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126 プライベートビーチ

「さあっ、ワイルドテイルたちよ! 我が呼び声を聞け! そして目覚め、刮目するのだ! 我らが進むべき道は、前にしかないのだと! 我らが生きるためには、叫ぶのだ! 我らも同じ、人間であると! そして抗うのだ! 勇者からの暴虐に!」



 馬上からの勇猛なる発揚。

 それまで諦めと困惑の色が濃厚であった、農耕民族のような者たちの瞳に、力が宿りはじめる。



「我らの反乱の歴史、その1ページはたった今、ここから始まる! 我らの身体は無数にあるが、心はひとつとなったのだ! 『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』! それは仲間のために、民衆のために命を懸ける我らだからこそできること! そう、我らは『わんわんクルセイダーズ』! 自由のための聖戦士なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 野良犬マスクという、ワイルドテイルたちにとってはすでに神がかったブランド、それに加えてこの士気高揚の凱歌。

 それはワイルドテイルたちのなかで凝り固まっていた、自虐の障壁を吹き飛ばすのに、じゅうぶんな破壊力があった……!



「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 両の拳と犬耳、そしてしっぽまで高らかに掲げ、鬨の声で呼応する。



「さあっ、皆の者! 私に続けっ! 我らにとっての聖地、反逆の狼煙(のろし)をあげる場所へと向かうのだっ!!」



「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 もはや民衆にためらいはない。

 野良犬マスクウーマンウーマンを先頭に、決壊したダムのように集落から流れ出していく。



 ……さて、野良犬マスクウーマンことクーララカが設立を宣言した、『わんわんクルセイダーズ』。

 なにか、どこかで聞いたことのある名前ではなかろうか?


 それは、今よりすこし昔……。

 とあるスラムドッグマートの、事務所の一角での出来事であった。



「今ここに、『わんわん騎士団』の設立を宣言するわ! これからアタシたちは一心同体! 身体はみっつ、心はひとつ! ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために戦うのよっ!」



 金髪ツインテールの少女が勇ましく宣言し、レイピアを掲げる。



「かしこさ低そうのん」



 ぼそりとつぶやきながら、赤い頭巾の少女が樫の杖をその切っ先に合わせる。



「な、なにと戦うんですかぁ~? でも戦うなら暴力じゃなくて、あっち向いてホイとかで……」



 自分の影にすら怯えていそうな眼鏡少女が、彼女にとっては武器であるシャモジを掲げる。


 それは後世に名を残すこととなる、『わんわん騎士団』結成の瞬間であった。

 傍目で見ていた大人たちは微笑ましそうにしていたのだが、面白くなさそうに鼻を鳴らすものがひとり。



「フン、なにが『わんわん騎士団』だ」



「なによっ!? 騎士の名門、ナイツ・オブ・ザ・ラウンドのアタシが設立した騎士団に、ケチをつけるつもり!?」



「騎士の名門を自負しているのであれば、気やすく騎士団などと名乗るんじゃない。騎士には品位というものがあるのだからな」



「ホーリードール家の騎士にもなれないメイドのアンタのほうが、よっぽど騎士の面汚しよ!」



「なんだとぉ!?」



「なあに、このアタシとやろうっての!? あっ、もしかしてアンタ、『わんわん騎士団』が羨ましいんでしょう!? だからへんなインネンをつけてくるのね!」



「ぐっ……! そんなおままごと、誰が羨むかっ!」



「図星ね! へへーんっ! 悔しかったらアンタも騎士団をつくってみなさいよ!」



「のんたちに先に騎士団を設立されて、今どんな気持ちのん? ねぇどんな気持ちのん?」



「あの、ふたりとも……。そんなに意地悪をせずに、仲間に入れてあげたらどうですかぁ?」



「なっ……!? そんなおままごとに、加わってたまるかっ!? 今に見てろよっ、この私が何倍も立派な騎士団を設立して、お前たちをキャインキャイン鳴かせてやるからなっ!!」



 その時のことが、クーララカの中でくすぶっていたのだ。

 それでここに来ての、騎士団結成とあいなったわけだが……。


 『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』……。

 ドヤ顔で掲げたていた標榜は、まさかの丸パクリっ……!


 『わんわんクルセイダーズ』という団体名は、ギリギリセーフか完全にアウトなレベルであるが、クルセイダーズを名乗ったのは、「そのほうがより偉そうだから」という子供のような理由からであった。


 ……話を元に戻そう。


 クーララカ率いる『野良犬クルセイダーズ』は、街はずれにある閑静なビーチに来ていた。

 途端、それまで勇ましかったワイルドテイルたちは、酒の力が切れたように正気に戻る。



「こ、ここは……!」



「ここは、聖女様のプライベートビーチでねぇか!」



 彼らが見上げていたのは、ビーチの一角に立てられた大きな看板。

 そこには、『ホーリードール家プライベートビーチ』と銘打たれており、三姉妹の肖像画が描かれていた。


 そう。このビーチはリヴォルヴよりホーリードール家に贈られたもの。

 勇者たちはホーリードール家の少女たちに気に入られようと、こぞってこの手のプレゼントをしていたのだ。


 しかし例によって三姉妹は、勇者からのプレゼントには一切手を付けようとはしなかった。

 というか、例のマザーはこんなビーチがあることもすっかり忘れている。


 クーララカは逃亡生活の最中、偶然この場所を見つけた。

 しかし常に神尖組の歩哨がいたので近寄ることもできなかったが、ゴーコンが発令された今は誰もいない。


 ここは、この島のどのビーチよりも広くて静かで、しかも景観も抜群。


 砂浜も他とは違い、特別に取り寄せられたもの。

 真珠を砕いて混ぜてあるという、キラキラ感倍増の美しい白砂が敷き詰められている。


 さらに別荘として、宮殿のような屋敷があり、そのまわりには南国の花が咲き乱れる植物園となっていた。


 庶民であれば見るだけで、緊張のあまり弓のように張り詰めてしまいそうな楽園が、そこにあったのだ。


 ちなみにではあるが、このビーチは一度も利用されたことがない。

 にもかかわらず、リヴォルヴの命令により手入れだけはぬかりがなかった。


 砂浜は枯山水のように足跡ひとつなく、浜辺にはゴミひとつ流れ着いていない。

 植物園は雑草ひとつなく、もちろん屋敷の中も掃除が行き届いておりピカピカ。


 さらに屋敷の地下室(セラー)には、常に新鮮な食料や、年代もののワインがぎっしりと詰まっているという、万全の受け入れ体勢っぷり。

 並の聖女であるならば、「一生ここで暮らしたい!」と思うこと請け合いであった。


 しかし、皮肉なものである。

 しかし、滑稽なものである。


 まさか、聖女たちのために用意していたビーチは、当人たちが利用するどころか、記憶の片隅にすら置いてもらえず……。

 それどころか最も似つかわしくない野良犬たちによって、今まさに、踏み荒らされていようとは……!


 しかもここが狼たちの、反逆の狼煙(のろし)を上げる地になろうとは……!


 このビーチの管理保守を厳命していたリヴォルヴも、夢にも思っていなかったことだろう……!

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[一言] >『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』……。 >ドヤ顔で掲げたていた標榜は、まさかの丸パクリっ……! >『わんわんクルセイダーズ』という団体名は、ギリギリセーフか完全にアウト…
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