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133 狩リノ時間2(ざまぁ回)

 煙幕のような砂煙が、もうもうと湧き上がる。

 その中では、棒を振り上げ、渾身の力で振り下ろすシルエットが。


 誰もが無我夢中。

 誰もが憎しみと涙で滲んだ声を絞り出していた。



「このっ! このっ! このっこのっ! このおぉぉぉぉぉぉーーーー!」



「おらのかかぁの仇だっ! よくもよくもっ、よくもぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!」



「俺の娘はお前たちの地雷の実験にやられて、黒焦げになったんだ! こんなもんじゃ、こんなもんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」



 足元には、頭を抱え脚を丸め、ダンゴムシのように縮こまる神尖組の若者たち。



「ぎゃああっ! いだいいいだい! いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーいっ!」



「ゆるして! ゆるしてゆるしてゆるして! ゆるしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!」



「なんでもするっ! なんでもするから、命だけは、命だけはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 それは、凄惨ともいえる一方的なリンチ。

 しかし、まわりで見ている者たちは、誰ひとりとして止めようとはしなかった。


 観衆となっていたワイルドテイルのたちが、握り拳を固めながらつぶやく。



「勇者様のくせに……命乞いするだなんて……」



「さんざん集落の者たちを……俺たちの家族を殺した、勇者様たちが……」



「勇者様たちに殺されたワイルドテイルたちは、みんな同じように命乞いしてただ!」



「でも、勇者様たちは許してくれなかった! むしろ笑いながら殺してただ!」



「それなのに、いざ自分が殺される番になったら、命乞いをするだなんて……!」



「情けねぇ、なんて情けねぇ姿なんだ……!」



 しかし命乞いだけなら、まだ良かった。

 彼らも勇者とはいえ、人間なのだから。



「ぎゃああんっ! こいつらはどうなってもいい! 俺だけは、俺だけは助けてくれぇ!!」



「ぐぎゃあっ! コイツだっ、コイツを真っ先に殺せっ!」



「があはっ! 俺を盾にするんじゃねぇよっ! うがああああっ!」



「ひぎいいいっ! 俺を助けてくれたら、いいこと教えてやるっ! ひぐうっ! い、いま行なわれている作戦の内容とか、洗いざらい話すからっ! ひぎゃっ!? は、話させて、話させてくださぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」



 なんと彼らは死の淵に立たされた途端、仲間を、それどころか組織までもを売り渡し始める。


 ……世の多くの人間たちは、勇者にサムライのような誇り高き思想を抱いていた。


 ゴッドスマイルを筆頭とする勇者組織に身を捧げ、すすんでモンスターたちの矢面に立ち、正義の番人となる。

 それは何よりも危険なことであったが、命の瀬戸際に立たされてもどっしりと構え、己の忠義を貫く。


 彼らの行いは非道であったとしても、その裏にはこの世界を良くしようという、『信念』のようなものを持って行なっているのだと、そう思われていた。


 しかしそれは、ただの虚像……!


 瀬戸際の蓋の中には、さぞや立派なスキヤキがあるのかと思いきや……。

 開けてみれば、ただの肥溜めっ……!


 ただの快楽殺人鬼のような、矮小で下劣な生き様が……。

 腐った煮こごりのように、ぐつぐつとたぎり、あたりに悪臭を振りまいているだけだったのだ……!


 勇者の現実というものを思い知らされたワイルドテイルたちに、深い悲しみが広がっていく。



「ワシらの家族や、友達や仲間は……こんな……こんな見下げ果てたヤツらに、殺されちまっただなんて……!」



「悔しい……! 悔しいよぉ……!」



「許さねぇ、絶対に許さねぇだ……!」



「お、おらたちも加勢するだ! あの勇者……いいやゴミどもを、徹底的にやっちまうだ!」



 彼らは先走ろうとしたが、



「……それまでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!!!」



 冷や水を浴びせるような、鋭い声が投げかけられた。

 それは大海原を波打たせるほどの大声量で響き渡り、時までもを止めたかのように、誰もがピタリと動けなくなる。



「それまでだ! それ以上やったら、死んでしまうぞ! 我ら『野良犬クルセイダーズ』は、不殺の騎士団だということを忘れるな!」



 壇上からの号令に、ワイルドテイルたちの不満が噴出した。



「死んでしまうだって!? ワシらはコイツらに、家族を殺されたんだぞ!」



「そうだ! 同じ目に遭わせてやらなきゃ、気が済まねぇだ!」



「野良犬マスクウーマン様っ! どうかワシらに、家族の仇を討たせてくだせぇ!」



 しかしウーマンは、大きくかぶりを振る。



「ならんっ!! その者たちを殺してしまっては、同じ下衆に成り下がってしまうぞ!」



 「そ、そんな……!」と立ち尽くす彼らの前に、光が動いた。



「クーちゃんの言うとおりよ。生命を奪う必要はないと思うわ。悪い子にはちゃんとメッてして、反省させなくてはいけません。命を奪ってしまったら、もうメッってできないでしょう?」



 それは、いつもと同じマザーの口調。

 しかし言中には我が子を諭すような、母親としての強い『信念』を感じさせた。


 いずれにしても、マザーに言われては引き下がるしかない。

 ワイルドテイルたちは再び整列し、派遣されていた第1分隊と第2分隊は、肩をぜいぜいいといからせながらも包囲網を解いた。


 そこには全身を殴打され、顔は風船のようにパンパンに、全身は紫色に変色した若者たちの姿が。



「う、うう……いでぇ、いでぇよぉぉぉ……」



「ゆ、ゆるして、ゆるしてくださいぃぃぃ……」



「死にたくねぇ、死にたくねぇよぉ……」



「な、なんで……なんで俺が、こんな目に……」



 いちおう一命は取り留めたものの、そのまま死んだほうが幸せだったんじゃないかと思えるほどの死屍累々ぶりであった。


 ……それは、間違いなくその通り(●●●●)であった。


 邪教徒たちからリンチ死させられるというのは、勇者にとっては末代まで笑われてしまう屈辱フィニッシュである。


 しかしその『死に恥』同然の散りざますら、『安らか』であるということを、勇者たちはまだ知らない。


 なぜらば世界はすでに、ヤツが降りたってしまったからだ。

 地獄から蘇った、魔狼が……!


 そして世界はすでに、変わりつつあったのだ。

 勇者は生きているだけで、有責カウンターを奴隷のように回し続けさせられる、生き地獄に……!


 この神尖組の若者たちも、後に思うことだろう。

 「あの時ワイルドテイルたちに、殴り殺されておけばよかった」、と……!


 この場における本当の慈悲は、『トドメを刺す』である。

 やさしいプリムラは、つい反射的に駆け出しそうになっていたが、ぐっとこらえていた。


 献身的な彼女は怪我人を見ると、つい『祈り』を捧げたくなって、たまらなくなってしまうのだ。

 しかしそれは彼女の母親から、きつく止められていた。



「プーちゃん、勇者様が怪我してても、祈りは絶対にあげちゃダメなのです! 勇者様にいちどでも祈りをあげちゃうと、それを既成事実にして、どんどん踏み込んでくるのです! だからこれだけは、絶対にリグちゃんと約束するのです! ゆーびきーりげーんまーん……」



 ふたりが同じ歳になった頃、その約束はなされていた。


 それを思い出し、プリムラは踏みとどまる。

 固めた握り拳を胸に当て、聖女としての慈悲を引っ込めた。


 その肩に、そっと手が置かれる。



「そう、それでいいの、プーちゃん」



 ふたりの少女の口調がまざったような不思議な声に、ハッと顔をあげるプリムラ。



「お姉ちゃ……お母様……!?」



 ふっと笑んだマザーの顔に、さらに幼い顔がだぶった。


 四人の母子は、ひさしぶりの再会を果たす。

 とはいえ見た目には三姉妹が泣きながら抱き合っているだけなので、傍目には不思議な光景に見えた。


 さて、フルボッコされた勇者たちは、さっそく地獄の一丁目を体験することとなる。

 彼らはミッドナイトシュガーの発案で、砂浜に顔だけ出して埋められてしまった。


 プライベートビーチから外れた砂浜の上に、スイカ割り大会のように、腫れあがった顔がずらりと並ぶ。


 その異様な光景を、誰よりも早く目の当たりにしていたのは……。

 ハールバリー港を出発した『ゴルちゃん号』を追って、遅ればせながらグレイスカイ島に着いたマスコミの船であった。



「おい、ホーリードール家のプライベートビーチに、誰か埋められてるぞ!?」



「もしかしてアレって、神尖組じゃないのか!?」



「なんで勇者が、聖女の浜辺に埋められてるんだよ!?」



「わからん! あっ、あそこを見ろ! 野良犬マスクを被った、へんな集団がいるぞ!」



「島には今、戒厳令が敷かれてるって聞いたけど……いったいあの島で、何が起こってるっていうんだ!?」



「これは特ダネのニオイがプンプンするぞ……! おいっ、記録玉をまわせっ! ありったけ使って真写(しんしゃ)に収めまくるんだ!」

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