。
いまは、女王と道化。
かたや、自ら野良の道を選んだ、血統つきの仔犬と……。
かたや、七色の光を身にまとい、かつての栄華を取り戻そうとあがくサラブレッド……。
老人のようになってしまった青年と、女傑としての風格を得つつある少女……!
弾けたポップコーンのようになってしまった男と、それを頬張る女のようなふたり……!
似ているようで似ておらず、因縁めいた宿命で幾度となくぶつかりあってきた両者が……。
ゴーストタウンと化した街中で、いまふたたび並び立つ……!
……と煽ってはみたものの、勝負はすでについていた。
ポップコーンチェイサーはバジリスの元に駆け寄るなり、すぐに崩れ落ち、
「どうか、どうかどうか、どうかぁぁぁ~! ボクチンをお助けくださいぃぃぃぃ~!」
自分よりも半分くらいしかない女の子に、情けなく泣きすがったのだ。
これには身構えていたバジリスも拍子抜けしてしまう。
「……なんじゃ、いったいどうしたのだ!? なにがあったというのだ!? そなたはゴーコンに参加して、シラノシンイに向かったのではなかったのか!?」
「そっ、それが! それがそれがそれが、それがぁぁぁぁぁ~~~!!」
「ええい、落ち着くのだ! なにがあったのか、落ち着いて話せ!」
しかしポップコーンチェイサーは泣きわめくばかりで、まるで要領を得なかった。
バジリスはヤレヤレと泣き顔を押しのけ、懐から何かを取り出す。
「ほら、これを食べるといい。チョコレートには気持ちを落ち着かせる効果があるからな」
それは、彼女が野戦食としても愛用している、野良犬印の板チョコであった。
ポップコーチェイサーはそれを安物のチョコとして、今までさんざん踏みにじってきた。
しかし今だけは最高級品を与えられた貧乏人のように、ひったくって包みを引きちぎり、貪るように口にする。
そして、思わずこぼれた一言が、
「う、うんまぁ……!」
であった。
「こ……このチョコが、こんなに美味しいものだなんて、しらなかった……! このチョコに比べたら、今までボクチンが食べてきたチョコなんて、ぜんぶゴミ……!」
「これ、より良いものを知ったからといって、以前のものをこき下ろすのは良くないぞ。でもその軽口が飛び出すということは、落ち着いたようじゃな」
バジリスからやさしい言葉を掛けられたポップコーンチェイサーは、涙ながらに頷き返す。
「は、はい……! 今までは我を忘れておりましたが、ようやく思い出しました……!」
そして、すばやくバジリスの身体を、引き寄せると……!
「ボクチンの使命は、このメスガキの首を斬り落として、パパに献上することだって……!」
袖に隠していたナイフを、バジリスの首筋に突きつけたのだ……!
兵士たちは驚きながらも、ざっ! と武器を構えた。
隣にいた女記者も、己の武器である伝映装置を向ける。
彼女はつとめて冷静な口調で問いかけた。
「ポップコーンチェイサー様、なにをなさるのですか? 相手はお姫様のうえに、あなたを助けてくださったのですよ?」
「うるさい黙れっ! お前は伝映装置を回して、撮り続けるんだ! このメスガキは、勇者様と『エヴァンタイユ同盟』の敵なんだ!」
彼は、口が裂けた狂人のごとく、頬を吊り上げた。
「アハッ……! 『ゴーコン』はメチャクチャになっちゃったけど、コイツの首を手土産にできれば……! ボクチンはまたセブンルクスで、返り咲ける……! 最後のチャンスとしてこの島に遣わせてくれた、パパに恩返しができるんだ……!」
まだ涙の残る瞳を凶刃のごとくギラつかせ、にじり寄る兵士たちを牽制する。
「おおっと! それ以上近づくな! 近づいたら、お前たちのお姫サマは、血袋になっちゃうよぉ!? さぁ、武器を捨てろっ!」
これから国王になる姫を人質に取られてはどうしようもない。
兵士たちは一も二もなく剣や槍を足元に投げ落とした。
その反応に気を良くしたポップコーチェイサーは、さらに調子に乗る。
「アハハッ! ボクチンはたしかに言ったでしょう!? 次に会ったときは、『野良犬として狩ってやる』って……! ちょっと理想とは違うけど、結果オーライだよね! どう? 悔しい? 怖い? アハハハハハハハハハ!」
しかし、バジリスはチョコを恵んでやったときと同じように、ヤレヤレと溜息をついた。
「そう耳元でわめくでない。そんな卑小なナイフと、それよりもさらに極小な貴様ごときに、いったい何ができるというのだ。わらわもチョコレートなみに、甘く見られたものだな」
「なんだとぉ!? いままで偶然うまくいってたからって、調子に乗るなよぉ! ボクチンが本気を出せば、お前みたいなウンチなんて、グッチャグチャに踏み潰せるんだぞぉ!?」
言われたとおりに伝映装置を向けていた女記者は、ふたりのやりとりを前に、つい本音をこぼしてしまう。
「大人と子供のケンカみたいですね」
「うるさいうるさいうるさいっ! みんなでボクチンをバカにしてぇ! ボクチンはまだ本気じゃなかったんだ! 本気を出したら怖いんだぞぉ!」
首筋にナイフを突きつけられてもなお、堂々とした態度を崩さないバジリス。
「わかったわかった。ならばその本気とやらを見せてみるがいい。今のところ、わらわは貴様よりも、マザーが密かに食事に混ぜ込むニンジンのほうがよっぽど恐しいぞ」
ポップコーチェイサーは、ちっとも思うとおりにならないので、ついに激昂した。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!! ボクチンをいつでもどこでもバカにしやがってぇ!! 見てろぉ!! このメスガキ! ウンチ! ハナクソ! バーカバーカっ!! もう怒ったぞぉ!! ボクチンの本当の本気を、本物の本気を、見せて……!!」
ぐぐぐっ……! と小さな首筋にめり込むナイフ。
これには兵士も女記者も、「ああっ!?」と悲鳴をあげる。
しかし……バジリスはなおも、不敵な態度を貫いたまま。
「どうした、それが貴様の『本物』というやつか?」
「なんでっ!? なんで切れないのさぁ!? このナイフ、小さくてもなんでも切れるって、『ゴージャスマート』で勧められて買ったのにぃ!? 200万¥もしたのにぃ!?」
バジリスは首筋をギコギコとやられていたが、まるでブラッシングをされるネコのようにされるがまま。
「入隊式典に着ていく鎧を発注したときに、あの男から首筋を守る加工を勧められたときは、半信半疑であったが……。まさか、こんな所で役に立つとはな……」
「なんでなんで!? なんで切れないのさぁ!? 最高級のナイフなのにぃ!? なんでなんでなんでっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~っ!?!?」
「もはや耳に届いておらぬかもしれぬが、最後に、貴様によいことを教えてやろう。『本物』など、貴様のなかには存在せぬ。ましてや、『ゴージャスマート』などには売っておらぬ。『本物』というものが、欲しければ……」
少女はゆっくりと、片脚をあげると、
「……行くがよいっ!! 『スラムドッグマート』にっ!!」
まるでテレビコマーシャルのような一声とともに、金属で補強されたブーツを振り下ろし……。
頑強なカカトで、暴漢の右足の小指を踏み砕いたっ……!
次回、ポップコーンざまぁ!