131 第一勇者発見
戒厳令まっただ中のグレイスカイ島。
その街はずれにある大きな森林沿いにある道は、普段は閑静と呼べるほどにひっそりとしているのだが、今は同じ静けさでも、ゴーストタウンのような不気味さがただよっていた。
その原因を作りだしている若者たちが、今まさに練り歩いている。
着崩した制服に、抜き身のままの剣を担ぎ、肩をトントンと叩きながら。
ガラの悪い視線をあたりに振りまき、大股で闊歩する様は山賊のよう。
「あーあ、どっかにワイルドテイルでも落っこちてねぇかなぁ。そしたら少しはヒマ潰しになるってのに」
「もうこうなったら、家の中に引っ込んでるヤツを引っ張り出しちまうってのはどうだ?」
「あっ、そりゃいいな! リヴォルヴ様は外に出てるヤツらは問答無用で殺していいっておっしゃってたしな!」
「なら女のいる所にしようぜ! 女だったら、いろいろ使いでがあるし!」
いや、もはや彼らは『山賊のよう』どころではなく、『山賊そのもの』……!
獲物を見定める押し込み強盗のように、窓から建物を覗き込んで物色していると……。
ふと、シュプレヒコールのようなものが聞こえてきた。
「なんだ、あの声?」
「どうやら、森の向こうにあるビーチに誰かいるようだな」
「森の向こうのビーチって、ホーリードール家のプライベートビーチじゃねぇか!」
「もしかして、ホーリードール家の聖女たちが、この島に来てるのか!?」
「そんな噂は聞いてねぇぞ、ホーリードール家の聖女が来たんだったら、大騒ぎになってるはずだ!」
「いや、お忍びで来てるのかもしれねぇぞ!」
「でも、こんな時にビーチで遊ばねぇだろう!」
「いやいや、聖女ってのはどいつもこいつも、頭の中が正月なんだ! 処刑の横でトロピカルドリンクを飲むようなヤツらだぞ!」
「だよなぁ、いくら女神の生まれ変わりだってもてはやされてるホーリードール家の聖女だって、変わりゃしねぇ!」
「じゃ、じゃあ、この森の先には、ビーチで遊んでる、ホーリードール家の聖女たちが……?」
彼らの頭の中に、水の妖精のような彼女たちの姿が浮かぶ。
「い……行ってみようぜ! ホンモノの聖女の水着姿なんて、滅多に拝めるもんじゃねぇ!」
「おい、マジかよ!? 聖女のプライベートビーチは、たとえ俺たち神尖組でも、下っ端は近寄ることすら禁止されてるだろう!」
聖女というのは、一生を添い遂げると誓った勇者の前以外では、肌を晒してはいけない決まりになっている。
なので水着姿になってバカンスを楽しむのも、専用のプライベートビーチのみ。
といっても、プライベートビーチなどというものを所有できる聖女は限られている。
そのためこのルールは、一部の名門聖女たちだけが守っており、一般的な『職業聖女』と呼ばれる者たちは、普通のビーチで普通に肌を晒す。
ちなみにではあるが、聖女のプライベートビーチはどれも、回りからは見えないように木々などでブロックされている。
常に見張りによって厳しく監視されており、パパラッチなどもシャットアウト。
そして神尖組の若者たちが予想したとおり、今まさにそのプライベートビーチには、お目当ての聖女たちがいるのだが……。
頭の中が正月だったのは、むしろ彼らのほうであった……!
戒厳令中で見張りがいないことをいいことに、森に分け入っていく若者たち。
たとえ聖女たちに見つかったとしても、「ウェーイ」とかノリに任せてお近づきになれれば儲けモノなどと考えていた。
そして、彼らは目撃してしまう。
ビーチに翻る、野良犬フラッグを。
白砂に積み上げられた、野良犬の物資を。
そして……。
悪夢のような、光景を……!
波打ち際に整列する、おびただしい数の野良犬たち。
みな支給された装備を身に付け、そして同じく渡された『ゴルド君なりきりマスク』を被っていた。
尻尾からするに彼らはワイルドテイルで間違いない。
しかしその身なりはみすぼらしい農民のものではない。
『ゴージャスマート』のものとは違う、見たこともないような装備で完全武装。
それはさながら、異星からやってきた、ハンターのよう……!
彼らが狩るのはもちろん……。
そう、『勇者』……!
それを遺伝子レベルで察してしまったのか、茂みに潜んでいた若者たちは「ヒイッ!?」と引きつれた悲鳴をあげる。
「な、なんだありゃっ!?」
「ワイルドテイルたちが、反乱を起こそうとしてるんだ!」
「しかも野良犬マスクをかぶったうえに、あんなに武装しているだなんて……!?」
「ああっ、あそこにいるのは、ホーリードール家の聖女たちじゃねぇか!?」
整列する野良犬マスク軍団の横には「がんばれぇ~」と声援を送る、天女のような少女たちが。
彼女たちだけは野良犬マスクを被っておらず、素顔を晒している。
当初、マザーはみんなと一緒にマスクを被りたがっていたのだが、ただでさえ下方視界の悪い彼女がマスクを被ると大変なことになってしまう。
転倒祭りになってしまうので、妹に止められてしまった。
しかし「ママだけマスクを被っちゃダメだなんて……」とスネてしまいそうだったので、妹たちも被らずに彼女に付き合ってあげていたのだ。
「な……なんでホーリードール家の聖女たちが、ワイルドテイルに味方してるんだ!?」
「わからん! でもヤバいぞ! 早く知らせないと……!」
鼻の下を伸ばしていた情けない顔から一転、より情けなく取り乱した彼らは、ジタバタとその場から逃げようとする。
しかし、巨木のような影が、彼らを覆った。
それは、木陰のように雄大であったが、決して心安らぐ類いのものではなかった。
音もなく、彼らの背後に現れたのは……。
まるで剣王が駆るような、巨馬……!
それが猛り狂うように前足を高らかに掲げ、巨槌のような蹄をいままさに、振り下ろさんとしていたのだ……!
「ヒッ!? ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
……ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
絶叫と地響きが森を貫き、鳥たちがはばたく。
間一髪でビーチ側に逃れた彼ら。
そこは無辜の人間にとっては天国ともいえる場所であったが、彼らにとっては違った。
そこはもはや、この世でいちばん、勇者が足を踏み入れてはならない領域……!
そこはもはや、『勇者絶対殺すマン』と化した者たちが、勢揃いした場所……!
……ザンッ!
野良犬たちが、一斉に回れ右をする。
その、24どころではない、無数の瞳が捉えていたのは……。
蜘蛛の糸に絡め取られたかのように砂上でもがく、若者たち……!
第一村人ならぬ、第一勇者、発見っ……!!
次回、いよいよ激突!
そしてプチざまぁです!