160 死神ヤシクダキ(ざまぁ回)
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
彼女たちの前に現れたのは、『ヤシクダキ』と『キャノンタートル』……そのはずであった。
普通の『ヤシクダキ』は、赤い色をしているのだが……目の前にいるのはなぜか、全身真っ黒であった。
まるで黒衣の死神が、取り憑いているかのように。
甲羅は頭蓋骨のよう。
眼窩にあたる部分からは触手のようなものが、飛び出しているのだが、その先に眼球が付いている。
寄生生物にやられたかのような、突起状の瞳。
焦点の定まっていないそれで捉えられると、まるで自分に怨みのある幽霊が、ずっと視界の隅で見ているかのような……。
首筋をずっと、冷たい手で撫でられているような……とてつもなく不気味な気分になる。
そして何よりも異形だったのは、ハサミであった。
ヤシクダキという名だけあって、それは象徴ともいえる大きさをしているのだが……。
血がこびりついて落ちなくなってしまったような、赤黒いギザギザ……!
通常の『ヤシクダキ』のハサミが磨き上げられた真剣ならば、これは錆びてしまったノコギリのよう。
たとえ同じ用途に使われるものだったとしても、どちらがより長く苦しめられ、どちらがより悲惨な結果になるかは、一目瞭然……!
その『死神ヤシクダキ』相棒も、負けず劣らずの怪奇であった。
普通の『キャノンタートル』は緑色をしているのだが……目の前いるのはなぜか、全身真っ白であった。
それも、清らかな白さではない。
オフホワイトというか、黄ばんだ白というか……。
その色をなしていたのは、甲羅の一面に存在する、謎のツブツブ。
腐った白米のような、小さくな粒が、びっしりと植え付けられており……。
それぞれが別の生き物のように、うねうねと蠢いていたのだ……!
全身は湿り気を帯びているというのに、亀の首だけは渇死したように干からびているのがさらに不気味であった。
それがまるで、数々の女を拷問にかけてきた老獪なる執行人のように、嗤っている。
目の前にいる女たちを、どう料理しようかと、舌なめずりをするかのように……!
この突然変異のような奇行種たち……。
外界からの侵略者のようなコンビが、彼女たちの処刑執行人であった。
三人の少女たちはまだ何もされていないというのに、血も凍りつくような悲鳴をあげるばかり。
「チュッ!? チュウッ!? チュウウウッ!? やっ……やめるのでチュ! やめるのでチュゥゥゥーーーーーーッ!! よ、良い仔だから、ねっ!? ざ、ザマにイタズラなんて、絶対にしちゃダメでチュよぉ!? するんだったら、両隣にいるふたりにするといいでチュよぉ!」
「ざ……ザマー! なんて事をっ!? じゃ、じゃあワタシは好きなものをなんでも差し上げるでございます! カニさんはヤシの実ですよね!? この島じゅうのヤシの実を、プレゼントするでございます! カメさんはえっと、えっと……カメさんを好きなだけ、ナデナデしてさしあげるでございます! だから、ワタシだけは許してほしいのでございます!」
「さらっと下ネタぶっこんむんじゃないでしゅ! このスベタどもが! おいっ! カニ公にカメ野郎っ! このベインたんに少しでも触れたら、鍋にして食ってやるでしゅ!」
なだめすかす、物でつる、恫喝……。
姉妹とはいえ、命乞いの手法はバラエティに富んでいた。
彼女たちはおのおのアピールを終えたあと、黒と白の審問官を見つめる。
ごくりと喉を鳴らし、審判の時を待った。
さて、助かるのはいったい、誰なのか……!?
しかし彼女たちは異形を前にしたせいで、すでにだいぶ正気を手放していた。
すこし考えればわかることにも、誰も気付いていない。
それは……。
カニやカメに、人の言葉など通じるわけがないことを……!
……ガスッ……!
ノーモーションで突き出されたハサミが、スキーのストックのごとく、ザマーの新雪のような滑やかな頬に埋まりこんだ。
そのままギコギコと動かして……!
「ぢゅっ!? ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
頬骨をノコギリで削られるような衝撃に、脳を揺さぶられる。
ザマーの恐怖は最高潮に達した。
「ぢゅっ!? ぢゅっ!? ぢゅっ!? ぢゅっ!? ぢゅっ!? ぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっぢゅっ!? ぢゅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ネズミ取りに挟まれ、じわじわと圧死させられるネズミのような悲鳴が、出っ歯から迸る。
両脇からは「やった!」とステレオの歓喜が。
「やはり誠意……いいえワタシの場合は聖意とでも申しましょうか、清らかな思いというのは、必ず通じるのでございま……があっ!?」
……ドガスッ!
鈍い音ともに、ブリギラの顔が大きくぶれる。
身体は砂に埋まっているので、首を引きちぎられんばかりに。
そして、彼女は感じていた。
顔半分を覆うような、どろりとした、生暖かい感触を。
そして、彼女は見てしまった。
世界一と自負してやまなかった、美しい髪が、塊のまま……。
へばりついた血で、べろりと剥がれ落ちてくるのを。
「ござっ!? ございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
まさに『剥がされる』ような衝撃に、最後の理性まで奪い去られていく。
ブリギラの狂気も、ついにオーバーフロー……!
「ござっ!? ござござござござっ!? ござござござござござござござっ!? ござまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーすっ!?!?」
目の粗いヤスリを押し当てられ、じわじわと肌を削られるような絶叫。
最後に生き残ったひとりは、やはり……!
「やったでしゅ! かわいいは正義なんでしゅ! その2匹のババアはくれてやるでしゅ! 好きなだけ……ふぎいっ!?」
……グワシッ……!
わし掴みにするような音ともに、ベインバックの顔が固定される。
姉たちの一撃はハサミひとつだったのだが、彼女にだけはハサミふたつが襲いかかっていた。
それぞれ、どんぐりのような小さな鼻と、貝殻のような形のよい耳を、挟み込むようにして……!
「ぎひいっ!? や、やめるでしゅっ!? やめるでしゅやめるでしゅやめるでしゅっ! それだけは、やめるでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ベインバックの正気も、ついにジ・エンド……!
ビーチには三人の少女たちの、魂の慟哭が……。
サイレンのように、いつまでも鳴り止まなかった。