142 威風堂々
高級ホテルのエントランス。
ピアノの置かれた演奏ステージの上で奏でられていたのは、烈火のごとくの旋律であった。
「ザマー! なに言ってるし! マザーは悪い子なんかじゃないし! むしろチョーいい子だし!」
しかしその炎ですら、ザマー・ターミネーションは涼風のように受け止める。
「アラアラ、アナタは『カストリモデル』のバーニング・ラヴちゃんね」
「カストリモデル? 何言ってるし? それを言うならカリスマモデルっしょ?」
すると、いつのまにかバーニング・ラヴの後ろに来ていたブリザード・ラヴがささやきかけた。
「バーちゃん、『カストリ』ってのは低俗……ようはくだらないって意味だよ」
「ハァ!? あーしらはくだらなくなんかなくなくなくないっ!? それよりもマザーの悪口言ってるこのオバサンのほうが、よっぽどカストリっしょ!?」
すると演奏台のまわりにいた者たちが、荒立つようにわざめいた。
ザマーにそんな物言いをした者がどんな運命を辿るのか、彼らは身を持って知っていたからだ。
当のザマー自身は、なおも愛の押し売りのような微笑を絶やさなかった。。
ニゴニゴと煮こごりような笑みを浮かべたまま何も言わないので、それがまたバーニング・ラヴを苛立たせた。
「オバサンは今からマザーをやっつけに行くなんて言ってたけど、そんなことさせねーし! だってあーしらは今から、マザーを助けに行くところだったんだし!」
すると演奏台のまわりはさらに沸き立った。
隣にいたブリザード・ラヴは、「あちゃあ……」と手で顔を覆っている。
ギャルの暴言がじゅうぶんにフロア内に響き渡ったことを確認すると、ザマーは大げさに驚いてみせた。
「アラアラっ!? みんな、いまのバーニング・ラヴちゃんの言葉を、しっかりと聞いたわよね!? この子たちは今から、邪神の生まれ変わりたちを助けに行くところだそうよ! きっと、この子たちはすでに、邪神に取り込まれているのでしょう! アラアラ、怖いわぁ!」
ザマーの胸にいたベインバックも、プルプル震えながら賛同する。
「ざ、ザマー! このお姉しゃんたち、怖いでしゅ! 悪魔の姿をしているでしゅ! うわぁぁぁぁぁんっ!」
「ああ、よしよし、ベインちゃん。怖い怖いでチュねぇ。アナタは誰よりも心がキレイキレイだから、邪悪な存在には特に敏感……。きっとこの子たちの本性も、見えているんでチュねぇ! この子たちはもう、路地裏の娼婦以下……! ホーリードール家の三姉妹と一緒で、勇者の前だったら所構わず大股を開いて誘惑するに違いないわぁ!」
「ふ……ふざけんなしっ! 誰が悪魔だしっ!? それにあーしらは、勇者の前で股なんて開いたことなんて、一度だってねーしっ!」
しかし、隣にいたブリザード・ラヴは気付いていたようだ。
「まずいよバーちゃん。ここは、逃げたほうが……」
しかし、小動物に襲いかかる猛禽類の翼のように、ザマーの両手が大きく広げられた。
ベインバックも手を離されることを察していたのか、自力で彼女の胸にしがみついている。
……バッ!
とはためくような音とともに、ばらまかれたのは……。
真写の束であった。
それが空中でバラバラになって、紙吹雪のように舞い落ちる。
それを銀幕スターのように浴びながら、ザマーは高らかに嘲笑った。
「アラアラ! だったらこれは何でチュかねぇ!? みんな、その真写を見るんでチュよぉ! このふたりが娼婦以下の存在であるということが、ハッキリと写ってまチュからぁ!」
唖然とするバーニング・ラヴ。
またしても、「あちゃあ……」となるブリザード・ラヴ。
彼女たちの目の前を、ひらひらと落ちていたのは……。
先ほどベインバッグに激写された、パンモロ写真……!
絶妙なアングル加減で撮られたそれは、ホテルの廊下でビッグバン・ラヴのふたりが、神尖組の勇者を下品すぎるポーズで誘惑しているようにしか見えなかった。
ザマーの証言を裏付けるように、『所構わず大股を開いている』真っ最中であったのだ……!
しかし完全な濡れ衣だったので、バーニング・ラヴは声を限りにする。
「ち……違うしっ! これはさっき、ベインバッグにハメられて撮られたもんだし!」
「このお姉しゃんたち、何も知らないと思って、ベインバッグに罪をなすりつけようとしているでしゅ!? うわぁぁぁぁぁぁんっ! 怖いでしゅ、怖いでしゅ! 本物の悪魔でしゅーーーーっ!!」
「アラアラッ!? なんということなの!? こんな小さくてかわいくて、ハイハイもやっとのベインちゃんが、そんなことができるわけがないのに……! みんな、聞いた!? この子たちはやっぱり、本物の悪魔なのよぉっ! いやぁっ、ザマーに近づかないで! この悪魔っ!!」
ビッグバン・ラヴのふたりは、ゴリラかと思うほどの力で突き飛ばされ、ステージ下にいる者に受け止められる。
「さあっ、いい子のみんな! マザーを倒しにいく前に景気づけとして、その悪魔たちを血祭りにあげるんでチュよぉ!」
ステージ下にいたのは誰もが、セレブや王族関係者たちであった。
しかしすでに煽動されてしまった民衆のように、目の色を変えてビッグバン・ラヴに襲いかかる。
彼女たちは強制胴上げの状態で宙を舞い、無数の手によって掴まれ、引っ張られた。
「いたたたた! 痛いし! 離すしっ! 離さないと、でかいのをお見舞いしてやるしっ!」
「ふーん、リンチじゃん。でもいい加減にしないと……」
ふたりは得意の魔法で脅しをかけようとしていたが、殴られつねられ引っかかれるせいで、発動がままならない。
とうとう髪やローブを掴まれてしまい、八つ裂きの刑のように引っ張られる。
スラムドッグマート製のローブは縫合がしっかりしているので簡単には破れないが、これだけ大勢の手にかかっては、ミシミシとヤバそうな悲鳴をあげた。
「や、やめるしっ! やめるしやめるしっ、やめるしーーーーーーーーーーーっ!!」
「や、やめてやめてやめてっ、やめてぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
いつもは静謐とした高級ホテルのフロアには、もはや戦争中のような騒乱に包まれていた。
みっつの悲鳴と、いくつもの怒号。
それらを切り裂くような、ひとつの嘲笑。
「アラアラ、ザマァザマァ! 知らなかったんでチュかぁ? このザマーに逆らう悪い子は、こぉんなお仕置きを受けちゃうんでチュよぉ~! 一生分の辱めを受けて、二度とたちあがれなくなっちゃうんでチュねぇ~! ザマァザマァ! チュチュチュチュチュチュ! チューッチュッチュッチュッチュッチュッチュ!」
彼女たちのローブはいよいよ限界を迎え、ビリビリと綻びはじめる。
あと少しで、バラバラのボロ布に変えられようとした、その直前。
「静まれーいっ!! 静まれ静まれ静まれっ!! 静まれーーーーーーーーーいっ!!」
すべてを一喝するような、超然とした声が轟きわたった。
甲高いながらも威風堂々とした声が、巨大な円筒型のエントランスに噴火のように立ち上る。
エントランスの外周はすべて魔導エレベーターとなっており、セレブたちを待たせないために、12基ものエレベータが随時稼働。
その扉がなんと、一斉開いたのだ。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
普段は開閉音などほとんどしない扉が、重苦しい音をたてる。
その理由は、すぐにわかった。
エレベーターの中にはどれも、多くの兵士たちがぎっしりと詰まっていたのだ。
しかしその中で、頂点にあるエレベーター。
12時方向にあるエレベーターだけは、たったの3人しか乗っていなかった。
両脇に兵士を従えていたのは、彼らの半分の身長もない、小さな子供……!?
しかし誰よりも立派な鎧に身を包んだ彼女は、一歩前に踏み出す。
それは威風堂々としていて、さながら小さな巨人のようであった。
……カツンッ……!
その足音すらも聞き取れるほどに、静まりかえったエントランス。
「あ、あなた様は、まさか……バジリス様っ……!?」
民衆の誰かが、そう声を振り絞った。