23 オラオラ勇者、またクエスト失敗…! 4
……これは、ゴルドウルフが煉獄に置き去りにされる、数日前のこと。
伝説の聖獣ユニコーンを捕らえるために、戦勇者クリムゾンティーガーとその仲間たちは、森の中で夜を明かしていた。
すべてが寝静まった暗闇のなかに、ホタルのような明かりがひとつ。
オッサンが寝ずの番をしている、焚き火による光だ。
見張りは交代制ではなく、いつも彼だけの役目。
隣でグースカ高いびきをかいている勇者に不満を抱くこともせず、せっせと薪をくべていた。
ふと、焚き火の対面ごしに横になっていた大魔導女が、むっくらと身体を起こす。
「眠れないんですか?」
オッサンがそう尋ねても、巻き毛のギャルは答えるどころか、目も合わせようとはしない。
オッサンは他のメンバーにダブルスコアをつけるほどの歳上だったが、下級職なのでパーティでの扱いは一番下。
話しかけても答えが返ってくるほうが稀なのだ。
「ココアでもいかがですか」
オッサンは無視されたのも気にせず、彼女のためにココアを、自分のためにコーヒーを淹れる。
ギャルはカップを口に運びながら、覆いかぶさるような夜の帳と、湯気の向こうで海藻のように揺らぐ炎を、じっと見つめていた。
深い海を漂っているような瞳が揺らぎ、「ねぇ、オッサン……」とまるで独り言のようにつぶやく。
「ひとりなのにどうやって、『テンタクル・オアシス』から抜け出せたの……?」
オッサンはちょうどコーヒーを飲もうとしていたが、カップから口を離し、答えるのを優先した。
「ああ、この前のクエストであったことですね。私はテンタクル・オアシスに何度も投げ込まれたことがあるので、脱出方法も知っているんです」
「……? 何度も投げ込まれた、って、なんで……?」
ギャルはそちらのほうが気になってしまった。
「別の勇者パーティにいる時に、仲間とはぐれてしまって……私だけ『マゾーガ』という部族に捕まってしまったことがあったんですよ」
正確には『マゾーガ』に捕まる場所で仲間たちから置き去りにされたのだが、オッサンはまだその事実を知らない。
「マゾーガは女性だけの部族で、男は奴隷として死ぬまでひどい扱いを受けます。私は偽装したテンタクル・オアシスに放りこまれ、本体の柱を出すための役をやらされ続けたんです。テンタクル・オアシスから取れる素材は、彼女らの生活になくてはならないものでしたから」
『マゾーガ』ならギャルも上級職学校で習って知っていた。
ジャングルなどに棲んでおり、女性ながらもすさまじい戦闘能力を持つ集団だと。
ペットとして虎を何匹も手なづけており、逃げようとする男は確実に食い殺されるらしい。
でも、それが本当だとしたら……なぜこのオッサンは今ここにいられるのか、ギャルはさらに気になる事が出てきてしまった。
しかしマゾーガからどうやって脱出したかよりも、まずはテンタクル・オアシスから脱出した方法について聞き出そうと、オッサンの話を止めず、黙って耳を傾ける。
……彼女は思ってもみなかっただろう。
無意識のうちにした取捨選択が、このあとの人生を大きく左右することになろうとは……。
もしこの時、彼女がテンタクル・オアシスよりも、マゾーガから逃れた方法のほうに興味を持ち、話題を変えていたとしたら……。
……いや、「もし」はよそう。
そんなことよりも……!
今、この記憶が走馬灯のように蘇っている、少女の行く末を確かめようではないか……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフは河原でキャンプを楽しみ、気持ちよく空を仰いでいた。
それと同じ頃……大魔導女ミグレア・ダーティサッドはうつむいていた。
蝕まれるように触手の海に沈みゆく、己の下肢を見つめながら。
すきま風に乗って薫る、コロンの残り香。
それはやがて、カウントダウンのような振動とともに近づいてくる、牛畜の匂いに上書きされるだろう。
彼女に残された選択肢は、みっつ。
一、テンタクル・オアシスに向かって、大魔法を発動する
……彼女の炎属性の魔法を持ってすれば、この忌々しい存在を消し去ることなど造作もないことだろう。
しかし触手の溶解成分によって、身体は歩くことすらままならないはずなので、追手のミノタウロスから逃れることは不可能だ。
二、断崖を登りきったあとは、勇者を追うであろうミノタウロスの群れに向かって、大魔法を発動する
……ミノタウロスが登ってくる断崖ごと火の海に変えてやれば、殲滅するのはたやすい。
しかし、テンタクル・オアシスから逃れる手段を失ってしまう。
自分を捨てた勇者と、かつての親友リンシラを助けることにもなる。
そして、三……!
通路を進んでいくふたつの背中めがけて、大魔法をブチかます……っ!!
これは、滅びの選択肢……!
自分の死が避けられないのであれば、仲間も巻き込んで全滅するっ……!
わずかな逡巡の後、ミグレアはついに決意を固め……虎の子の『ファイヤー・アミュレット』を頭上高くかざした。
天窓から太陽が覗き、あたりが明るくなっていく。
部屋を満たしていく光は、まるであたたかいココアのように、少女の身体をやさしく包み込んでいた。
それは自然と、あの夜のことを少女に想起させる。
……最後に……ゴルドウルフさんの淹れてくれたココア……飲みたかったなぁ……。
……。
…………。
………………。
ウチ……ウチ……やっぱり生きたい……生きたいよ……。
生きて……生きてちゃんと、ちゃんとゴルドウルフさんに、「ごめんなさい」って言いたい……。
もちろんそれで許されるだなんて、思ってない……。
だけどこの気持を伝えないまま終わるだなんて、やだ……絶対にいやだよ……。
死にたくない……死にたくないよぉ……。
ウチが心の底から、初めて感謝したい人ができたのに……。
生きたい……生きて帰りたい……。
そして煉獄に行って、ゴルドウルフさんを助けにいきたい……。
ゴルドウルフさんがあの夜、教えてくれた……。
どんな時でも、絶対にあきらめないことだ、って……。
走れ……走って走って、走りまくれ、って……。
四肢を振り乱し、髪を振り乱し、齧りついてでも……。
生きるために前に進め……。
走れなきゃ歩け、歩けなきゃ這え、這えなきゃ叫べ……。
そして、叫べなかったら、祈れ……。
野良犬だって、祈る……。
それに、人目なんか気にしない……。
みっともなくジタバタもがいて……のたうちまわって……。
命尽き、果てるその瞬間まで……足掻いて足掻いて、どこまでも足掻きまくって……。
そして……仲間の元に戻るんだ……!
……。
…………。
………………。
……ウチ、決めた……!
戻る! 絶対に……絶対に戻ってやるっ!
……仲間の元に……!
たとえ……たとえすべてをブッ壊したとしても……っ!!
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
少女の掲げたアミュレットから、獄炎蝶のようにどす赤い、オーラの奔流が羽根を拡げる。
それは奇跡の光のような、美しいものでは決してなかったが……彼女の嘘偽りない気持ちが込められていた。
そして……それは刹那、天をも衝くほどの轟きとなった。
すいません…もう1話だけ続きます。
やる気が間に合えば今日中に仕上げて、残りの1話もあげますので…応援していただければ…!
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