134 狩リノ時間3(ざまぁ回)
『わんわんクルセイダーズ』の初戦は小規模ではあるものの、負傷者を出すどころか、無傷での圧勝となった。
これは団員であるワイルドテイルたちに、大いなる自信をもたらした。
「ま……まさか、勇者様と戦って、勝てるだなんて……」
「しかも、戦勇者様を相手にしてだぞ!?」
「それどころじゃねぇ、戦勇者様の中でも精鋭揃いの神尖組を相手に勝っただ!」
「これも、野良犬マスクウーマン様が授けてくださいった、素晴らしい武器のおかげだっ!」
「そうだ! ド素人のワシらにも、こんなに扱いやすくて強い武器があっただなんて、まるで聖剣じゃぁ!」
「それに、野良犬マスクウーマン様が授けてくださった作戦も素晴らしかっただ!」
「ああ! 単純なのに、とんでもなく強力で……千人力を得たようじゃった!」
まさに『神ってる』としかいえないジャイアントキリングに、最初はおっかなびっくりであった彼らの士気は高揚した。
「野良犬マスクウーマン様っ、ばんざーいっ! ばんざーいっ!」
もうすっかり完全勝利を手にしたかのように、万歳三唱まで始める始末。
それを傍で見ていた聖女三姉妹はニコニコ、わんわんトリオは面白くなさそう。
「ねぇプリムラ、あの棍棒とライトクロスボウって、ゴルドウルフのハンドメイドの超強力なヤツでしょう?」
「はい、シャルルンロットさん。このグレイスカイ島に来られる前に、おじさまが仕事の合間をぬってお作りになっていたものです。おじさまは、なにかあった時のために使ってくださいとおっしゃっておりましたが、まさかこんなに早く役立つことがあるだなんて、思ってもみませんでした」
「そういえばあの作戦も、ゴルドウルフ先生がおっしゃってたやつですねぇ」
「そうですね、グラスパリーン先生。ちょうどこの島に来る前のスラムドッグマートの授業で、おじさまがご講義をなされてましたね」
他人のフンドシでもてはやされたクーララカは、すっかり上機嫌。
すでに壇上と化した野良犬印の木箱の上で、彼女は高らかに叫ぶ。
「よぉし! それではこのまま、市街へと出撃するぞ! まずは先発隊を派遣し……」
しかしそのズボンの裾が、くいくいと引っ張られた。
視線を落とすと、うすぼんやりした眼で見上げる、赤ずきんの少女が。
「なんだ、ミッドナイトシュガー。いまは作戦指示の途中なんだから、邪魔するんじゃない」
少女は無視するように、タバコくらいの大きさの金属棒を差し出す。
「これを使うのん」
「なんだそれは?」
「倒した神尖組の隊員が所持していた『呼び子笛』のん。おそらくこれを吹けば、聞きつけた隊員が集まってくるのん」
「それが、どうしたというのだ?」
「こちらから出向くのではなく、この笛で呼び寄せて、ここで迎撃するのん。そうすれば、地の利を得ることができるし、何よりも安全にワイルドテイルたちに実戦経験を積ませることができるのん。ウハウハのん」
それは、ぐうの音も出ない正論であった。
素直でないクーララカは反発しそうになってしまったが、その言葉をぐっと飲み込むと、
「そこまで言うのであれば、その作戦、試してやらなくもない! だが上手くいかなかったときは、貴様らわんわん騎士団はもう余計な口出しはやめ、我らわんわんクルセイダーズの従うのだ、いいな!」
手から笛を引ったくられたミッドナイトシュガーは、「わかったのん」と素直に頷く。
その場を離れ、仲間たちの元に戻る途中、
「誰かさんと同じで、扱いやすいのん」
とぼそりつぶやいたが、それはクーララカには届いていなかった。
「やはり、作戦変更だ! このビーチを拠点に、迎撃態勢を取る! 総員、今から私の指示する準備をするのだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そこから先はパズルのピースが、
パッチーン……!
と音を立てて収ったかのような、恐ろしいほどのハマりようであった。
「笛の音が聞こえたぞ! こっちだ!」
ザワザワと茂みをかき分けて現れるのは、チーズに釣られたネズミ一家のような、勇者たち……!
それがビーチに飛び出した途端、
……ビシュンッ! ビシュンッ! ビシュンッ!
噴霧式の殺チュウ剤を手に待ち構えていた人間たちの手によって、集中砲火を浴び……。
パァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?」
全身に唐辛子パウダーを浴びせかけられ、火だるまのように七転八倒しているところを、
……ドカバキグシャズガドゴォォォォッ!!
滅多打ちっ……!!
たまに、予想外の場所から現れる場合もあったが、そんな者たちはもれなく、
「笛の音が聞こえたぞ! こっちだ!」
……ズボォォォォォォォォォーーーーーーーーーッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?」
あらかじめ仕掛けておいた落とし穴へ、真っ逆さま……!
街でワイルドテイル狩りをしていた勇者たちは、次々と個別撃破されていく。
そしてビーチのはずれには、大豊作のスイカ畑のように、雁首が並べられていく。
その生き恥のような醜態は、あますことなく記録に残されていた。
「す、すごい! すごいぞ! こいつは大スクープだっ!」
「まさか島の原住民たちが勇者に反旗を翻し、レジスタンスとして決起するだなんて……!」
「しかも相手は神尖組だというのに、一方的だ!」
「ああ、剣の腕前は神尖組のほうが圧倒的なはずなのに、それを全然させていない! 完全に作戦勝ちだ!」
「いいや、使っている武器もただものじゃないぞ! 一級ともいえる神尖組の防具の上から、あんなにダメージを与えているんだから!」
「そんなことは些細なことじゃないか! いちばん驚きなのは、あのなかにホーリードール家の聖女たちがいることだ!」
「もしかして、人質になってるんじゃないのか!?」
「いや、あんなに応援する人質がいるかよ!」
「だよな! 勇者たちはボロボロになっても相手にもされないのに、ワイルドテイルたちは転んで膝をすりむいたくらいで祈りをもらってるぞ!」
「そうか、わかったぞ! レジスタンスが掲げている旗は『スラムドッグマート』のものだ! ホーリードール家が、彼らに武器を提供したんだ!」
「ということは、ホーリードール家の聖女たちは、人質じゃなくてスポンサー?」
「いいや、それどころじゃない! むしろレジスタンスの総司令が、マザー・リインカーネーション様なんだっ!」
「なっ……なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?」
予言によって地球が滅亡すると聞かされたかのように、沖合いの船上にいた記者たちは驚愕する。
その間にも、ビーチのスイカはどんどん増えていく。
しかもなぜか今日にかぎって、そのスイカビーチにだけ、普段はいない海の動物たちが集まってきていた。
まずは『ヤシクダキ』。
植木バサミのような爪で硬いヤシの実を粉々に真っ二つにしてしまうカニである。
それが森の中からわらわらと這い出てきて、スイカたちにたかりまくる。
ザクッ、ザクッ、ザクゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
伝説の切り裂き魔に遭ってしまった女性のように、ハサミで顔を抉られていく。
「ぎゃああっ!? いだいいだい、やめてぇーーーーっ!?」
「みっ、耳がっ、耳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
「め、眼がっ、眼がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」
さらには『キャノンタートル』。
産卵の際には浜辺にあがり、尻から鋼鉄のような硬質卵を高速発射して砂に埋め込むという亀である。
それが波打ち際から現れ、くるりと尻を向けた。
「やっ、やめやめやめやめ、やめてっ!」
「やだやだやだやだっ、やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
目隠しなしで銃殺刑に処される囚人のように、唯一自由になる首だけで身もだえし、泣き叫ぶ勇者たち。
しかし、亀に命乞いなど通用するはずもなく、
……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!