24 オラオラ勇者、またクエスト失敗…! 5
……人は、当たり前のように供され、終わりが見えにくいものに対し、感謝の気持ちを抱かない。
太陽しかり、健康な身体しかり……夜になって、病気になって初めて、そのありがたさを知る。
そしてミグレアは、ついに知ってしまった。
いや、彼女だけではない。
プリムラも、リインカーネーションも、パインパックも。
グラスパリーンも、その他多くの常連客たちも……。
ゴルドウルフという名の太陽のかけがえのなさに、気づいてしまったのだ……!
それをロシアンルーレットに例えるなら、今まさに撃鉄が引かれた状態。
心のシリンダーが回転し、『感謝』という名の銃弾が装填されたのだ。
その時点で、もう指は止められない
トリガーハッピーのように時を待たずして引き金は引かれ、情熱の銃口は熱い火を吹く。
そして射出されるペイント弾。
脳の、そしてハートのど真ん中に命中し、すべてが白く塗り替えられる。
黒から白へと裏返った心の駒が、再びひっくり返しても白のままのように……両面が、全身が純白に染まっていくのだ。
ゴルドウルフへの、圧倒的……かつ絶対的な『ありがとう』の気持ちで……!!
「……ゴルドウルフさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!! ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
ミグレアの身体の底から噴出した激情が、マグマのように空を焦がした。
魔女の選んだ選択肢……それは一でも、二でも、三でもなかった……!
それは、四っ……!
大魔法で天井を、ブッ飛ばすっ……!!
……ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!
頭上にかかっていたアーチが卵の殻のように砕け散り、落盤となって降り注ぐ。
ミグレアは溶けかけのローブを手早く脱ぎ、それを覆面のようにして頭全体を包んだ。
すぅ~っと肺いっぱいに息を取り込んだあと、なんと……!
触手の渦のなかに、自ら身を投じたのだ……!
……一方その頃、通路を進んでいた戦勇者クリムゾンティーガーと聖女リンシラは、仲間の最後の咆哮を耳にしたところだった。
「……ああん? なんだ、あの叫びは……? ああ、あのクサレ○ンコの断末魔か。わりといい声で鳴いてんじゃねぇーか」
寄り添う聖女は、かつての仲間の痛ましい絶叫にも、何の反応も示さない。
むしろ自分たちの身の安全が優先だと、勇者を引き締めるように言った。
「でも、勇者様、気をつけてください。もしかしたらもうミノタウロスたちが上がってきているのかも……」
「あぁん。今頃は牛野郎どもが、クサレマン○の四肢をもぎ取ってる最中かもしれねぇな。せいぜい嬲りモノになってくれりゃ、多少の時間稼ぎにはなるぜ」
その直後、かつて歩いてきた道のほうから、憤怒のような爆音と、怨念のような激震が迫ってくるのを感じた。
「あ……ああんっ!? なんだ!? この音はっ!?」
「そ、それに……すごい揺れです……! ミノタウロスが追いかけてきているんでしょうか……!?」
「ああんっ!? バカ、ちげーよ! ヤツら全員に追いかけられても、ここまでヤベェ音と揺れじゃなかっただろうが!」
「で、では……!? あっ……! も……もしかして……!」
勇者と聖女はハッ! と顔を見合わせると、
「「ミグレアの、大魔法っ!?!?」」
彼らが言葉を交わしたのは、それが最後だった。
ドゴォォォォオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
鋼鉄のシャッターが降りるように、天井から降ってきた岩盤がふたりを分かつ。
「ちいっ!?」
クリムゾンティーガーは激しい舌打ちをすると、地団駄のかわりに、立ちふさがる壁をガンガン蹴り飛ばす。
世紀末のように、空気までもが不吉な音とともに震え、雹のように落石降りしきるなか、やることでは決してないというのに……!
「ああんっ!? なんだよチクショウっ!? どけよっ! このクソ壁がっ! クソっ、どいつもこいつも、俺の邪魔しやがってぇ! どれもこれも、あのクソ犬と、あのクサレマ○コがやったことじゃねぇか……! いま俺がこんな目にあってるのも、みーんな、ヤツらのせいだ! クソどもがっ、死んでまで俺の足を引っ張りやがって! ぜってぇ、ぜってぇ許さねぇからなぁーーーーーーーっ!!」
脳天にガツン! とした衝撃があり、「いってぇ!?」と駄々は強制中断。
額に温もりを感じたので、 手のひらで撫でてみると……生命が流れ出したような、赤いぬめりがべったりと付いた。
「ちっ……くしょぉぉぉぉーーーーーーっ!! なんで俺が、なんで俺がこんな目に……!? なんで俺がこんなクソてぇな目にあわなくちゃいけねぇんだよっ!? クソクソクソクソクソっ……クソぉぉぉーーーーーっ!!」
崩れてきた瓦礫を、八つ当たりがてら蹴飛ばそうとしたが……足がズボッ! と埋まって抜けなくなってしまう。
「なっ……なんだよチクショウっ!? あっ……!? ああんっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?」
大いなる影に気づいたときには、もう遅かった。
咄嗟に飛び退こうとしたものの、足が取られていたのでその場で尻もちをついてしまう。
頭部への直撃は避けられたものの、仰向けになった彼の膝に、石抱きの拷問のような大岩が……!
……ズズゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーンッ!!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
勇者は皮肉にも……仲間の大魔導女と同じく……いや、それ以上の激痛をもって……下肢を失うほどの大怪我を追ってしまったのだ……!
「いでえぇぇぇっ!? いでえっ! いでえっ! いでえいでえいでえいでえっ! いでぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
破瓜の痛みから逃れるように肩をよじらせ逃れようとするが、微動だにしない……!
地面に爪立てても、同じ場所を虚しくガリガリと掻きむしるのみ……!
まるで粉砕機に巻き込まれている途中で、機械がストップしてしまったような光景……!
まさに、地獄絵図……! 永遠とも思える責め苦の一時停止……!
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! 離れろっ、離れろっ、離れろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!! いやっ、いやっ、いやだああっ! こんなに痛いのはいやなんだよっ! いやだって言ってんだろうがよっ!? ああんっ!? いやだああぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
子供のように喚き散らす彼の頭上に、天からの粛清。
神からのゲンコツのような、無慈悲な落石たちが降り注いだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少女はプールに漂うように、横たわっていた。
天蓋のように覆う瓦礫のドームのなかで、わずかな隙間から差し込む太陽を見上げながら。
茫洋とした瞳の少女は、力なく笑む。
「……へへっ、ウチ、やったよ……。ゴルドウルフさんのやり方で、テンタクル・オアシスを倒してみせたよ……。それだけじゃなくて、ミノタウロスもいっしょに……」
キラキラとした青い光の反射が、少女を包む。
それは妖精たちが作り出した墓標のように、どこまでも美しい光景だった。
「ウチ……やったよ……やったんだよ……最後の最後まで……足掻いてみせたんだよ……。でも……もう……無理っぽ……い……。せっ……かく……ここまで……やった……のに……ごめん……マジ……ごめん……ね……。最……後に……最後にひと目……会い……たかっ……た……よ…………」
……さ……よ……な……ら……ゴルドウルフ……さ……ん……。
大人びたルージュの唇は、そう動いたきり……言葉を結ぶことはなかった。
……。
…………。
………………。
そう、しばらくの間は……。
その後、『火吹き山』の最寄りにある街の衛兵たちが大爆発を不審に思い、調査隊を結成。
彼らの手によって、ミグレアは奇跡的に助け出された。
同行していた戦勇者クリムゾンティーガーは、歩けなくなってしまったためタンカに乗せられ、その側には、幸運にもカスリ傷ひとつ負わなかった聖女リンシラが付き添っていた。
死者1名のうえに、重傷者多数……!
彼らのクエスト失敗は揺るぎない事実となって、世間に知れ渡ってしまった……!
よって……降格処分、決行……!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
●熾天級(副社長)
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
ダイヤモンドリッチネル
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
↓降格:クリムゾンティーガー
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クリムゾンティーガーはひとりのオッサンを失っただけで、2度ものクエスト失敗を喫し、勇者の最下級にまで堕ちてしまった。
しかし……彼はまだ、太陽のありがたみに気づいてはいない。
そして……まだ知る由もなかった……!
まさか太陽の恵みに気づくどころか、逆鱗に触れてしまい……イカロスのように身を焦がすことに、これからなろうとは……!
『重体に加えて降格』がまだマシだと思えるほどの、非情なジャッジを下されることになろうとは……!
今はまだ、夢にも思っていなかったのだ……!