26 狼の追跡
幸せいっぱいの表情で、焼き魚を、木の実を頬張る少年少女たち。
その輪の外で、運動会に親が来なかった子供のようにぽつんと佇むシャルルンロット。
すっかり魂を抜かれたようになっているお嬢様に、オッサンと女教師は揃って声をかける。
「シャルルンロットさんもいかがですか? 美味しいですよ。私たちといっしょに食べましょう」
「ええ! シャルルンロットさんもぜひぜひ! 食べてみて、食べてみて! とってもおいしいですよ! 先生、ほっぺが落ちるかと思っちゃいました!」
しかし彼女はツンテールを鞭のようにしならせながら、ツーンと背中を向けてしまった。
「普段から生ゴミを食べてるような貧民の舌なんて、このアタシが信用すると思って?」
もはや取り付く島もない。
ゴルドウルフはあまりなだめすかしても逆効果かと思い、グラスパリーンと相談のうえ、葉っぱで作った皿に料理を乗せ、そばに置いていくことにする。
……しかし結局、その魚と木の実に手が付けられることはなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
子供たちとって、ゴルドウルフは『付き添いのオッサン』に過ぎなかったが、いまや『最も尊敬すべきオッサン』に急上昇していた。
なにせ、なにもないところから火を起こし、ごちそうを作り出すという、手品同然のことをやってのけたのだ。
いつのまにか「先生、先生」と呼ばれて懐かれまくってしまう。
オッサンは困惑して、グラスパリーンに助けを求めたが、彼女まで一緒になって「ゴルドウルフせんせー!」と呼びだす始末。
彼女は教師のプライドを傷つけられたと悲しむどころか、自分がずっとヒーローだと思っていた存在が世間に認められたような気分になっていて、むしろ嬉しくてたまらなかったのだ。
午後からは自由時間だったのだが、子供たちは全員、午前中にやった『ウッドゴブリンの討伐』を再びやりたがった。
そのリクエストに応え、再び野に放たれる手製のゴブリンたち。
「じゃあ、お夕食の時間まで、『ウッドゴブリン』をやっつけましょー! 今度は森の中にも配置してありますけど、あまり遠くには行かず、先生の呼びかけが聴こえる範囲にいてくださいねー!」
「はぁーいっ! グラスパリーン先生っ! いっしょにいこー! ゴルドウルフ先生っ!」
さっそく子供たちに引っ張られていくオッサン。
一緒になってその背中を、ニコニコと押す女教師。
シャルルンロットはスペアとなる三本目の剣を手にし、我先にと森の中へ飛び込んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
太陽が山稜のてっぺんに足を降ろすまで、ゴルドウルフは子供たちとともにゴブリン狩りを行った。
それから夕食の時間となり、みんなでキャンプ地に戻ったのだが……いくらグラスパリーンが呼びかけても、シャルルンロットだけは帰ってこなかった。
胸騒ぎを覚えたゴルドウルフは、先に子供たちに食事を摂らせ、その間にお嬢様を探すことにする。
しかし子供たちはみんな、自分勝手なお嬢様のせいでゴルドウルフが食卓からいなくなることに納得がいかず、ブイーングの嵐だった。
「先生、あんなヤツほっとけよ!」
「うん、むしろ、いなくなってせいせいした!」
「アイツ、騎士を目指してくるクセして上級職学校じゃなくて、この下級職学校にいるんだぜ! それでいばってるんだから、おかしいよな!」
「そうそう、それで何かっていうと、俺たちのことを庶民庶民って馬鹿にするんだ!」
「ねぇ先生、あんな子ほっといて、わたしたちとゴハンたべよーよ!」
「そういえばアイツ、野宿なんてゴメンだって言ってたよ! きっと先に街に帰ったんだよ! だから気にしないでいいって、先生!」
子供たちは口々にせがんだが、ゴルドウルフはしゃがみこみ、目線を合わせて言い聞かせた。
「そういうわけにはいきません。街に帰ったのであれば良いのですが、もしかしたら山の中でなにか事故にあっているかもしれません。確認するためにも、私は探しに行きます。みなさんはここで待っていてください。絶対に、ここから動いてはいけませんよ」
グラスパリーンも一緒に探すと言って聞かなかったが、確実に遭難者が増えるだろうと思い、子供たちから絶対に離れないでください、と説き伏せた。
ゴルドウルフは彼女のために作った剣を腰に下げ、水と食料を詰めたリュックを背負って森へと分け入る。
そして、おもむろに……自らを覆っていた薄皮を剥がすように、狼の本能を解放した。
手負いの獲物を追う獣さながらに、五感を働かせて見えない足跡をたどる。
オッサンの目の前を先導するように飛ぶ、漆黒のボンテージ姿の妖精、プル。
『クンクン……。あのナマイキな子、ウッドゴブリンを無視してどんどん山奥に入ってっちゃったみたいだね。ニオイに全然迷いがないよ。なにをしようとしてたんだろ?』
その疑問に答えたのは、ゴルドウルフではなかった。
彼の頬のあたりで、動く歩道に乗っているかのようにスゥーと空中を滑る、純白のドレス姿の妖精、ルク。
『おそらくクマでも倒して、クラスメイトたちにいい所を見せようとしたのではないでしょうか』
少女の突き放したような一言に、クッ……! と歯噛みをするゴルドウルフ。
『私が彼女の暴走を、いち早く察していれば……!』
藪をすり抜けるスピードをさらにあげ、疾風のように走る。
それでも少女の痕跡を見失うことはなく、たてる音も木々のざわめきに紛れるほど静かだった。
『あんな子のために慌てるなんて、相変わらず我が君はやさしいねー!』
『彼女は自分から我が君を拒絶したのですから、わざわざ探す必要などないと思うのですが……』
『そうそう! せっかくプルルクが魔力を込めた我が君の剣も、貧民剣なんて言っちゃってさ! カンジ悪いよねー!』
『シャルルンロットさんはまだ9歳なんです。それなのにあんなにひとりで強がっているということは、きっとなにか理由があります。それがわかるまでは、私は彼女に何を言われても見捨てるつもりはありません』
『ぶー! なんか妬けちゃうー!』
『そうですね。ルクたちも昔みたいに暴れれば、我が君も心配してくださるでしょうか』
『……やめてくださいふたりとも。ふたりが暴れたら、街ひとつが消し飛ぶくらいじゃすまないんですから』
などと脳内で会話を交わしながら進んでいくと、獣道の途中でキャンプの痕跡を見つけた。
草をならして作った車座の真ん中には、まだ薄煙をあげている消し炭が。
用心深く近づいてみると……食い散らかした跡と酒瓶にまざって、場違いなほどに豪華な剣が落ちている。
その剣は刀身が途中でへし折れており、少し離れた木に、折れた剣先が突き刺さっていた。
そして一面に漂う、獣のようなニオイと、酒のニオイ……。
狼の脳裏に、野盗の姿がよぎった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
キャンプ地に取って返したゴルドウルフ。
問答無用で、子供たちと女教師を愛馬の背中に乗せた。
「いいですか、みなさんはこのまま街へと戻ってください。街までの道のりは錆びた風が覚えていますから、乗っていれば自然と街に着くはずです」
10人乗った馬の背中。その最後尾に押し上げられた人物が、メガネを飛ばしながらギョッと振り返った。
「ご、ゴルドウルフ先生っ!? いったい何があったんですかっ!? それに、シャルルンロットさんは……!?」
「野盗のものらしきキャンプを見つけたんです。きっと本拠地もすぐ近くにあるでしょう。シャルルンロットさんはそこに連れ去られてしまったようです。ですからここにいては危険です。グラスパリーン先生は、街に戻ったらすぐに衛兵に届け出て、シャルルンロットさんの親御さんにも知らせてあげてください」
「わっ……! わかりました……! でも、ゴルドウルフ先生はどうするんですか?」
「私はこれから野盗の本拠地をつきとめて、シャルルンロットさんを助けに行きます。さぁ、もうじき日が沈みます。急いで街に戻らないと道中も危険になります。子供たちをよろしくお願いします、グラスパリーン先生。……それと錆びた風! 先生のことを頼みましたよ! ハイヤーッ!」
「えっ、ええっ!? そそそそんな!? でしたら私もいっしょにっ!? あーれーっ!?」
女教師の悲鳴を残し、まさに錆びた風のようにかっ飛んでいくゴルドウルフの愛馬。
誘拐事件など、本来は衛兵に任せるべき仕事なのだが……。
アントレアの街の衛兵は、街の周囲で起きた事件か、勇者の身柄が絡む事件でないと、ほとんど動いてはくれないのだ。
とはいえシャルルンロットは名家の娘なので、彼女の両親が衛兵に働きかければ、例外的に動いてくれるのではないかという期待があった。
しかし、それでも彼らがやって来るのは、早くて明日の朝だろう。
野盗の目的はわからないが、救出が遅くなればなるほど、お嬢様の身にどんな不幸が降りかかるかわからない。
ゴルドウルフはそう結論づけ、単身での救出を決意したのだ……!