135 狩リノ時間4(ざまぁ回)
ホーリードール家のプライベートビーチに新設された、スイカ畑。
しかしそれはすぐに、別の果物へと変わった。
野生動物たちのせいで、荒らされてしまったザクロのような物体が埋まっている。
人相すらもわかないほどに顔面をズタズタにされてしまった勇者たちが、嗚咽を漏らしていた。
「ううっ……いでぇ、いでぇよぉぉぉぉ……」
「助けて、誰か、助けてぇぇぇぇぇぇぇ……」
「もう殺して、殺してぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
ホーリードール家の聖女たちにも見捨てられた今、彼らに慈悲はないものかと思われた。
しかし、彼らにもまだ残っていたのだ。
与えられるべき、慈悲というものが……
それは、恵みのように天から降り注いだ。
不意に、埋まっていた勇者の頭上が、暗雲のような影に覆われると、
……じょばばばばばばばば!
高圧洗浄機のような勢いで打ち出されたそれは、埋まっていた勇者の顔面にブチ当たり、あたりにスプリンクラーのようなしぶきをまき散らす。
彼らの朦朧としていた意識が、電気ショックを受けたように飛び起きる。
「うわっぷ!? なんだこれっ!?」
「しょ、ションベンだ! 馬のションベンだっ!」
「ぎゃあああっ!? やめろっ、やめろおおおおっ!!」
勇者に向かって放尿。
そんな馬刺し一直線なことができる馬など、世界広しといえども一頭しかいないだろう。
そう、我らが『錆びた風』……!
『魔界の冥馬』と呼ばれる彼の尿には、喫茶店でビールを頼んだらナッツの入った小皿が付いてくるような、ちょっと嬉しい特典がある。
それは、
中途半端に、傷を癒やす効果……!
場合によっては、それでもありがたいと思える瞬間はあるだろう。
たとえ馬の小便という、屈辱極まりない物体であったとしても、命には変えられない。
これが勇者たちに与えられた、『馬の耳に念仏』ならぬ『馬の尿の慈悲』であった。
しかし、しかしである。
砂浜に顔だけ出して埋まっている彼らにとって、これは拷問器具がひとつ増えただけのようなものだった。
なにせ、微妙に傷が治ったと思ったら、
……ザクゥゥッ!
まるで焼きたてのパンをさらっていくトングのような爪で、そこを再び抉られ……。
微妙に腫れが引いたと思ったら、
……ズバァァァァーーーーーーーーーーンッ!!
死の魔球のような鉄卵が、頬にめり込むっ……!
そして追っかけ、
……じょばばばばばばばば!
それらを再び中途半端に元に戻す、汚物の雨……!
それはもはや自然が作りだした、苦痛の永久機関。
やっているのはつぶらな瞳の動物たちだったので、余計エグい。
「うぎゃあああああああっ!? 痛い痛い、臭いっ!?」
「うげえぇぇぇぇぇぇぇっ!? 臭い臭い、痛いっ!?」
「やめろっ! やめろやめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
なまじ元気になった勇者たちは、地中で焼かれるチンアナゴのように、出した顔を狂ったように暴れさせている。
洋上のマスコミたちは、その屈辱的すぎる拷問の様子をあますとこなく真写に収めていた。
「すげえ、すげえすげえすげえ、すげえぞっ!」
「勇者たちが、島の動物たちに拷問されてる!」
「こんな光景、滅多に……。いや、一生に一度……。いやいや、十回転生して見られればいいほうだぞ!」
「撮れ撮れ、撮りまくれっ!」
この世界のマスコミというのは、基本的には勇者アゲのスタンスである。
なにせゴッドスマイルは、現神と呼ばれるほどの世界的ヒーローであり、彼が率いる勇者組織というのは民衆の憧れ。
彼らをもてはやすことこそが、部数アップに繋がるからだ。
確証もない勇者サゲの飛ばし記事など載せて、それがもし間違いだと分かったら新聞社が暴徒によって襲撃を受けてしまうこともある。
しかしこうして真写に収められた真実となれば別。
勇者のスキャンダルとなれば、下手なアゲ記事よりもずっと部数があがる。
「我らの勇者が、不祥事など起こすわけがない。それを確かめてやる」という心理で読者たちは手に取るのだ。
ある意味、炎上商法に近いものがあるかもしれない。
そうこうしている間にも、呼び子笛によって袋叩きにされた勇者たちが、流れ作業のようにザクロ畑に移送されてくる。
苗のように砂浜に植え込まれ、拷問に処されていた。
「あっ、見ろ! あの神尖組の勇者たち、去年入ったばかりのヤツらだろ!?」
「ああ! イケメンの上に天才剣士で、大人気のルーキー軍団だ!」
「神尖組のさらなるイメージアップのために、アイドル的に扱われてたのに!」
「ああ! ライドボーイに対抗できる逸材と言われていたほどだぞ!」
「ああっ、あんなキレイな顔に、ハサミが、卵が、ションベンが……!」
「もう、見る影もないくらい、ボッコボコのグッチャグチャだ!」
「すげえ……! 勇者のアイドルといえば、顔を蚊に刺されただけで、関係者が処刑されるくらいだってのに!」
「いくらゴッドスマイル様のお気に入りのホーリードール家とはいえ、これはやり過ぎなんじゃ……!」
「間違いねぇ……! 俺たちはいま、歴史的な瞬間に立ち会ってるんだ……!」
彼らが感動にも似た衝撃を受けている間にも、野良犬クルセイダーズはパーフェクトゲームを積み重ねていく。
戦闘要員たちは実戦経験を積み、すでに叩き上げの傭兵のよう。
非戦闘員たちは一戦が終わるごとに、彼らをかいがいしくサポートする。
「みんな、ちゃんと悪い子をメッってできまちたねぇ、えらいでちゅよぉ~! おなかすいてない? 喉かわいてない? ケガをした子は、ちゃんとママに言うんでちゅよぉ~!」
「みなさん、お疲れ様でした。冷たいおしぼりをどうぞ。お顔をお拭きさせていただいてもよろしいですか?」
「みんな、がんばえー!」
聖女たちが自らすすんで世話をしてくれたので、彼らの士気はあがりっぱなし。
まるで女子マネージャーにいい所を見せたい運動部員のように、誰もが張り切っていた。
しかし呼び子笛の効果も、だんだん薄れてくる。
とうとういくら吹き鳴らしても、誰も来ないような状況になってしまった。
壇上にあがったクーララカは、休憩をとっている団員たちに向かって叫んだ。
「よぉし! 諸君らの働きによって、付近の敵兵は一掃できたようだ! ならばこれから、市街へと出撃するぞ! まずは先発隊を派遣し……」
しかしそのズボンの裾が、またしてもくいくいと引っ張られた。
視線を落とすと、うすぼんやりした眼で見上げる、赤ずきんの少女が。
「なんだ、またミッドナイトシュガーか。またなにか文句をつけにきたのか?」
少女は肯定するように、ラッパのように先が広がった、大きな筒を差し出す。
「これを使うのん」
「それは拡声器ではないか。私の声量が足りないとでもいうのか」
「違うのん。クーララカの地声はバカでかくて、死人も起きるのん。これは、聖女たちに使わせるのん」
「なにぃ? それは、どういうことだ?」
「これを使って聖女たちがアピールすれば、神尖組はもっとおびき寄せられるのん」
「聖女様たちのお声のほうが、緊急を告げる呼び子笛よりも効果があるだと? そんなバカなことがあってたまるか」
「あそこにいる、金髪のキツネとメガネのタヌキに化かされたと思って、やってみるのん。七色の夢がまわるのん。でもその前に、迎撃態勢だけはしっかりと整えてからにするのん」
「ううむ……」
クーララカはにわかには信じられなかったが、先に提案された呼び子笛作戦は恐ろしいほどに功を奏した。
それが、懐疑的だった彼女を突き動かす。
「やはり、作戦変更だ! このビーチを拠点にしたまま、さらなる迎撃態勢を取る! 今度は大規模な交戦となるため! 総員、しっかりと準備を整えるのだ!」