158 ○○○○○○の癒し
縛られた勇者たちは歓喜した。
最後の最後で、ザマーがとんでもない一撃をカマしてくれたと……!
これで俺たちは、自由になれると……!
ちょっと醜態は晒してしまったが、これですべてチャラになるだろうと……!
寝返れば、かばってやると言っているが、きっと嘘だろうと……!
ヤツらを騙して信じ込ませて、縛り上げたとたん、首を跳ね飛ばすだろうと……!
ザマーは、勇者という名のホストたちに囲まれた、富豪女のように……。
シャンパンの栓のように吹きとぶ、野良犬たちの首をバックに……。
高らかに、嘲笑うのだろうと……!
……しかし、ここには大きな誤解がいくつかある。
もはや、野良犬軍団はひとつであった。
クーララカは、バジリスは、ビッグバン・ラヴは、ワイルドテイルたちは、兵士たちは、大魔導女学園の生徒たちは、スラムドッグスクールの聖女たちは……。
マザーを裏切るくらいなら、死を選ぶほどに……。
一枚岩を通り越した、金剛なる絆で結ばれ……。
ダイヤモンドの巨大な原石のように、輝いていたのだ……!
だからこそ、誰も動こうとはしなかった。
勇者にはやしたてられても、なお……!
「おいおい、なに迷ってんだよ! はやく俺たちの縄をほどけよ、このゴミどもが!」
「死にたくねぇんだろ? だったら早くしろよ!」
「それにさっさと、あのうぜぇメスブタどもを血祭りにあげろ!」
「あっ! ちょっと待て! その前に、俺にヤラせろ!」
「なんだよお前、あんな顔がザックリ裂けた女どもがいいのかよ!?」
「袋をかぶせりゃいいだろ! 女なんて、なんだって一緒なんだからよ!」
「そうか! その手があったか! あのメスブタども、身体もイケてるからな!」
「ヒョーッ! ならさっそく順番決めを……」
……ドグワッ……シャァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
野良犬軍団のパンチが、勇者たちの頬にめりこむ。
数珠繋ぎに縛られているので、次々と将棋倒しになっていく。
「この、下衆どもが……!」
「やはり勇者という生き物は、この世界におってはならぬ存在のようだな!」
「マジ……! マジ超ムカつかなくなくなくなくないっ!? あーし、生まれてはじめて、誰かをブッ殺したいと思った……!」
「ふーん、とっくじゃん」
温厚なワイルドテイルたちも、かつてないほどに激怒していた。
「お前たちのような、薄汚い者たちと一緒にするな! ワシらは身なりはボロでも、心までは汚れてはおらんぞ!」
「そうじゃ! マザーは、さんざんお前たちが汚いといって罵ってきたワシらの手を……ギュッと握りしめて微笑んでくださったのじゃ!」
「そんな聖母様のようなお方は、この世界中、どこを探したっておらん! そんなお方を裏切るなんてこと、死んだってできるわけがなかろう!」
「少しくらいお顔が傷付いたからといって、何だというんだ! そんな傷くらいで、マザーの美しさは、翳ることはないっ!」
倒れた勇者たちに、口々に怒りをぶちまけるワイルドテイル。
許せなかったのだ。
マザーをメスブタ呼ばわりされたのが。
許せなかったのだ。
高速を通り越し、音速……いいや、もはや光速の域に達したかのような、彼らの手のひら返しが……。
そして何よりも、許せなかったのだ……。
こんなヤツらに自分たちの愛する家族は殺され、そして……。
自分たちを家族として扱ってくれたマザーが……。
こんなヤツらのために、心身ともに傷付けられてしまったことが……。
やるせないほどに、許せなかったのだ……!
ワイルドテイルたちは、とうとう泣き崩れてしまった。
「ああ、おいたわしや、マザー!」
「我らのために、身も心も犠牲にしてくださって……!」
「マザーこそ、我らの女神様じゃ! 本当の、女神様じゃぁ!」
「どうか罰してください、女神様! 我らのふがいなさを!」
「あなた様をお守りできずに、傷付けてしまった、ワシらを……!」
「どうかどうか、厳しくお叱りくださいっ! でなければ、ワシらは、ワシらはっ……!」
泣いてすがる彼らに、それまで背を向けていたマザーはようやく気付いた。
「あらあら、みんな、どうしちゃったの? マイランちゃんは無事だったのだから、そんなに泣かなくても……」
「ち、違うのです、マザー! ワシらはマザーのお顔が傷付いてしまったことを、深く悲しんでいるのです!」
ここにもひとつ、誤解がある。
ホーリードール家の少女たちは、顔を傷付けてしまったことをさぞや後悔し、泣いて悔しがっているだろうと誰もが思っていた。
ストロードール家の姉妹たちは特にそう思っていて、顔がニヤけっぱなしだった。
彼女たちはこれから思い知るのだろう。
自分たちがチヤホヤされていたのは、顔のおかげだったのだと気づき……。
汚い野良犬一匹のためにそれを手放したことを、死ぬほど悔恨するのだろうと……!
しかし悲劇のヒロインたちである当人たちは、そうでもなかった。
「あらあら、そんなこと、気にすることはないわ。だってママたちは、ぜんぜん気にしてないんですもの。ねっ、プリムラちゃん?」
「はい、お姉様。顔の傷なんて、見た目だけのものですから、きっとすぐに慣れると思います。おじさまはどう思われるか、ちょっと心配ですけど……」
「ゴルちゃんなら大丈夫よ。だってゴルちゃんのお顔にも、おっきな傷があるでしょう?」
「あっ、そう考えれば、おじさまとお揃いですね! またひとつ、おじさまに近づくことができました!」
少女たちはキャッキャとおしゃべりしながら、くるりと皆の元へと振り返る。
そして……ついに明らかになった。
最後の誤解、最大の齟齬が。
上下の歯が合わないどころか、アゴが外れて、戻らなくなってしまったような……。
すべての者にフガフガと、言葉にできない最大級の衝撃を与えることとなる……。
神の見えざるアッパーによって、アゴごと打ち砕かれてしまいそうなほどの、壮豪たる齟齬がっ……!
……それは、悲しみにくれる彼らと、当の聖女たちの反応のギャップではない。
それは、なんと……!
いつもであればここで、絶叫が響き渡っているところなのだが……。
衝撃のあまり誰もがフガフガしていて、言葉にできずにいた。
最初にそれを言語化したのは……。
女神たちに抱かれた天使のような存在だった。
彼女はぺたぺたと姉たちの頬に触れていたのだが、ふと気付くと、
「あっ、ママもプリたんも、おキズが消えて……おかおが、キレイキレイになってる!」
「えっ……ええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
毎度おなじみとなった絶対叫喚が、ビーチを揺るがす。
さきほどまで、漫画の強キャラ演出のために、割られてしまった月のようだった顔。
白桃のような頬は、ぱっくりとふたつに裂けており……。
しかもザマーの呪いじみた祈りによって、傷痕は溶岩の地割れのように赤黒く、ぐつぐつと沸き立ち……。
痛ましさと忌まわしさのあまり、思わず目を背けてしまいたくなってしまうような……。
奴隷の刻印のようであった、その傷痕は……!
半分に、いいや、3分の1……いやいや、4分の1、5分の1に……。
いやいやいやいや、そうしている間にも、口を閉じていくかのように……。
それまでイキっていた雑魚悪魔が、伝説の悪魔を前にしてしまったかのように……。
ふたりの少女の顔から、すごすごと退散していく……!
そしてついに、ただの赤い線になり……。
まるでそんな傷など、最初から無かったかのように……!
完全に、消え去った……!
まさに、奇跡の一部始終ともいえる瞬間を目撃した者たちは……。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
さらなるパーフェクト・スクリームを解き放つっ……!
ただでさえ泣き崩れていたワイルドテイルたちは、ついに号泣……!
赤子に戻ってしまったかのように、わんわんと泣きじゃくりはじめる……!
「わあっ! うわああっ! わああああっ!」
「治った! 治った! 治ったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」
「リインカーネーション様と、プリムラ様の、お顔の傷が……!」
「きれいさっぱり、なくなったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」
「なんでじゃ!? なんでじゃなんでじゃなんでじゃ!? なんでじゃぁ!?」
「やっぱり……! やっぱり間違いない! ホーリードール家の聖女様たちは、女神様の生まれ変わりなんじゃ!」
女神と呼ばれた彼女たちを、よく知る者たちは放心しきり。
「ま、まさか……い、癒やしも祈りもなく、傷を治してしまうだなんて……!」
「ホーリードール家の者たちは、まさか、それほどまでの域に達していようとは……!」
「ふ、ふーん、お、おかしいとは思ってたんだよね。だって今まで『いたいのいたいのとんでいけ』なんて言葉だけで、癒しの力を発揮してたし……」
「む……難しいことなんて、もうどうでもよくなくなくなくなくないっ!? やっぱマザーとプリっちって、最高じゃなくなくなくなくなくなくなぁーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」
何事にも素直に喜怒哀楽を表現するバーニング・ラヴの一言によって、人々の奇跡は歓喜に変わる。
約3名を除いて。
人々がマザーたちに注目している間に、隠し持っていたナイフで拘束のロープを切り、自分たちだけコッソリ逃げようとしていた、3姉妹は……。
忍び足の最中、なんとなく振り返って、マザーの顔を再確認した。
自分たちが付けた傷を、最後にひと目だけ拝んで、そのまま姿をくらますつもりだったのだが……。
彼女たちも、目撃してしまったのだ。
リアルタイムで、自分たちの必殺技が……!
いままで数多の大聖女をスクラップにしてきた、フィニッシュ・ブローが……!
目の前で、破られる瞬間をっ……!
このことにいちばんショックを受けたのは、言うまでもないだろう。
「ぎょ……ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
ザマーは脱走の最中であることも忘れ、絶境に突き落とされてしまったかのような絶叫をあげる。
崩れ落ち、砂浜をダンダンと叩く。
「なんででチュッ!? なんででチュッ!? なんであの傷が、治るんでチュかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
とうとう狂ってしまったように、地面にドスドスと頭を打ち付けはじめる。
「あ……! ありえませんっ!? ストロードール家に伝わる、聖なる秘術によって与えた傷は、女神の下賜とされ……! どんな力を持ってしても、消すことなどできないのでございます!!」
ザマーの隣にいたブリギラも同じように頭を叩きつけていたのだが、その先は岩だった。
しかし気が触れてしまったかのように、ガンガンと打ち付けるのをやめない。
「ザマの力が通用しないだなんて初めてでしゅ!? ウソでしゅ!? ウソでしゅウソでしゅウソでしゅ! ウソでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ブリギラの隣にいたベインバックは、おもちゃをねだる子供のように、砂浜を七転八倒。
思い思いに全身を使って、悔しさの表現をするストロードール家の聖女たち。
しかしそれでも最後は三人揃って、
「「「あ……ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」」」
得意のヘッドスピンで地面に埋没してしまった。
本当は連休明けにざまぁに突入する予定だったのですが、すっ飛ばして間を短縮しました。
お待たせしました! 次回、いよいよです!