137 狩リノ時間6
ビーチフラッグ競技のように浜辺に飛び出していった勇者たちは、仕掛けられていた巨大落とし穴に、もれなくハマっていた。
自分がアリジゴクに嵌まってしまったと気付いたアリのように、深い底でジタバタともがいている。
「なっ、なんだ、こりゃあ!?」
「落とし穴だっ!?」
「チクショウ、罠だったんだ!」
「助けてくれっ、助けてくれぇっ!」
そんな前後不覚に陥っている彼らの頭上から、声が降り注ぐ。
「かかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
民衆を導く、戦女神の鬨の声。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
呼応するように、岩陰から、植物園から、屋敷から、武装したワイルドテイルたちが飛び出してくる。
それは森の奥からもおこり、森の中にいる、落とし穴に落ちなかった勇者たちを挟み撃ちにした。
全方位から撃ち込まれる唐辛子弾を浴び、赤い粉塵が舞う。
まるで蜂の群れにたかられてしまったかのように、勇者たちは狂い暴れる。
「ぎゃああああっ!? なんだこれっ!?」
「痛い痛い、痛いぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!?!?」
「辛い辛い、辛いぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!?!?」
視界を奪われ、脚を踏み外して次々と穴の中に落ちていく。
そうでない者も、棒を手にしたワイルドテイルたちに、ビリヤードの球のように突き落とされていく。
「ぐはっ!? ぎゃあっ!?」
「やめろっ、やめろおっ!?」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」
『わんわんクルセイダーズ』が展開した作戦第2弾、『聖女おびきよせ殲滅作戦は』、第1弾と同じく巧を奏した。
しかし街に残っていた残存勢力は思いのほか多く、しかもなおもぞくぞくと集まってきている。
このままでは落とし穴が埋まってしまうと危惧したクーララカは、声をかぎりに叫んだ。
「総員、ビーチに集結せよ! 到来する残存勢力を、こちらも総力を持って迎え撃つのだ!」
森側から勇者たちを穴に落としていた者たちが飛び出してきて、ビーチにいる者たちと合流する。
森の奥からは、染み出すように勇者たちが押し寄せてきていた。
クーララカが兵力をビーチに集めたのは、見通しのいい位置での戦いをするためである。
戦力と兵力の差が大きい場合は、森の中でゲリラ戦を展開するのが良いのだが、それは兵士がゲリラ戦に慣れている必要がある。
ワイルドテイルや野良セレブたちはそもそも戦いの素人で、付け焼き刃程度の戦闘技術しか持ちあわせてない。
その場合は、状況把握と援護がしやすい、見通しのいい場所で戦局を維持するほうが安全なのだ。
そしていよいよ、一方的だった戦いに、終止符が打たれた。
「テメェら、神尖組にこんなことして、ただですむと思ってんのかオラァァァァァァァーーーッ!!」
「勇者に楯突いて、ただですむと思うなよオラァァァァァァァーーーッ!!」
「いまさら後悔しても遅ぇぞ! 皆殺しだ、皆殺しだオラァァァァァァァーーーッ!!」
村を襲う山賊さながらの蛮声をあげ、ビーチに乗り込んでくる勇者たち。
それは一気に攻め潰されてしまいそうなほどの、圧倒的な迫力があった。
本来ならばその怒濤の勢いにやられ、わんわんクルセイダーズは濁流に呑み込まれたようになっていたであろう。
しかし、森の前に横たわっている大きな穴のおかげで彼らは迂回せねばならず、勢いは氾濫した小川程度の規模ですんでいた。
彼らは狭い通路をひしめきあい、まるでふたつしかない改札を争うようにくぐる社畜のようになってしまう。
「テメェら、神尖組にこんなことして、ただですむと思ってんのかオラァァァァァァァーーーッ!! ……って、押すなよテメェ!」
「勇者に楯突いて、ただですむと思うなよオラァァァァァァァーーーッ!! ……って、俺が先だっ! どけっ!」
「いまさら後悔しても遅ぇぞ! 皆殺しだ、皆殺しだオラァァァァァァァーーーッ!! ……って、そんなに押すと、アアーッ!?」
押し合いへし合いするあまり、とうとう脚を踏み外して穴に落ちてしまうものまで現れてしまう。
しかもタチが悪いのは、すでに穴に落ちてしまった者たちであった。
なんと彼らはジャンプして手を伸ばし、穴の上にいる者たちの足首を掴んで引きずり込んでいたのだ。
別に仲間を裏切っているわけではない。
ただ単純に、助けあげてほしかっただけなのだ。
「た、助けろ! 俺を助けろっ!」
「ワイルドテイルの落とし穴に引っかかったなんてバレたら、降格ものだ!」
「ヤツらに十倍にして思い知らせてやる! だから俺を引っ張り上げるんだっ!」
「おいっ、無視するなテメェ! 無視するならこうだぞ!」
穴の中から無数の手が伸びる様は、さながら死の湖のよう……!
しかしそんな、文字通りの足の引っ張り合いがあったとしても、いまだに神尖組のほうが優勢であった。
ではここで、双方の戦力を見てみよう。
まず、野良犬バスターズ。
神尖組が主な構成メンバーで、ゴーコンに賛同した権力者たちが連れていた兵士たちがそれに加わっている。
賛同している国は大きく分けて4カ国。
大国であるセブンルクスを筆頭とし、ガンクプフル小国、キリーランド小国、ロンドクロウ小国が軒を連ねる。
ちなみにハールバリー小国の王族もゴーコン結成の場にはいたのだが、その者は協力を拒み、ホテルに帰ってしまったという。
しかしその非協力国を除いても、かなりの規模であった。
その数、総勢、
なんと、4000人……!
それに対するは、わんわんクルセイダーズ。
集落のワイルドテイルが主な構成メンバーで、彼らに助けられた野良セレブがそれに加わっている。
その数、総勢、
たったの、100人っ……!?
それが島のすべてのワイルドテイルというわけではなく、街の路地裏で暮らしている者や、街の施設で奴隷として働かされている者たちが他にもいた。
しかし仮に彼らが参戦したところで、しょせんは焼け石に水である。
戦力差でいえば40倍という、絶望を通り越したような数値がそこにはあった。
とはいえ、わんわんクルセイダーズに差し向けられているのはそのすべてというわけではない。
総員の10分の1である、400名程度である。
それでも戦力差としては、4倍……!
兵士としての腕前の差があるので、その格差は実質40倍ともいえるだろう。
武器と作戦の差で埋めるには、あまりにも大きな差であった。
まともにやりあっていては、結果は火を見るより明らか。
少しずつでもビーチに乗り込んできた神尖組たちは、ゴキブリが繁殖するようにその数を増やしていく。
ついには白いビーチを、赤いマントで染め上げてしまったのだ……!
「おらおらぁ、死ねぇやテメェ!」
「お前らみたいな野良犬が、俺たち神尖組に勝つだなんて、百回生まれ変わっても無理なんだよっ!」
「野良犬がいっちょまえに、武器なんて持ってんじゃねぇぞ、オラァ!」
「ほおら、足がお留守になってるぞ、オラァ!」
余裕が出てきた彼らは、いたぶるようにワイルドテイルたちの手や足を切りつけ、じわじわと追い込んでいく。
負傷者続出。
いままで無傷だったわんわんクルセイダーズは、ここにきて一気に満身創痍に追い込まれてしまったのだ。
負傷者、続出……?
そんなことが、許されるはずがない。
なぜならば、このビーチには、確かにいたからだ。
転んで擦りむいた傷すら決して見逃さない、彼女たち……。
甘やか姉妹がっ……!
「……みなさんを誰ひとりとして、死なせはしませんっ!」
その声は、高みから起こった。
見ると、岩の上で跪いている、ひとりの少女が。
その新雪のようなローブが、ひときわ白く輝いた途端、
……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!
彼女の周囲が、あたたかな光に包まれる……!
ワイルドテイルたちはその、春のあけぼののような心地よさに、思わず声を漏らしてしまう。
「お、おお……!?」
「あ、あれほど酷かった傷が……!?」
「う、うそみたいに、治っていく……!?」
「す、すげぇ、も、もう、なんともねぇだ!」
「た、立てる、動ける! おらたちはまだ、戦えるぞっ!」
勇者たちはその羨ましさに、思わず声を漏らしていた。
「い、いい、なぁ……」
「ホーリードール家の聖女の、癒しをもらえるだなんて……」
「いまだに勇者の誰ひとりとして、もらったことがないものを……」
「なんで、こんな野良犬なんかに……!」
……さて、彼ら勇者の欲望における思考ルーチンは、インベーダー程度であると前述したが……。
今、それを撤回しよう。
彼らの思考は、インベーダー以下……!
インベーダーの放つフンにも似た彼らは、なんと……!
……グサアッ……!
手にしていた剣で、己の身体を切り裂いてしまったのだ……!
そして異星人のような笑顔で、こう抜かす。
「い、いっでぇ……! で、でも我慢だ! プリムラさんの癒しの効果は、まだ残っている……! これで俺は、ゴッドスマイル様より早く、ホーリードール家の癒しを得た、最初の勇者になるんだ……!」
相手がアレなのであまり実感が無いかもしれませんが、今の展開はいちおう今章のラストバトルとなっております。