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136 狩リノ時間5

 グレイスカイ島の街中を、我が物顔で歩き回るチンピラたち。



「あーあ、どっかにワイルドテイルでも落っこちてねぇかなぁ。そしたら少しはヒマ潰しになるってのに」



「もうこうなったら、家の中に引っ込んでるヤツを引っ張り出しちまうってのはどうだ?」



「あっ、そりゃいいな! リヴォルヴ様は外に出てるヤツらは問答無用で殺していいっておっしゃってたしな!」



「なら女のいる所にしようぜ! 女だったら、いろいろ使いでがあるし!」



 どこかで聞いたことのある会話であるが、『第一勇者』となった者たちとは違う人物である。

 しかし言動がコピーしたようにそっくりなのは、基本的に勇者という生き物は、欲望に対しての思考ルーチンがインベーダー並に同じだからである。


 そんな彼らの耳に、求めていた以上のモノが飛び込んでくる。



『あらあら、まあまあ。プーちゃんの水着、とってもかわいいわぁ。でも、またお胸のほうが大きくなったんじゃない?』



『そっ、そそそそそそそそそそそそそそうれっすね、おねしゃま、かっ、買ったばばばばばば、ばかりの水着が、もう、きっ、ききききき、キツく……』



『ぷーたんぬぐー!』



『そうそう、水着がキツいのだったら、脱いでしまえばいいのよ。ここにはママたちしかいないのだから』



『あっ、き、きゃーっ。おおおおおお、おねしゃま、ぱっ、ぱぱぱぱぱぱいんしゃん、おひゃめになってくらはい』



『ぱんちゅもぬぐー!』



『そうだ、せっかくだからみんなでハダカになりましょうか。ここはホーリードール家のプライベートビーチなのだから、誰からも覗かれることもないでしょうから』



 約一名だけ劇的にカミまくりだったが、ともかくその『男の想像する女子更衣室』を体現したかのようなやりとりは、すさまじい破壊力があった。

 拡声器で振りまかれているという、決定的な不自然さすら吹き飛ばしてしまうほどに、チンピラどもをガッチリハートキャッチする。



「お、おい! 聞いたか、今の!」



「ああ、アレはもしかして、ホーリードール家の聖女たちの声じゃねぇのか!?」



「すげえ! めっちゃ声かわいい! 声だけで超絶美少女ってのがわかるぜ!」



「まさかお忍びで、この島に来てただなんてな!」



「もうワイルドテイル狩りなんかしてる場合じゃねぇよ! 見に行ってみようぜ!」



「ああ、なんたってあのホーリードール家の聖女たちの水着姿なんて、滅多に拝めるもんじゃねぇからな!」



「いやいや、それどころか……!」



 グフフフフフ……!



 顔を見合わせあって嫌らしく笑いあう彼らの横を、別のチンピラグループが駆け足で通り過ぎていく。


 それも1グループだけではない。

 まるで靴箱の裏から飛び出してくるように、街角から、路地裏から、建物から……。


 ぞろぞろ、ぞろぞろと……!



「や、やべえ! 他のヤツらも聞きつけやがったんだ!」



「ボサッとしてたら、『いい席』が取られちまう! 俺たちも急ごうぜ!」



 彼らは公園で場所取りをするように、こぞって駆け出した。

 そう、彼らは与えられた任務をほっぽり出して、出かけてしまったのだ。


 『花』を見に……!

 それも、そんじょそこらの花ではない。


 一度機会を逃してしまえば、二度と見ることはかなわないかもしれない、貴重な桜……。

 それどころか、未だかつてどの勇者も目にしたことがないという、伝説の桜……。


 それが、ひと目でも見ることができるのであれば、任務放棄による罰など軽いものだろう。

 そんな、異性には事欠かない勇者たちですら、こぞって眼福にあずかりたがるモノ。


 それこそが、ホーリードール家の聖女たちの、生まれたままの姿……!!


 しかしそんな、女神にも匹敵する高嶺すぎる柔肌を、日常的に愛でているオッサンがいるらしい。


 いや……そんな仙人みたいな生き物が、この世にいるわけがない。

 いるとしたらたぶん、神話の中での出来事だろう。


 そんな与太話はさておき、所かわってホーリードール家のプライベートビーチ。

 楽園と外界を隔てる生け垣のような森には、出歯亀勇者たちの顔が、夜店のお面屋のように、びっしりと並んでいた。


 彼らは眼球だけ動かして、ビーチ内をキョロキョロと見回している。


 噂に聞いていたとおりの美しいビーチであったが、しかし誰もいない。

 そこに流れていたのは、潮風と潮騒のみ。


 しかしふと岩陰から、奏でるような声がする。



『あらあら、まあまあ。プーちゃんはもうすっかり、大人のボディね。肉汁したたるステーキみたいに、ステテーキよ。そのお胸があれば、なんでもできるんじゃないかしら?』



『おっおおおおお、おねしゃま、こそ、まっ、まままま、またおおお、お胸が大きくなって……まるでお胸が妊娠しているみたいで……』



『ぱいたん、おなかしゅいた!』



『あらあら、パインちゃん。ケーキがないなら、ママのおっぱいを飲めばいいじゃない』



 彼女たちは岩陰を背に、片手に拡声器、片手に台本を持って読み上げていた。

 台本は言うまでもなく、技の2号の力作である。


 ちなみにではあるが、野良犬フラッグや野良犬印の木箱などの、怪しまれるようなものはすべて撤去済み。

 隣のビーチにいるザクロたちにはクツワをかませており、ノイズ対策も万全。



「あ、あの岩陰の向こうに、聖女たちがいるのか!?」



「やべぇ、あの向こうに、ホーリードール三姉妹がハダカでいるだなんて!」



「は、早く出てこい! こっちに出てこい!」



 しかしいくら待っても、彼女たちの肢体がお目見えすることはなかった。


 岩陰の向こうで、キャッキャと三文芝居……。

 いや今の勇者たちにとっては、三千両芝居を繰り返すばかり。


 彼らの鼻の下が鮮血でベトベトになった頃、ついにある男が立ち上がった。



「も、もう我慢できん! 俺は行くぞっ! 横から回り込んで、直接拝んでやる!」



 そうなると、あとはなし崩しであった。



「お、俺も行くぞっ!」「俺もだっ!」「これ以上の生殺しに、耐えられるかっ!」



 そうなると、あとは戦争であった。



「俺だっ、俺こそがいちばんに拝んでやるんだ!」「いいや俺だっ!」「てめぇ、抜け駆けすんなっ!」



 一斉に茂みを飛び出し、我先にと駆け出す出歯亀チンピラ勇者たち。

 まるでなんでもありのビーチフラッグ競技のように、お互いを押しのけ、脚をひっかけ、もつれ合いながらの猛スタートを切る。


 そして彼らは、ようやく知る。

 沈みゆく視界の中で、これが罠であることを、ようやく……。


 出歯亀チンピラ間抜け勇者たちは、自覚したのだ……!



 ズドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!



 轟音とともに大穴が開く。

 数え切れぬほどいた男たちは、一瞬にして楽園から追放されてしまった。

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