156 ついに決着
野良犬軍団最大のピンチを救ったのは、神速で突っ込んできた船たちであった。
まず、建造を終えたばかりの『スラムドッグマート』の商船。
それが神の拳のごとく、屋敷を破壊しつつビーチに乗り上げた。
中には、『スラムドッグスクール』の聖女の卵たちが50名。
いずれも、マザーの胸に抱かれ温められ続けてきた、青い鳥たちである。
その癒やしの力は、ザマーの虎の子である聖女軍団すらも、凌駕するっ……!
そして立て続けに到来したのは、5隻の高級クルーザー。
それが彗星の如く、ほうき星のような航跡波を逆立てながら次々と着弾。
中には、『大魔導女学園』の生徒たちが10名ずつで、こちらもあわせて50名。
いまや同学園の副学長を務めているミグレアが、厳選した優等生たちである。
その火力は、超高校生級……!
多くの勇者から引く手数多な人材であったが、彼女たちは決して勇者にはなびなかった。
この瞬間のためであるといわんばかりに、大魔法をビーチの勇者たちめがけて、叩き込んだのだ……!
同格の勇者と魔導師の場合、魔導師のほうが火力は高い。
そのぶん魔導師は脆弱であるし、剣撃と違って魔法は詠唱を必要とする。
しかし、ビーチに倒れていた野良犬たちが、彼女たちを援護したのだ。
彼らはクーララカの合図のもと、食らいつくように勇者の足にしがみつくと、
「我らが押さえているから、撃てっ! 撃つのだ! 我らごと貫くつもりで、やれーーーーーっ!!」
そして雨あられのごとく降り注ぐ光弾。
神尖組の制服には対魔法防御の練成が施されているものの、いくら防弾チョッキとはいえ限界はある。
蜂の巣を突いたようにまとわりつくマジック・アローの群れに、彼らの装備はやがて引き裂かれ……!
焼け出されたように、ズタボロにっ……!
「ぎゃあああああーーーーーーーっ!?」「うぎゃあああああーーーーーーーーっ!?」「いでぇ、いでぇよぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!?」
ビーチは勇者たちの処刑場と化したのだ……!
奇跡の奇襲は大成功を収めたうえに、勇者軍と野良犬連合軍の兵数の差も埋まってしまった。
となると、もはや結果は言うまでもないだろう。
グレイスカイ島のとあるビーチで起こった局地戦は、両軍の立場が二転三転する大激戦となった。
しかし、その地に最後に立っていたのは……。
野良犬たちであった……!
倒れ伏したのは、300名もの勇者たち。
絨毯爆撃が通り過ぎた後のように、パンツ一枚の全身は見るも無惨な有様になっていた。
「うう……」「いでぇ……いでぇよぉ……」「死ぬ、死ぬぅぅ……」などと呻きながら、瀕死の身体を蠢かせている。
かたや野良犬たちは疲労困憊ではあったものの、負傷者はゼロであった。
なにせマザーたちにかわって、50名もの聖女たちが癒やし続けてくれたのだから。
彼らは誰もが肩で息をしながら、あたりを見回していた。
ある人物を、探していたのだ。
それは……。
自らを犠牲にして、小さな生命を救った、偉大なる聖女たち。
彼女たちはビーチの隅のほうで縮こまって、泣いていた。
長女、次女、三女が、お互いの身体を寄せ合い……。
中央にいるワイルドテイルの幼子を、抱きしめていたのだ。
瞳から、ダイヤモンドのような涙を、惜しげもなく流しながら……。
「ああっ! ああっ! あああっ! よかった! よかったわぁ! マイランちゃんが無事で、ほんとうに良かったぁ!」
「ああっ……! お怪我はありませんか!? 痛いところはありませんか!? ああっ……! ご無事で何より、何よりでした……!」
「うわああああんっ! マイたんよかった! マイたんよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
彼女たちは小さな命が守られたことを、心の底から喜んでいた。
しかしマイランは……。
「ご、ごめんよぅ。ごめんよう……! おいらのせいで、聖女様たちの綺麗なお顔に、傷が……!」
すると彼女たちは、とんでもないといわんばかりに目を剥いた。
「なにを言っているの!? マイランちゃんのためなら、ママたちの顔の傷くらい、なんでもないわ!」
「そうです! 命は何ものにも変えられません! 命にくらべたら、顔なんてどうだってよいのです! おじさまもおっしゃっておりました! すべては命あってこそ、と……!」
「うわああああんっ! マイたんよかった! マイたんよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
ひっしと抱き合って、わぁわぁと大泣きする聖女たちに、マイランもついに決壊。
「うわああっ! おいらたち、おいらたち……! いままでずっと勇者様や聖女様たちから、生きてる価値のないゴミだって言われて続けてきたのに……! 無事でよかったなんて言われたの……初めてだよっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
その美しい光景に、誰もが思う。
戦って、よかった、と……!
勇気を振り絞って、勇者に抗ってよかった、と……!
マイランの命が……いいや、多くのワイルドテイルたちの命が守られたのは……。
勇者の暴虐に、立ち向かったからだ、と……!
誰もがそう実感していた。
そして、ホーリードール家の愛の深さというものを、改めて実感する。
その感情にさらに拍車を掛けていたのは、とあるオブジェ。
ホーリードール家が大輪の花のように抱き合い、満開の花のよう嬉し泣きをしている、少し離れた場所に……それはあった。
「ヂュッ!? ヂュウッ!? ヂュウウッ!? 早くザマを助けるでヂュッ!? ブリちゃんにベインちゃん!? なにをしているでヂュッ!? ザマを引っ張り上げるでヂュゥゥゥゥーーーッ!!」
「引っ張らないでください、ザマーっ! 苦しいのでございます! でもピンチをチャンスに変えるのがストロードール家の女……! ザマー! お覚悟を! このままザマーが埋没死すれば、ストロードール家のザマーの座はワタシのものになるのでございます!」
「いいから2匹とも、さっさと死ぬでしゅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!」
ゴルドくんの一撃で空中に吹っ飛ばされてしまったストロードール家の聖女たちは、空中で揉み合いになり、誰を下敷きにするかで揉めあった。
しかし例によって、3人仲良く頭から砂浜にダイブ。
最初は首までしか埋まっていなかったのだが、自分だけが助かろうとまた争いを始め、とうとう3人とも脚だけ残して深く埋没してしまったのだ。
嬉しくないパンモロ、再びっ……!
地中から、ウギャアウギャアとくぐもった絶叫を響かせながら、6本もの脚が触手のようにのたうつ様は、魔界に咲く食虫植物のような醜さであった。