25 王様のランチ、野良犬のランチ
話を渓流のキャンプへと戻そう。
子供たちはゴルドウルフの教えた『ひもぎり式』での火起こしに成功。
今までは火というのはマッチか魔法がないと起こせないと思っていた彼らに、大きな衝撃と自信を与えていた。
熱源と明かりが確保できたところで、次は調理。
グラスパリーンはこの日のために腕によりをかけて作った、材料がすでに仕込んである飯ごうを配ろうと、喜々として荷物の中から取り出していたのだが……。
彼女の手にあったのは、ただのレンガブロックだった。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ! 飯ごうと間違えて、レンガが入った荷物のほうを、持ってきちゃいましたぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
これには火起こしでテンションのあがっていた子供たちも、一気に消沈。
ゴルドウルフはまた、なだめ役に回るハメになってしまった。
しかしそれにしても、どうしても気になることがある。
「あの、先生……そもそもなんで、レンガブロックを詰めた荷物なんてものがあるんですか?」
「ああぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ! 私、私……体力がないんですぅ! 持久走でもヘトヘトになって、子供たちに背中を押されるくらいに……! だから日課として、レンガを入れた荷物を背負って鍛えてたんですぅぅぅぅーーーーーっ!」
「なるほど、そういうことでしたか。だったら間違えてしまうのも無理はないですね。だからもう、泣かないでください」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁーーーんっ! でも、でもぉ! 私ったら、うっかりミスばっかりで……! 本当に、本当にごめんなさぁぁぁーーーいっ!」
……渓流のせせらぎと、風にゆれる木々のざわめき。
自然が奏でるBGM……そこに不自然に混ざる、女教師の号泣と生徒たちの腹の虫。
皆、陸の孤島に置き去りにされたような絶望に打ちひしがれていた。
だがそのなかで、ひとり優雅に岩に腰掛けていたのは、件のお嬢様である。
「フフン、無様ね。アタシは貧民のエサなんてもともと食べるつもりはなかったから、どうでもいいけど」
そう鼻でせせら笑いながら、自前のリュックから取り出したのは……三段重ねのランチボックスだった。
「わが『ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』お抱えのシェフに作らせた、最高級のお弁当よ」
小さな膝に広げられた弁当たちは、実においしそうで見た目にも色鮮やか。
宝石箱のようにキラキラと輝く、見たこともないような高級食材に、クラスメイトたちは思わず見とれてしまう。
「フフッ、おあずけくらった犬みたい。私の足元で犬のマネをすれば、ひと口くらいは食べさせてあげなくもないわよ」
「……なんだとぉ!? ちょっと金持ちだからって、俺たちをバカにしやがって!」
これにはさすがにカチンときたのか、クラスいちのワンパク坊主を筆頭とした男子たちが立ち上がったが、ゴルドウルフがすかさず割って入った。
「みなさん、ケンカはやめてください。食べるものでしたら、まわりにいっぱいありますから、それを集めることにしましょう。幸い、私が持ち歩いている塩もありますので」
それで男子側は引き下がったが、お嬢様の口撃はやまない。
「なあに? パスタのかわりに石の下にいるミミズに塩かけて食べるつもり? さすがはド貧民ねぇ」
しかし何を言われてもゴルドウルフは紳士的な態度を崩さない。
麺をチュルンと吸い込む彼女に向かって、エスコートするように言う。
「いいえ、もっといいものですよ。そのお弁当と同じくらい美味しいと思いますから、シャルルンロットさんも一緒にいかがですか?」
しかし、にべもない。
「死んでもお断りだわ」と即答されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ひとり舌鼓を打つお嬢様をよそに、ゴルドウルフは先生と子供たちを集め、2グループに分けた。
すでに彼らの身体能力は把握していたので、ふたつのグループが均衡するように配分する。
「ではまず、渓流で魚を獲りましょう」
すると「ええーっ!?」と子供たちから驚きの声があがった。
彼らの気持ちを代弁するかのように、隣にいるお嬢様から突っ込みが入る。
「道具もなしで魚なんて獲れるわけないじゃない。バッカじゃないの」
「大丈夫ですよ。これからやるのは『石打漁』といって、石だけで魚を獲る方法です」
「石を川に向かって投げて、魚に当てようってわけね。そんなので獲れる魚がいるんだったら、竹槍で空を突いてたら刺さる鳥もいるかもしれないわね」
しつこく絡んでくるお嬢様に、舌打ちする男子たち。
しかしゴルドウルフは無視せず、いちいち相手をしてあげている。
「石を川に向かって投げるのはそうなんですが、魚に向かってではないです。では、実際にやってみせましょうか」
ゴルドウルフはグループを川上側と川下側に分ける。
川上側の子供たちには岩を担ぐように指示し、川下側の子供たちには裸足になって川の浅瀬に入るよう指示した。
その後、ふたつのグループのちょうど真ん中に立って、大声で叫びかける。
「みなさん、準備できましたねーっ!? ではまず、川上にいるグループは担いだ石を、川の真ん中にある岩めがけて投げてくださーいっ!」
「おおーっ!」
大きな石を神輿のように担いだ子供たちが、威勢のよい掛け声とともに走り出す。
「それーっ!」
勢いをつけ、川べりから放たれた石は、渓流の流れから顔を出す岩に見事に命中。
……ガァンッ!!
と乾いた音を川下まで響かせていた。
ゴルドウルフは踵を返す。
「すぐに魚が流れていきますから、川下のグループは手で捕まえてくださーいっ!」
川下のほうで食事を続けていたお嬢様は、ひとりごちる。
「フン、バッカみたい。あんなので魚が獲れるんだったら、釣り竿なんていらないじゃない。少し考えれば子供でもわかる理屈だってのに、グラスパリーンまで一緒になって……まったく、これだから下級職学校は……ええええーーーっ!?!?」
膝の弁当箱を落としてしまうほどの勢いで立ち上がった、彼女が目にしたもの……それは……!
名家のお嬢様にとっては、にわかには信じられない光景だった……!
「わあっ!? 本当に、本当に魚が流れてきたよっ!?」
「しかもプカプカ浮いてて動かない! 簡単に捕まえられる!」
「すっげぇーっ! 魚をこんな風に手づかみで獲れるだなんて、知らなかった!」
「わたし、お魚って初めて触ったかも! なんかヌルヌルしてる! おもしろーい!」
「おい見ろよ! 俺のなんてこんなにデッカイぜ!」
「わあっ! 大漁だっ! 大漁だぁーっ!」
ゴールドラッシュのように沸き立つ下流の子供たち。
上流の子供たちも、「わぁーっ!」と歓声をあげている。
グラスパリーンは下流組だったのだが、驚きのあまりすっ転んでしまい、1匹も捕まえられずにいたのだが、服の襟元に偶然入った魚を見つけ、子供たち以上に大喜びしていた。
その後、上流組と下流組を交代して、もう一度同じようにして魚を捕まえる。
このあたりは魚が多い渓流のようで、2回もやれば夕食にもじゅうぶんなほどの魚が手に入った。
しかしこれだけでは寂しかろうと、ゴルドウルフは子供たちを連れ立って山に入り、食べられる木の実の採り方などを教えた。
どっさりと木の実を抱えて戻ったあとは、魚を使った調理実習。
ここでもゴルドウルフの剣は大活躍。子供たちは自分の獲った魚を捌き、そして調理するという未知なる体験が楽しくてたまらないようだった。
そして、もちろん……その味は、絶品……!
木を削って作った串に刺し、塩を振って焼いただけの魚に、ひとくちかぶりついた瞬間、
「「「「「「「「「「おいっ……しぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」」」」」」」
森の鳥たちを飛び立たせるほどの、川の魚たちを跳ねさせるほどの、随喜の雄叫びが山びことなってこだまする。
だがそれは、当然……! 自然の摂理ともいえる必然……!
釣りたて、捌きたて、焼きたての魚が、まずいわけがない……!
しかもそれが初めての子供たちにとっては、なおさら……!
種類は同じなのに、いつも口にしている魚とは異次元のうまさに感じられた……!
踊るように串を打たれた、身の詰まった胴体にかぶりつくと、
パリッ……!
と皮の香ばしい食感……!
そのあとすぐに、
……ジュワァァァァ……!
と、旨味のたっぷり詰まったエキスがあふれ出す……!
さらに噛みしめると、ホクッ、ホクホクッとほぐれる白身……!
口の中で、ほんのりとした塩味と渾然一体になる……!
それらが奏でる野趣あふれるハーモニーを、青空の下、爽風のもと、気心の知れた仲間たちとともに、ごくりと飲み下すと……!
舌が、脳が……いや、身体全体が……!
いやいや、人間の本能がむせび泣くほどの絶味となって、少年少女たちを悶絶させるのだ……!
※『石打漁』は日本においては多くの河川で禁止されおります。真似しないようにしてください。
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