157 ワルあがき
この島でいちばんの楽園とされていた、ホーリードール家のプライベートビーチは無惨な変貌を遂げていた。
大破した屋敷に、血で汚れた白砂。
倒壊してしまった聖女たちの看板……。
そして……。
悪夢のあとのような、強者ども……!
この島を支配していた彼らは、今や数珠繋ぎで縛られている。
筆頭のストロードール家の三姉妹こそ汚れたローブをまとっていたものの、あとに続く勇者たちは全員パンツ一枚。
これまでの栄華からは考えられないほどの、落ちぶれようであった。
特に、勝つためにさんざん悪行を重ねてきた三姉妹たちは悔しがっているだろうと思われたが、そうでもなかった。
「アラアラ、これで勝ったと思わないことでチュねぇ」
「左様でございます。かりそめの勝利に酔いしれることこそが、野良犬にはお似合いなのでございます」
「ヒヒヒ……! 今だけせいぜい、喜んでいるがいいでしゅ!」
そんなものは捨て台詞だと、野良犬たちは誰も相手にしなかった。
ただひとりを除いて。
「フン! 貴様らの悪行など、しょせんはこの程度のもの……! 我ら『わんわんクルセイダーズ』の前では、児戯に等しいのだ!」
「ヒヒヒ……! コイツら偶然勝ったからって、調子に乗ってるでしゅ!」
「バカというほうがバカなのだ! バーカ! バーカ! バーカ!」
「これ、クーララカ! 子供と本気になって言い争いをするでない!」
「い……いえ! バジリス様! 私は本気になってなどおりません! こやつらがあまりにも身の程知らずなので、それを思い知らせてやっているのです! 今や、我らこそが正義! 『野良犬クルセイダーズ』、ばんざーいっ! 『野良犬バスターズバスターズ』、ばんざーいっ!」
しかしクーララカ以外の野良犬軍のメンバーたちは、快哉を叫ぶものはいなかった。
大逆転勝利をもぎ取ったというのに、誰もが惜敗してしまったかのようにうなだれている。
その憂鬱の理由は、敵たちもよく知っていた。
「バカめ! ホーリードール家のメスどもがあんなザマになってしまっては、お前たちも終わりだ!」
「そうだ! 今まではホーリードール家のメスどもがゴッドスマイル様のお気に入りだったから、俺たちも本気を出せなかったんだ!」
「だが、あのメスどもの顔が裂かれてしまった今、ホーリードール家はなんの価値もなくなり、なんの加護も得られなくなった!」
「これがどういうことかわかるか! 世界中の勇者を、敵に回したことになるんだぞ!」
いままでは下手に手出しをすると、降格どころか即堕天もありえたアンタッチャブル。
それがホーリードール家。
この世界での聖女は、容姿がもっとも重要視される以上、今回の一件はあまりにもダメージが大きすぎた。
マザーとプリムラという、憧れの聖女ワンツーであった少女たちがキズモノになってしまった以上……。
同家の評価は、地の底にまで落ちぶれ……。
『見えざる神の手』までもが、失われてしまった……!
そう……!
勇者たちは、もはや彼女たちに遠慮する必要はなくなったのだ……!
この事実が知れ渡ってしまえば、大挙として勇者がこの島に殺到するだろう。
勇者たちの沽券にかけて、野良犬軍団を滅殺しようとしてくるだろう。
そうなれば、待つのは地獄……!
どうあがいても最悪の結末しかない、死のアミダクジ……!
ストロードール三姉妹は今、どう見ても敗者の姿形であったが……。
顔だけは勝者そのもので、張り裂けんばかりに破顔していた。
「アラアラァ……マザーのいない野良犬の群れなど、カップのない、アツアツのコーヒーのようなもの……! 誰からも受け止めてもらえず、床にぶちまけられる運命なんでチュねぇ……!」
ザマーは両手を縛られているので、口を覆い隠すことができない。
それでもおかしくてたまらず、コンプレックスの出っ歯が丸見えになるのもかまわず哄笑する。
「アナタたちは試合に勝って、勝負に負けたんでチュ! チュチュチュチュチュ! チューーーーッチュッチュッチュッチュッチューーーッ!!」
彼女は美しさを取り戻した瞳を、キラリ輝かせながら……。
さらに、悪魔のようなささやきを吟ずる。
「でも……ザマはどこかのエセ聖女とは違うでチュ。きったない仔犬を助けただけで、聖女ぶっているアバズレとは違い、本当の『愛』というものを持っているのでチュ。だから……深く反省して、ザマたちを解放するのであれば、特別に助けてあげるでチュ。ザマがゴッドスマイル様にお願いして、すべての罪をあのエセ聖女がしたことにしてあげるでチュ」
彼女は出っ歯で貫くように、ある方角を見た。
そこには背を向けて、子供たちをあやしているホーリードール家の姉妹たちの姿が。
「さぁ、みんな! 良い仔になるための、最後のチャンスをあげまチュよぉ! 助かりたかったら、あのエセ聖女たちを吊し上げるでチュ! 心どころか、顔かたちまで醜く落ちぶれ、正体を表しつつある邪神の化身を! 今すぐ裸にひん向いて、穴という穴に棒や砂を詰め込んで、このザマに捧げるでチュ! そうすれば、みんなはザマの手によって、救済される……! お日様の下を大手を振って歩ける、『良い仔』になれるんでチュよぉ!!」
瞬間、ざわめきと歓声が交錯する。
ざわめきは野良犬、歓声は勇者からおこった。
「ザマーの言うとおりだ! このままじゃお前たちは、全員、明日にでも晒し首だろうなぁ!」
「本気になった勇者は、女子供だって容赦しねぇぞ!」
「そうだそうだ! 想像してみろ! お前たちの愛する家族たちの生首が、カラスに突かれているところを!」
「そうなりたくないだろう!? だったらおら、今すぐザマーの言うとおりにするんだ!」
「もうホーリードール家のヤツらはメスブタ以下だ! ブタに遠慮することなんてねぇ!」
「やっちまえ! やっちまえ!」
「さすがです! ザマー! ストロードール家の女は、ピンチをチャンスに変える……! ワタシどもの、逆転勝利でございます!」
「ヒヒヒ……! 勝負にはもちろん、最後の最後には、試合にも勝つ……! それがザマーでしゅ! 大好きでしゅ!」
ザマーの土壇場の機転により、勇者軍団は息を吹き返す。
それはさながら、ツーアウト満塁逆転サヨナラホームランを打った相手チームに対し、試合後の控え室に殴り込みをかけるようであった。
それどころか相手選手をも煽動し、相手チームの監督だけを磔にするような暴挙……!
彼女はいつもこうした口八丁手八丁で、絶望的な逆境をいくつも乗り越えてきた。
こんな非常事態ですら、彼女にとっては散髪くらいの頻度でおこる日常である。
いわば温室育ちのマザーとは、くぐり抜けてきた修羅場の数が違う……!
と、彼女自身は思っていた。
そしてザマーは、ハナから野良犬軍団など相手にしていなかった。
彼女が狙うはただひとつ……。
ホーリードール家っ……!
自分のパクリで、ここまでのし上がってきたと思っている……。
マザー・リインカーネーション、ただひとり……!
自分が世界一の聖女になれないのは、あの首魁がこの世にいるから……!
だからこそ自らの手で、その素っ首を搔っ切ってやると……!
それを三尺高い木の枝に引っかけて、午後の紅茶をたしなんでやると……!
彼女は、天地神明に……!
血染めのティーカップに、誓っていたのだ……!
すいません…。
もはや限界なのはわかっているのですが、あと1話だけザマーの悪あがきに付き合っていただけませんでしょうか…。
次回でもう、アレがアレしますんで…。