164 ひとつの救い(ざまぁ回)
少女がかけた言葉とは、いったい何だったのか……?
それは、なんと……!
「ホーリードール三姉妹であれば、その傷をなんとかできるんじゃないですか? だって、マザーとプリムラさんは、現に治してみせたのですから」
なんとなんとなんと、なんとっ……!
ストロードール三姉妹にもたらされた、『救い』とは……!
彼女たちの最も大切なものを取り戻す、『救い』とは……!
彼女たちが殺しても殺しても足りない、不倶戴天の存在であった……!
その天敵に『癒し』を乞うなど……!
絶対に、絶対に、絶対的に……!
未来永劫、絶対不変、武運長久にあえりえないこと……!
たとえ、その身が引き裂かれようとも……!
たとえ、五臓六腑が引きずり出されようとも……!
あ ・ り ・ え ・ な ・ い ・ っ …… !
……ストロードール家に伝わる伝説の秘技、『絶対不変の後弁天』。
傷を『永遠に』治らなくするという、恐るべき技である。
ストロードール三姉妹はこの技を駆使して、多くのライバル聖女たちを蹴落としてきた。
時にはモンスターをけしかけ、時には事故に見せかけ、時には聖女どうしのキャットファイトに発展させ……。
傷付いたところを「ごっつあん」とばかりに、トドメを刺してきた。
そして不治の傷を植え付けた聖女に向かって、彼女たちはこう嗤うのだ。
「アラアラ、ザマアザマァ! とってもいいお顔になりまチュたねぇ~! これでアナタの価値はもう、10¥……いやいや、それ以下になったかしらぁ? チュチュチュチュチュ!」
「1¥聖女の出来上がりというわけでございます。1¥など、道端に落ちていたところで拾う者はいないのでございます。オホホホホホホ!」
「でも、ホームレスならきっと拾ってくれるでしゅ! 路地裏聖女にはお似合いでしゅ! ヒヒヒヒ! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒィーーーーッ!!」
嘲笑に包まれ、表舞台から去っていった聖女は、それこそ数え切れないほどいる。
しかしついに……。
ついに彼女たちも、同じ目に遭ってしまった……!
その事実を認識した途端、
「ぢゅるぎゃあああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「ごぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「でじゅぎゃあああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
まるで火あぶりの刑に処されているかのように、砂に埋まったまま、もがき苦しみはじめた。
「ぢゅるっ!? ぢゅるっ!? ぢゅるぅぅぅぅっ!? この傷がっ!? 永遠に治らないものだなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「治すためには、ホーリードール家のクソブタどもに、頭を下げるだなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「そんなのどっちも、死んでもいやでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
選択肢としてはふたつ。
ショットガンを受け続けた、ゾンビのような顔のまま、生きていくか……。
ホーリードール家に、すがって治してもらうか……。
普通に考えれば、後者しかありえない。
なにせ、相手はホーリードール家である。
彼女たちが心を入れ替え、土下座のひとつでもカマしてやれば、マザーやプリムラはすべてを赦し、親身になってくれることだろう。
そしてきっと、謎の力で不治の傷も癒してくれるに違いない。
しかし、それはできなかった。
たとえ心の中で舌を出していたとしても、ホーリードール家の聖女たちより頭を下げることだけは、絶対に……!
もしそんな瞬間が来るのであれば、それはきっと斬首台にかけられた時であろうと、彼女たちは思っていた。
そしてたとえ斬首をされたとしても、タダでは死なない。
首だけになって飛んでいき、マザーの首筋に食らいついて、頸動脈を喰いちぎってやる、とまで思っている。
なので、ホーリードール家にすがることは、そもそも選択肢として『無い』。
そして、こんな顔のまま生きていくつもりも『毛頭無い』。
どちらも論外であったが、自ら命を絶つことはもっと論外。
なにせ彼女たちが死んでしまえば、ストロードール家は途絶えてしまう。
「ぐぎぎぎぎぎぎ……! ザマの母君であるゲボカス様は、リグラスのメスブタに殺されてしまった……! そう、こんな風に……!」
「ごぎぎぎぎぎぎ……! いいえ、ゲボカス様だけでなく、ストロードール家の聖女たちは代々、ホーリードール家のメスブタどもに虐殺されてきたのでございます……!」
「ひぎぎぎぎぎぎ……! だからあのメスブタどもに頭を下げたりなんかしたら、ご先祖様に顔向けできないんでしゅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
あまりに激しい歯噛みのあまり、歯茎から血が出るどころか、とうとう……。
……バキィィィィーーーンッ!
ポップコーンのように、歯が弾け飛んでしまった……!
それでもなお、食いしばることをやめない少女たち。
いや、すでに少女などではない。
そのビジュアルはもはや人間すらも通り越し、どう見ても3匹のモンスターであった。
嗚呼……!
なんという、悲しきモンスターであろうか……!
そんなモンスターたちの不様な姿を、ひとりの少女は面白がって眺めていたが、
「あっと、私はそろそろ行かないと。じゅぶんに餞別も差し上げたことですし、これで失礼しますね。もはや会うこともないかもしれませんが。……それでは、地獄の底でお幸せに」
その別れの言葉は、モンスターたちには届いていなかった。
もはや心まで怪物になってしまったかのような、雄叫びを轟かせるばかり。
「きええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ちょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「びゅぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
その異形のコーラスを背に、少女は歩き出す。
そして、山のほうを見上げながら……ひとり、つぶやいた。
「何度も捨てようとした、名前なのに……。それを追いかけて、こんな所まで来るだなんて……どうかしてました」
ザマーへのざまぁはいったんここで終わりです。
次回からは新展開!