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128 天女降臨

 波しぶきを高らかにあげた『ゴルちゃん号』は、その勢いのまま白砂を蹴散らしビーチに突っ込んだ。



 ……ズシャァァァァァァッ!!



「おおっ!? リインカーネーション様までお越しくださるとはっ!?」



 クーララカは、まだ船が停まってもいないうちから出迎える。

 轢かれそうになった鼻先で船は停止。



「まあまあっ! 会いたかったわぁ! クーちゃんっ!」



 船首にいたリインカーネーションは涙声を溢れさせると、タラップも降りずに直接、彼女めがけて飛び降りた。

 そのまま胸に飛び込むと、恋人たちのようにぐーるぐーると回り始める。



「それにありがとう! 本当にありがとうっ! クーちゃん!」



「な、泣くほど再会を望まれていたとは、思ってもみませんでした! それに感謝まで頂けるとは……! ありがたき幸せでございます!」



「本当はもっともっとずっとずっと早くこの島に来ようとしていたの。でもなぜかお船さんが、ぜんぜん進まなくって……! でもムクちゃんが来たら、ウソみたいに進み出したの! この島に来られたのも、クーちゃんがムクちゃんを送ってくれたおかげよ!」



 そう、そうだったのだ。


 『ゴルちゃん号』は大陸近くの沖で立ち往生。

 戻ることは出来ても、なぜか前には一切進めない状況にあった。


 しかしすでに一度撤退した経緯があるので、リインカーネーションは周囲が説得しても、頑として戻ろうとはしなかった。


 そしてついに、彼女は決断する。



「決めたわ……! ママ、ゴルちゃんのいる島まで、泳いで渡るわ……!」



「ええっ!? お姉ちゃん、そんなの無茶ですっ! わたしたち聖女は、人前で肌を晒してはいけないことになっています! それにお姉ちゃんがいくら沈まない体質だからって、グレイスカイ島まで泳ぐだなんて無茶ですっ!」



「ママはもうこれ以上、ゴルちゃんのいない生活なんて堪えられないの! お願い、わかってプリムラちゃん!」



 目の下にクマを浮かべ、げっそりとやつれた姉。

 もう何日も彼女は食事も睡眠もロクにとっていないのだ。


 そんな生命維持すら覚束ない体調で遠泳など、自殺行為に等しいが……。

 さめざめとすがりつかれてしまったので、ついにプリムラも決断する。



「わ、わかりましたっ……! で、でしたら……わたしもお姉ちゃんと一緒に、おじさまの所まで泳ぎますっ!」



「ぱいたんもー!」



「ほらお姉ちゃん、パインちゃんもこう言っています。わたしたち姉妹は、いつまでもどこまでも一緒です!」



「ああっ……! プリムラちゃん、パインちゃん……!」



 そして三姉妹は水着に着替えるため、キャビンに引っ込もうとした。

 ちょうど居合わせたマスコミたちの船は、聖女の水着姿は一大スクープだと色めき立つ。


 しかしちょうどタッチの差で舞い降りたのが、空の骸。

 そして三姉妹がクーララカの伝書に目を通した途端、不思議なことが起こった。


 いままでは鉄鎖にがんじがらめにされたかのように、進まなかった船が……。

 拘束を解き放たれたかのように、前進を始め……!


 命を賭してでも進もうとしていた航路が、ついに切り開かれたのだ……!


 中毒患者のように目の据わってしまった長女、そしてそれが伝染してしまったかのような次女と三女。

 彼女たちはいますぐにでも全速前進を命令しそうな勢いであったが、発したのは、信じられない一言……!



「「「ハールバリー小国に、今すぐ戻りますっ!!!!」」」



 空の骸は休むヒマもなく、今度はリインカーネーションの伝書を携えハールバリー小国へ。


 その背中を追いかけるように、『ゴルちゃん号』はハールバリー港に向かう。

 港に着いた頃には、伝書を受け取ったスラムドッグマートのスタッフたちが、山のような補給物資を用意して待っていた。


 急ピッチでそれを船に積み込んだあとは、ブーメランのような勢いで取って返す。

 そしてついに、目指すはグレイスカイ島……!


 その時の『ゴルちゃん号』は大量の物資を積んでいるにもかかわらず、まるで空を飛んでいるような、ありえない速度で進んだ。

 追従するマスコミの船たちは、取材対象を追いかけるという性質上、かなりの高速船であるにもかかわらず、軽くぶっちぎり……!


 ちなみにハールバリー小国からグレイスカイ島までは、船で4時間ほどかかる。

 しかし不思議な力を得た『ゴルちゃん号』は、なんと……!


 カップラーメンができるほどのわずかな時間で、到着してしまったのだ……!!


 そんなワイルドスピード全開のモノが浜辺に突っ込んでくる様が、いかに常軌を逸した光景であったかは、想像に難くないだろう。


 それを目の当たりにしたワイルドテイルたちは、ガーターなのにストライクを取られてしまったピンのように、尻もちをついてしまっていた。



「な、なんじゃ……!? いったいあれは、なんなんじゃ……!?」



「あ、ありえない速さだったぞ!? まるでハヤブサのようだった!」



「でも、野良犬マスク様の旗がはためいておるぞ! あの船は、シラノシンイ様が遣わしてくださった船に違いねぇだ!」



「なんか、へんなオッサンの絵が描いてあるのが気になるが……でも間違いねぇ! 神様の船じゃっ!」



「ああ! だって見てみぃ! 天女様が乗っておられる!」



 パインパックを抱っこしたプリムラがタラップを降りて、リインカーネーションに合流する。

 それは、この世のものとは思えない船から現れたふさわしいほどに、神々しかった。


 光を受けて輝く新雪のような、まばゆい聖女の衣装、そして溢れる涙はダイヤモンドのよう……。



「お、おお……! な、なんとお美しい……!」



「て、天女様じゃ! 天女様が舞い降りられた! しかもお三方も!」



「……お三方? まっ!? まさかあのお方たちが、ホーリードール家の聖女様方かっ!?」



 ひっくり返った虫が元通りになるような素早さで、ざざっ! と一斉にひれ伏すワイルドテイルたち。


 それに気付いた三姉妹が、彼らの元へとやって来る。



「わあっ!? こ、こっちに来られるぞっ!?」



「しっ、静かに! 見るな! 声を立てるな!」



「ワシらみたいなもんが、おいそれと見ていいお方じゃねぇ!」



「そうじゃ! 大聖女様とは目が合っただけで、処罰された者が大勢おるんじゃぞ!」



「しかもプライベートビーチに入ったなんて、さらし首ものじゃぁ……!」



「ああっ! 終わりじゃ! ワシらも終わりじゃぁぁぁぁぁ……!!」



 南国のビーチだというのに、冬山に放り出されたように震えが止まらないワイルドテイルたち。

 縮こまったまま、大聖女からの沙汰を待つ。


 彼らはみな、雪崩のような罵詈雑言が降り注ぐものだと信じて疑わなかった。

 しかし、彼らにもたらされた、お言葉は……。



「あらあら、まあまあ! はじめまして、ママでちゅよぉ! あなたたちがお手紙に書いてあったワイルドテイルちゃんたちでちゅねぇ! ママのことはママって呼んでくだちゃい! あっ、ほらほら、おっきおっき! かわいいお顔を、バァってママに見せてくだちゃい! ちゃんとバァできた子は、ママがいいこいいこしてあげまちゅからねぇ~!」



 へんなテンションの赤ちゃん言葉のうえに、ひとつの台詞の中に五回も『ママ』が登場……!?



「あの、みなさま、驚かせてしまって申し訳ありません。自己紹介をさせていただいてもよろしいですか? こちらの自称ママはリインカーネーション・ホーリードール、ホーリードール家のマザーです。そしてわたしは次女のプリムラ・ホーリードールです。わたしが抱っこしているのが三女の……。あっ、すみません。どうかみなさま、お顔をお上げになってくださいませんか?」



 春の日差しのように柔らかであたたかな物腰、そして耳に心地良く響く、神楽鈴のような声……。

 しかもその聖女は偉ぶって見下ろすことはなく、自ら膝を折って顔を上げるように促してくれた。


 彼らがおそるおそる顔をあげると、ちょうど犬耳に手を伸ばして触ろうとしていた、幼女と目があう。

 すると幼き聖女はサッと顔を伏せ、膝を折って座っていた聖女の胸に、恥ずかしがるようにしがみついていた。

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