155 若き血潮
……その悪魔は、犬の姿をしていた。
3等身以下の身体つきで、背中にマントを羽織り……。
彼のお約束ポーズであるサムズアップで身体を横たえ、空を飛ぶようなポーズで……。
本当に空を飛んでいるかのような勢いで、突っ込んできたっ……!
……それは、それは……。
平凡な日常を描いた漫画に見せかけ、ページをめくった途端に見開きでバイオレンスが炸裂するような……。
掟破りの手法であった……!!
ズドガッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
その様子を、ビーチの者たちはストップモーションで目撃していた。
巨大な商船が、波を真っ二つに割り……。
流星のようなスピードで屋敷に突っ込んでいく、その瞬間を。
ザマーたちがいた屋敷に、大穴が空き……。
木片やガラス、家具や建材が、ウエハースのように粉々になって散っていく、一部始終を。
光速船のような勢いで突っ込んできたのは、『スラムドッグマート』の商船であった。
グレイスカイ島に出店するにあたり、ゴルドウルフが指示して作らせていたものだ。
船首像には同店のマスコットキャラクターであるゴルドくんが採用され、そして船体にも大きくゴルドくんが描かれている。
それはどちらも、空飛ぶヒーローのようなデザインであった。
この船で、『スラムドッグマート』の商品をいちはやくお届け、というイメージだったのだが……。
今この状況においては、悪の聖女一家に、正義の飛び込みパンチを下したようにしか、見えなかった……!
そして、ビーチにはいろんな衝撃映像が満載で、どこを見ていいのかわからないほどであった。
まず衝突の衝撃で、ベランダからブッ飛ばされるストロードール三姉妹と、人質のマイラン。
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
もはやおなじみとなりつつ断魔の叫号を轟かせ、高く高く宙を舞う。
そこに片雲のような灰色の綿毛のカタマリが飛来。
その、もこもことした見た目とは真逆の鋭さで、マイランをすばやくかっさらっていく。
そして、突っ込んできた船の甲板は、積雪で覆われているかのように、白い存在がひしめきあっていた。
その正体に気付いたクーララカが叫ぶ。
「あっ!? お前たちは、『スラムドッグスクール』の……!?」
一気にビーチの平均年齢を引き下げるような、若さあふれる声があふれる。
「はいっ! 皆様が戦ってらっしゃると伺って、私たちも駆けつけました!」
「この船って、こんなに速度が出るんですね! ビックリしました!」
「いますぐ、皆様を癒やさせてくださいっ!」
船に乗っていたのはなんと、ホーリードール家に憧れ、マザーやプリムラの教えを求めて『スラムドッグスクール』に通う、聖女たちであった……!
彼女たちはいわば、マザーの卵……!
そして、おじさマニアの使徒だったのだ……!
そんな少女たちの祈りは、曇り一つない……。
生まれたての光のように、清らかで……!
……シュパァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!
みずみずしい光輝がビーチを覆い、勇者たちのリンチでボロボロになっていた兵士やワイルドテイルたちが回復していく。
マザーの卵たちの癒やしはまだ弱く、範囲効果では覚束ないうえに、勇者のみを治さないといった器用なこともできない。
しかし単体効果であれば、ザマーの聖女軍団よりも上回る……!
技術面だけでいえば、ザマーの聖女軍団のほうに軍配があがる。
詠唱もたどたどしくゆっくりで、途中でつっかえたりもしていた。
しかしマザーやプリムラたちは、彼女たちにこう教えていた。
「あらあら、慌てる必要はないのよ。大切なのは早く祈りをすませることじゃなくて、気持ちを込めることなのだから」
「はい、そうですね。治してさしあげたい人の笑顔を思い浮かべて、心のなかでいっしょに笑ってみてください。そしてその気持ちが本当になるように、心の底から祈ってさしあげてください。たとえ拙くても一生懸命やれば、お気持ちはきっと女神様に伝わります」
「買ってきた綺麗なマフラーよりも、手編みのボロボロのマフラーのほうが、男心を掴めるのん」
「そういうもんなの? アタシはスラムドッグマートのマフラー以外は嫌だけど」
「私は何度か、手編みをしたことがありますぅ! いつも自分も一緒に編んじゃって、大家さんのわんちゃんに助けられるときに、ボロボロにされちゃいますけど……」
そんな和気あいあいとした教室のなかで育まれた祈りは、本物であった。
光に包まれ、健やかに回復していく野良犬たち。
それまでは勇者たちも呆然としていたが、ついに我に返った。
「くそっ! ガキの聖女たちが来たからってなんだってんだ!」
「もうリンチは終わりだっ! こうなったら一気にカタをつけてやるっ!
「全員、首を跳ね飛ばしてやれっ!」
彼らは一斉に剣を抜いた。
……が!
……バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
無数の光の矢がビーチに撃ち込まれ、勇者たちの身体に当たって爆散する。
「ぎゃあっ!?」「うがっ!?」「な、なんだっ!?」
続けざまに、先ほどの商船に負けないほどの勢いで、次々とビーチに乗り上げたのは……。
複数の、プライベートクルーザーであった。
そこに乗っている少女たちは、スラムドッグマート謹製の、カラフルなローブをまとう。
その正体に真っ先に気付いたのは、ビッグバン・ラヴであった。
「あっ!? みんな……!? どうしてここにっ!?」
「ふーん、応援じゃん」
花咲くようなキャピキャピした声に、ビーチがさらに若返る。
「あっ、師匠っ! いたいたー!」
「師匠! あたしらミグレアさんに言われて、助けに来たっす!」
「師匠! 加勢するよっ!」
「でも師匠、この船チョー最高だよっ! こんなに速い船、初めて!」
「師匠もこっち来て、乗ってみなって!」
「ってか、あーしらのことを『師匠』って呼ぶなっていつも言ってるし! そもそも同い年だし!」
「バーちゃん、そんなことより、早く反撃しよう!」
ビーチを揺るがしたのは、悪魔……!
そして十重二十重の、少女たち……!
勇者に仇なす若き種子たちが、異国の島で芽吹いた瞬間であった……!