159 ふたつのスイカ畑 (ざまぁ回)
埋没聖女たちをよそに、勇者たちはというと……。
「や……やっぱりホーリードール家の聖女たちは、最高の聖女だ!」
「あ……! ああ! さすがは我らゴッドスマイル様の御意を得るだけはある!」
「お……! 俺はわかっていたんだ! ホーリードール家であれば、この程度の困難などものともしないと!」
「う……! ウソつけっ! お前、袋被せてヤッてやるとか言ってただろ!?」
「い……! 言ってねぇよっ! 俺はずっとホーリードール家のことを信じてたんだ!」
「いや! リインカーネーション殿! コイツです! コイツがリインカーネーション殿に失礼なことを言っておりました!」
「コイツ、リインカーネーション殿に、なんて無礼なことを! さっそく上層部に報告して、厳しい処罰を下してもらいます!」
彼らはまっさきに保身に走り、すぐさま罪のなすりつけ合いを始める
なにせホーリードール家の聖女たちへの暴言がバレたら、出世に響く。
それどころか最悪、処罰されてしまうこともあるかもしれないからだ。
そして彼らの矛先は、当然のようにストロードール家にも向けられる。
「元凶は、すべてアイツらだ! あのド腐れ聖女たちだ!」
「そうだ! お前らがマザーに手を出さなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
「ホーリードール家の聖女たちよ、見ているのだ! いまこそ我々が悪の元凶を始末してごらんにいれましょう!」
「ですからこのことは、ゴッドスマイル様には、ご内密にお願いしますよ!」
「さあっ、やっちまえ! やっちまえーっ!!」
勇者たちは数珠繋ぎに縛られたまま、器用に走ってストロードール家の少女たちの元に殺到。
自由になる足だけを使って、埋没した彼女たちを容赦なく蹴りまくっていた。
……かつて彼らのことを、インベーダーなみの思考と揶揄してしまったが……。
そのインベーダーからも名誉毀損で訴えられてしまうような、クソバカ思考。
そんな者たちがわらわらと群れとなし、ビーチでひしめきあっている様は、さながら糞塚のようであった……!
彼らは数珠繋ぎで縛られながらも、センチピードのように器用に蛇行して、我が物顔で暴れ回る。
「このクソ聖女どもが! 我らのアイドル、ホーリードール家に手を出して、タダで済むと思ってんのかよっ!」
「ホーリードール家の聖女たちがやさしいからって調子に乗りやがって! 彼女たちが許しても、正義の代行者である俺たち勇者は許さねぇぞ!」
「お前らなんか、もう聖女じゃねぇ! クソだ! クソ女だ! 散歩中の犬が残したクソみてぇに、このまま砂に埋まって干からびちまえっ!」
彼らは罵声を浴びせながら、時折チラチラとホーリードール家の少女たちの様子を伺う。
それは、クラスのマドンナに興味のないフリをしながらも、存在感をアピールするニキビ面のワルのようであったのだが……。
例によってガン無視であったので、そのアピールはさらに過激さを増す。
矛先はついに、ビーチの隅で小さくなっている、ストロードール家に仕える聖女たちにも及んだ。
「おい、てめぇら! なに私は関係ないみたいなツラしてんだよっ! てめぇらもタダで済むと思うなよ!」
「そうだ! なんの役にも立たねぇチンケな癒やしをしやがって!」
「ホーリードール家に仕える聖女たちを見ただろう! あの癒やしの力こそが、本物なんだ!」
「このエセ聖女が! やっぱり俺の言ったとおり、そのへんで股でも開いてたほうが役に立つ、クソ女どもだったぜ!」
「今からお前たちも、ザマーと同じ目に遭わせてやるから、覚悟しやがれ!」
そしてとうとう、こんなことを抜かしはじめた。
「そうだ! せっかくの機会だから、応援に来た聖女たちと魔導女たちを紹介してもらうってのはどうだ!?」
「いいな! 今はゴーコンの真っ最中だから、俺たちも合コンとしゃれこもうぜ!」
「おおっ! それって女の子たちにとって、大チャンスだよな! まだフリーの俺たちのパーティに入れるんだから!」
「夢みたいな話だけど、怖がらなくてもいいよ! キミたちみたいなかわいくて優秀なパーティメンバーが、ちょうど欲しいと思ってたところなんだ!」
ちなみに今、インベーダーたちは、
――今ここにいる女どもは、タイを釣れるエビだ!
ゲットできれば、聖女ならホーリードール家に、魔導女ならビッグバン・ラヴに近づくことができるぜ!
粒ぞろいだから、そばに置いておいておけば、いろいろ楽しめそうだし……。
能力も高いから、出世のための踏み台くらいにはなるだろうな!
などと思っていた。
もちろんそんな浅はかな考えなど、もはやすっかりお見通しなわけで……。
彼女たちに魔の手が伸びかけたところで、
……ドグワッ……シャァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
野良犬軍団のパンチによって、再び彼らは地に伏していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、だいぶ長くなってしまったが……。
敗戦した勇者たちは、プライベートビーチの外れにある、砂浜に埋められていた。
先に埋められた者たちも合わせて、総勢400名。
それは海辺にある、広大なスイカ畑のような壮観な光景であった。
そこで行ったり来たりしていたのは、無数のカニとカメたち。
彼らは収穫期のような忙しさで、勇者を痛めつけるのに余念がなかった。
まずはヤシクダキというカニが、鍬のようなハサミを使って、農夫のごとくザクザクと顔面を裂く。
そのあとにキャノンタートルというカメが、農業機械のようにやってきて、尻を向けて高速の卵を発射。
それで勇者たちの顔は、小口径の銃弾を撃ち込まれたスイカのようにズタズタになる。
そして時折、錆びた風という名の馬が、頭上を跨ぐように通り過ぎていく。
雨雲のように、じょばじょばと尿を撒き散らしながら。
ヤシクダキとキャノンタートルは母数がかなりいたのだが、錆びた風は1匹。
それで400人もの勇者を相手にするのは大変だろうと思われたが、さすがは『魔界の冥馬』と呼ばれる存在。
無限の膀胱を持ち合わせているかのように、水やりには余念がなかった。
ビーチには、スイカたちの悲鳴がこだまする。
「ぎゃあああっ!? やめろっ!? やめろぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
「もうやめてっ! もうやめてっ! 俺が、なにをしたっていうんだっ!?」
「お、俺は勇者だぞ! こんなことをしたら、鍋にして……! うそうそ、いやだ! いやだあああっ!」
彼らは神尖組の中でも下っ端である。
数える罪もそれほど多くはなかったので、この程度ですんでいた。
悪魔が彼らに下したのは、
顔面ズタズタの刑、24時間……!
そして、プラスアルファ……!
『プラスアルファ』が何なのかは、このあと明らかになろう。
それよりも、アレがどうなっているかを、見てみよう。
アレは、プライベートビーチのはずれのさらにはずれ、誰もいない海の真ん前にいた。
プレミアムなスイカのように並べられた、みっつのアレ。
「ざ……ザマを……! ザマをこんなところに埋めて、タダで済むと思っているんでチュかっ!? ザマもマザーと同じく、ゴッドスマイル様の寵愛を受けている大聖女なのでチュよっ!?」
「その通りでございます! きっとゴッドスマイル様は、ワタシどもが本命なのでございます! ワタシどもの気を引くためにわざと、ホーリードール家を特別扱いなされているのです! だから実質、ワタシどもストロードール家こそが、ナンバーワンなのでございます!」
「うわあああっ! 怖いでしゅ! 泣いちゃうでしゅ! いいんでしゅか!? 早く助けないと、この天使みたいなベインたんが、泣いちゃうでしゅよぉーーーっ!?」
その訴えは、もはや誰の耳にも届かない。
潮騒にかき消されるのみ。
いや……いた。
ひとりだけ、いや、ふたり……。
いいや、2匹だけ……。
その最後の言葉に、耳を傾けるものが。
……ガサッ……!
彼女たちの視界の隅にある、森から現れたそれは、黒い影だった。
……ザバッ……!
そして反対側の視界の隅にある、海から現れた、もうひとつの黒い影……。
そのふたつの影は、音もなく近寄ってきた。
その存在感だけで、異形のものだとわかる。
その気配だけで、彼女たちは黙り込んでしまう。
瞳の端でぼんやりとしていた影は、近づくにつれはっきりと形を結びはじめる。
そして、ついに……!
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼女たちはその見目を瞳に映しただけで、魂ごと吐き出してしまいそうなほどに、叫びだしてしまった……!