123 焔の蛇
クーララカは人通りのない街角に、号泣を轟かせていた。
いつまでも、いつまでも……。
しかし、急に我に返ったのか、きつく抱きしめていたチェスナの身体をパッと離す。
そして、わんぱく小僧のように、汚れた服の袖でぐしっと顔を拭った。
「わうっ? もう、なかなくてよいのですか?」とチェスナ。
するとクーララカは、「泣いていたのではない!」と即答する。
耳まで真っ赤にしながら、
「わ、私は騎士だぞ! 騎士は悲願を達成するときまで、決して涙は見せぬのだ!」
するとチェスナはぴょこんと耳を立てて反応。
「わうっ!? ひがん!? おねえちゃんの夢というわけですね!? それはなんなのですか!?」
まさか詳細を求められるとは思いもしなかったので、言葉に詰まるクーララカ。
「うっ……。そ、そうだなぁ……。え、えーっと、す……スロットマシーンのスリーセブンを当てる時までだ!」
チェスナはスロットマシーンもスリーセブンも知らなかったが、「わうっ! そうなのですか!」と素直に納得する。
そして無垢な瞳を再びきゅるんと輝かせると、
「わうっ! それでは、さっきおめめから流していたものは何だったのですか!?」
さらなる追撃を放つ。
「そ、それは……! ご、ゴミが目に入っただけだ! ゴミが目に入って流れたものは、涙とはいわぬ!」
するとチェスナは合点がいったようで、親犬の遠吠えを真似る仔犬のように、元気よく吠えた。
「わう~っ! なるほど、ゴミだったのですか! おねえちゃんなのに、あんなにわんわん泣いていたということは、きっと大きなゴミだったのですね!?」
「そ、そうだ! 目玉くらいある大きなゴミだ!」
「わうっ!? おめめ!? そんなにおおきなゴミだったのですかっ!?」
チェスナの瞳が再び輝きはじめる。
これ以上、この件について追求されたら悶死してしまいそうだったので、クーララカは話題を強制的に打ち切った。
「そ……そんなことよりもだ! お前は以前、街のカフェで神尖組に暴行を受けていた巫女だろう!? 名は何というのだ!?」
するとチェスナはビシッと姿勢を正し「わうは、チェスナといいますです!」と手を挙げて応える。
「そうか、チェスナか。私はクーララカだ。ちょっと前後してしまったが、礼を言おう。お前のおかげで助かった」
「わうわう、どういたしましてなのです!」
「ところで、お前はなぜこんな所にいるのだ? いまこの島は、厳戒態勢にあるのだぞ?」
「わうっ! かみさまにおつかいをたのまれたのです!」
「神様から、使いを頼まれただと……?」
突然、神様などというワードが飛び出したので、眉をひそめるクーララカ。
少女の言う『かみさま』の正体が、自分のよく知るオッサンのことだとは毛先ほども気付いていない。
「いったい何を頼まれたというのだ?」
「鳥さんです! 街にある鳥さんのおみせで、鳥さんを買ってきてほしいとたのまれたのです!」
ピッ! と指先としっぽでチェスナが示す先には、鳥専門のペットショップがある。
セレブ御用達なのであろう、いかにも高価そうな色鮮やかな鳥たちが、檻の中に入れられてぶら下げられていた。
ここ数日の物騒な出来事のせいか、どの鳥もストレスでところどころハゲている。
しかしその中で、唯一、この状況にも動じていない鳥がいた。
灰色の雲のような、一匹の大柄なフクロウ。
あたりの鳥はギャーギャーバタバタと騒いでいるというのに、彼だけは微動だにせず佇んでいる。
檻に入れられているというのに、夜の森のヌシのように、雲無心を貫いている。
その異様さすら感じさせる存在に、クーララカは見覚えがあった。
いや、見間違えようもなかった。
「お、お前は……」
とフクロウに向かってつぶやこうとしたその時、
「おおっ!? こんな所にまだ人がいるじゃねーか!?」
野太い野風俗が割り込んできた。
クーララカとチェスナが視線を移すと、そこには……。
この街を我が物顔で仕切っている、制服姿の小僧たちが……!
彼らはチンピラのような大股歩きでどやどやとやってきて、ふたりを取り囲んだ。
「しかも、ホームレスだぞ! それに1匹は、ワイルドテイルのメスガキだ!」
「入隊式典の前に、俺たち神尖組があらかた掃除したってのに……まだ残っていやがったとはなぁ!」
「改めて掃除なんてする必要ねぇと思ってたが、リヴォルヴ様の言うとおりだったぜ!」
「ああ、ゴキブリってのは本当に、殺しても殺してもわいてきやがる……!」
「でもこれで、つまらねぇ見回りが少しは楽しくなったな!」
「ああ、ヒマつぶしに鳥でも殺そうかと思ってここに来たら、もっと殺し甲斐のあるヤツらがいやがった!」
「さぁて、どうやって遊んでやるかなぁ……? 簡単には殺さずに、たっぷりと楽しめる方法を考えなきゃなぁ……!」
獲った獲物どう調理しようかと悩むような視線が、ふたりの少女に絡みつく。
怖がるチェスナをかばうクーララカ。
「……神尖組というのはとうとう、殺人鬼の集団になってしまったのか? 無辜の人間を娯楽のために殺そうとするとは、見下げ果てたものだな!」
まさかホームレスからそんな事を言われるとは思わなかったので、少年たちは虚を突かれたような表情になる。
しかしすぐに、ゲラゲラと卑俗な笑い声をたてた。
「おい、聞いたかよ、今の! ムコの人間だってよ!」
「ムコって、花嫁の男版だろ!? 急になに言ってんだコイツ!」
「きっと、恐怖で頭がおかしくなっちまったんだろうぜ!」
「おいおい、ムコさんよぉ! 今はリヴォルヴ様からの命令で、この島のホームレスとワイルドテイルたちはみーんなブチ殺すってことになったんだよ!」
その言葉に真っ先に反応したのは、他ならぬチェスナであった。
「わうっ!? ワイルドテイルたちをみんな!? ということは、集落のひとたちも……!?」
「ああ、そうだよ! 午後には別働隊がシンイトムラウの集落を襲撃して、そこにいるヤツらを皆殺しにするんだ!」
「あーあ、俺もそっち行きたかったなぁ! たった2匹だけじゃなくて、殺し放題なんだぜ!」
「そうそう、お前らみたいなきったないヤツらがウヨウヨいて、逃げ惑うんだ! それに火を付ければ一斉に地獄の盆踊りが始まって、そりゃあ最高なんだ!」
「そうだ、せっかくだから、ここでも地獄の盆踊りをしようぜ! コイツらに火を付けるんだ!」
「いいや待て! それだったらコイツらの足首をロープで縛って、片方だけに火をつけるんだ! そうすりゃ、地獄の鬼ごっこが見られるぜぇ!」
「そりゃいいな! ギャハハハハハハハハ!」
下卑た笑い声に包まれ、クーララカはうつむいてしまう。
すると少年たちは、煽るように彼女を覗き込んできた。
「あれあれぇ? おムコさん、さっきまでの威勢はどうしちゃったのぉ?」
「きっと怖くてチビっちまったんだろうぜ!」
「あれ……? コイツよく見ると、女じゃね!?」
「あっ、マジだ! ムコじゃなくてヨメじゃねぇーか!」
「ああっ!? もしかしてコイツ、カフェで俺たちに絡んできた……!?」
「そうだそうだ! 間違いねぇ! 野良犬マスクの騒ぎにまぎれて、いつの間にか逃げてたあの女だ!」
「てめぇ、こんな所でまだ生きてやがったのか! とっくに死んだのかと思ってたぜ!」
「でも、ちょうどいい! 俺たちは野良犬マスクとお前と取り逃がした責任を取らされて、減俸処分処分を食らっちまったんだ!」
「こうなりゃ、そのウサも晴らさせてもらうぜ! 地獄の盆踊りどころじゃねぇ、地獄のフルコースだっ!」
少年たちは火が付いたように騒ぎ出す。
そして相手は女ふたりだというのに、一斉に腰の剣を抜いた。
「まずは、切り刻んでやるぜぇ……!」
「今度はこの前みたいに、逃がしゃしねぇぞ……!」
「おい、コイツ震えてやがるぞ! カフェの時とおんなじだ!」
「やっぱりビビってんじゃねぇーか! おい、腰の剣を抜いてみろよ! それともあの時と同じで、ビビってやがんのか!?」
しかしその震えは、かつてのものとは明らかに違っていた。
そしてその震えていた唇が、静かに動く。
「貴様らは、あそこにいる鳥と、同じだな……!」
クーララカの背後には、ただならぬ殺気を察し、より一層騒ぎ立てるペットショップの鳥たちがいた。
「神尖組という、名前と色ばかり派手な虚飾を身にまとい……」
「な……なんだとぉ!?」
「ピーチクパーチクと騒音を撒き散らし、虚勢を張る……!」
……ガシイッ!
その手がついに、かけられた。
腰に携えていた、剣に……!
震えはあった。
しかしそれは、以前のものとは大きく違っていた。
柄を握りしめた瞬間、鍔にあしらわれていた蛇のレリーフが這いだし、
……ガシィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と、握り返すように、手首に巻き付いたっ……!
それだけで、「なっ……!?」と後ずさりするチンピラたち。
「騒がしく飛ぶ鳥がどうなるのか、貴様らは知っているか……!?」
しかし、答えを待たずに、それは引き抜かれたっ……!
そして、紅蓮が溢れ出す……!
……ゴォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
「天道の脚、『焔の蛇』によって、喰われて墜ちる……! 翼を溶かされ、不様に這いつくばるのだ……! 今からそれを教えてやろう、世間を騒がせる、害鳥どもよ……!」
激しく明滅する赤い光に照らされて、チンピラたちはすでに焼き尽くされてしまったかのように、一歩も動けない。
「私は、大聖女センティラス様の聖女従騎にして、ひとり娘……! クーララカ・パッションフラワーだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
その時、火の粉降りしきる世界のなかで、彼らは見ていた。
名乗りをあげた少女の隣に……。
チェスナとは違う、もうひとりの少女が寄り添い……。
ともに剣を振るうように、小さな手を振り上げていたのを……!