152 我らがザマー
「アラアラぁ……! この悪い仔を、イタイイタイ目に遭わされたくなかったら……! 悪い仔はみいんな、武器をすてて投降するんでチュッ!!」
潮風すらも静まりかえらせるほどのザマー怒声が、ビーチを支配する。
もし人質に取られたのが、兵士としての覚悟を決めた者であれば、『悪い仔』たちは誰ひとりとして武器を手放さなかったであろう。
しかし、天秤にかけられたのが、まだ物心のつかぬ幼子とあっては……。
死の覚悟をさせるわけにもいかない。
もともと温和な種族である、ワイルドテイルたちにとっては、なおさら……!
彼らは誰からともなくだらりと手を下げると、足元にぼとぼとと武器を落としていった。
すでに彼らの考えに染まっていた、野良セレブたちも同じように。
つぎに決断したのは、バジリスであった。
「……『野良犬バスターズバスターズ』の者たちよ! 言われたとおりにするのだ!」
彼女自身が、携えていた剣を砂浜に置くと、ハールバリー小国の兵士たちや、賛同していた権力者たちが後に続く。
最後まで抵抗していたのは、クーララカとビッグバン・ラヴの3人。
しかし彼女たちもとうとう、軍門に下る。
祈りに集中していたマザーとプリムラも、引きずり降ろされてしまった。
ザマーの企てた『人質強奪作戦』は、見事なまでに奏功する。
あれほど手強かった野良犬軍団を、一瞬にして無力化してしまった。
これは勇者たちにとってはまさに、神の一手……。
いいや、無血結戦を成し遂げた、女神の一手であった……!
いままでは、家ダニか何かを見るようだった勇者たちの蔑みの眼差しも、一瞬にして変わる。
「す、すげえ……! すげえよっ! ザマー・ターミネーション殿!」
「俺たちが手を焼いていた野良犬どもを、あっという間に大人しくさせちまうだなんて!」
「マザーを射貫こうとしたのは、芝居だったのか……!」
「あえて不様な姿を演じることで、野良犬どもの気を引くだなんて……!」
「俺たちに勝利をもたらすために、自分が汚れ役になるのも怖れないだなんて……!」
「これが……! これが本当の聖女なのか……!」
「そうだ……! これこそが本物の、聖女の『献身』なんだ……!」
「すごい……! 俺たちには想像もつかないほどの、大きな『愛』……!」
「マザーなんか比べものにならねぇよ! ザマーは勇者にとって、最高の聖女だっ!」
「こんな素晴らしい聖女が、俺のハーレムに入ってくれたら……怖いものナシだっ!」
勇者たちは、子供の頃から人助けの文化がない環境で育てられる。
ただひたすらに、仲間を蹴落としてでも上に這い上がることだけを叩き込まれる。
そのため、自分より上の立場である勇者から命令か、または見返りがなければ、人を助けることをしない。
幼い勇者は『他人』の大切さを理解できないまま、青年になっていく。
彼らは、自分の仲間である勇者を人質に取られたところで、痛くも痒くもない。
たとえ自分をかわいがってくれた上司や、かわいがっていた部下がそれで殺されても、なんの呵責も感じない。
それはひいては、戦いにおいて『人質』の重要性を理解していないことでもある。
しかし今回の出来事で、彼らはザマーによって、『人質を取るメリット』を教えられた。
彼らはこうして、またひとつ『悪事』を覚えたのだ。
そんないい作戦を授けてくださったザマーは、雛鳥のような彼らにとっては、まさに親鳥のような存在となる。
勇者たちはこぞって、ザマーにラブコールを送った。
淫魔に魅入られた村人のように、目をハートにしながら。
そう……。
ストロードール家はこうやって多くの勇者や聖女たちを取り込み、今の地位にまでのし上がってきたのだ。
ザマーは若き勇者たちが自分の手駒になったことを確信すると、彼らをアゴでこき使う。
「アラアラ、ザマの『愛』をわかってくれるだなんて、勇者様たちは本当にいい仔たちでチュねぇ。それじゃあ、悪い仔たちにお仕置きしちゃいましょうねぇ」
「おうっ! ザマーっ!」
勇者たちはザマーの指示に従って、野良犬連合軍をふたつに分けた。
ひとつは、ホーリードール三姉妹、ビッグバン・ラヴ、バジリスの『傷つけてはならないグループ』。
もうひとつは、クーララカ、ハールバリー小国兵士、権力者、野良セレブ、ワイルドテイルたちの『好きにしていいグループ』。
その間、ストロードール家の聖女たちは岩から降り、プライベートビーチにある屋敷へと移動する。
屋敷のベランダから外に出て、女王のように下々の者たちを見下ろしていた。
「アラアラ、こんなにたくさんの良い仔たちが、こんなにたくさんの悪い仔たちを、メッてしてる……! 実にいい眺めでチュねぇ……! チュチュチュチュチュ!」
彼女の眼下には、総勢200名ほどの敗残兵、『好きにしていいグループ』たち。
みな勇者たちに袋叩きにあい、もはや瀕死なほどにズタボロになっている。
それでもリンチは止まないので、『傷つけてはならないグループ』の女性陣たちが必死になって止めていた。
「お、お願いです! 勇者様! それ以上は、お止めください!」
「うわああんっ! だめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「やめろっ! 嬲るような真似をするなっ! どうせ殺すなら、わらわともども打ち首にするがいい!」
「おいっ! 乱暴はやめるしっ! それ以上やると、あーしがブッ殺してやるしっ!」
「ふーん、マジギレしそうじゃん」
どちらのグループも縛られたりはしていないので、その気になれば抵抗もできた。
しかしワイルドテイルの幼子である、マイランがなおもブリギラの手にあったので、できなかったのだ。
ついにマザーがその膝を折った。
「お……お願い、ターミネーションちゃん! マイランちゃんを離してあげて! それに、みんなは悪くないの! とってもいい子なの! だから、酷いことはしないで!」
「アラアラ、たしかにそうかもしれませんねぇ。邪神の生まれ変わりであるマザー・リインカーネーションが、諸悪の根源……。となれば、マザーが責任を取ってくれるのであれば、慈悲を与えることも考えなくはないでチュよぉ……?」
「ほ……本当に!? マイランちゃんを返してくれるのであれば……。みんなを許しくれるのであれば、ママ、なんでもする……! この命だって、惜しくはないわ!」
すると、ザマーは隣にいたブリギラに目線を送った。
ブリギラはマイランを抱きすくめたまま、袖の下から器用にもう一本のナイフを取り出すと……。
ベランダから、マザーの足元へと放りやった。
「それで、アナタの顔をザックリと抉るのです! その世界で二番目の美貌を、二度と見られぬようにしたら……。そうしたら、この野良仔犬は、返してあげまチュよぉ!」
ザマーは高らかに嘲笑った。
「そう簡単に殺すと思ったら、大間違いでチュ……! アナタは醜女なって、これから一生、路地裏聖女以下の人生を送るんでチュ……! ゴッドスマイル様どころか、勇者様どころか、誰からも相手にされなくなって……ザマァザマァな最期を迎えるんでチュよぉ! チュチュチュチュチュ! チューーーッチュッチュッチュッチューーーーーッ!!」